第122話 乞い願い使ったものは、恋の魔法

「何やってんだ? 土下座しても今夜は相手は無理だぞ」

「へ?」

「人肌が恋しいからお願いします、ってんじゃないのか?」

「いや、だって子供がいるんだろ? ってそうじゃねえ。俺が果音をほったらかしにしたことを謝ってるんだ」


「そんなことを言ってもなあ」

 顔を上げると果音は少し柔らかさを増した表情で俺を見る。こころなしか体もふっくらしたような?

「アタシの住所とか知らなかっただろ?」


「ネットで検索はしたんだ。名前とか女子高生の失踪とか。でも、出てこなくて……」

「ふーん。まあ、その辺はお互いどうしようもなかったし恨みっこ無しってことでいいんじゃないかね」


 俺は再びベッドの上で頭をさげた。

「果音。頼みがある」

「なんだい?」

「俺と結婚してくれ」

 顔を上げて果音の顔を見た。


「子供を作ったから責任をとるってことかい?」

「もちろんそれもある。だけど、それだけじゃなくて、俺は果音の側にいたい」

「別に側にいるだけなら結婚なんて必要ないぜ。結婚なんて紙切れ1枚のことじゃないか」


「たとえ紙1枚分でも、俺はその重さを大切にしたいんだ」

「プロポーズってのにもうちょっと雰囲気とか考えないの?」

 うぐっ。た、確かに……。いくら新しいとはいえビジネスホテルの客室にロマンティックな要素は皆無に等しい。


 果音はクスクス笑う。

「まあ、でも山田らしくっていいや。アタシも空気読まないのは人のこと言えないし。イニシャルもKYだしな。それに、結婚してもKYなのは変わらないぜ」

「果音の性格は分かってるつもりだよ。それで、俺じゃあ、ダメかな?」


 上目遣いで果音の横顔をみつめると小首を傾げた。

「アタシはもう返事したつもりだったんだけど」

「え?」

「なんだ。まだるっこしい言い方しちゃったかな。こういう時は山田も頭の回転が鈍くなるみたいだね。山田果音もイニシャルはKYだろ」


 やまだかのん。

「そ、それじゃあ」

「OK。申し込みを受けるさ」

 

 ***


 それから、3年ちょっとが過ぎた。リビングでは果音がソファに座って息子の秀斗と娘の麗瀬に絵本の読み聞かせをしていた。どちらも両親に良く似た感じに育っている。活発で生傷が絶えないお姉ちゃんの麗瀬とちょっと大人しめの秀斗。俺はキッチンの洗い物を終えてみんなのところに合流する。


 昼食を終えての午後の気だるい時間。そろそろ秀斗はお昼寝の時間だ。窓から見えるベランダには、果音愛用の杖に洗濯物がぶら下がっている。異世界から持ち帰った品の有効活用だ。ちなみにワンドは俺がオフィスで肩たたき棒として使っている。煮詰まったときに精神が爽やかになるので重宝していた。


「なんのお話をしてもらってたのかな?」

 俺が覗き込むと竜からお姫様を守って戦う騎士の絵が描いてあった。

「お母さんもお父さんに守ってもらったの?」

 麗瀬はウェディングドレス姿の果音の写真を見て以来、母親の事をお姫様だったと思っている。まあ、それは無理もない。あのときの果音は別格に美しかった。


「んー。お母さんはどっちかというとお父さんを守る騎士に近かったかな」

「お母さん強いもんねえ」

 果音は半年ほど前、家族で散歩中に小学生の女の子を救っていた。飼い主の手からリードを振り払った土佐犬を杖で取り押さえたのだ。その犬は今では果音の姿を見るだけで股の間にしっぱを挟んで後ずさりをする。


「じゃあ、お父さんは何だったの?」

 麗瀬に尋ねられた果音は顔を上げて俺のことを見上げる。耳には紫色のイヤリングが揺れていた。2児の母親とは思えない生き生きとした姿が愛おしい。少し悪戯っぽそうな笑顔を浮かべた。


「お父さんはねえ」

「なになに?」

「秘密だけど魔法使いだったんだ」

「えー、うそ」


 麗瀬は果音に似た瞳をクリクリとさせる。

「お友達とかにも言っちゃだめだからな。お父さんは今では普通に会社に行って働いているけど、前はすごい魔法使いだったんだぞ」

 娘の尊敬の眼差しがこそばゆい。


「そんなことを言ったら、お母さんは世界で一番強い人に勝っちゃうぐらいなんだぞ」

「ふえー」

 麗瀬の素っ頓狂な声に果音の腕でウトウトしかけていた秀斗が目を開ける。


 俺は果音から秀斗を受け取りながら、ソファに腰を落ち着けた。定位置に納まり秀斗はすぐにぐたりと体重を預けてくる。麗瀬は興味津々といった表情で俺の方に身を乗り出す。

「お父さんてどんな魔法が使えたの?」


「色々だよ」

 3歳児の追及にたじろぐ俺。

「氷や雷を飛ばしたり、壁をつくったりとかしたの?」

 どこでそんな知識を仕入れて来たんだ?


「うーん。お父さんのはそういうのとはちょっと違うんだよね」

「どういうの? ねえ、教えてよ。おとうさん」

 あまり、暴力的なのは言いたくないしな。俺が黙ってしまうと果音がにっこりと笑いながら麗瀬に耳打ちする。


「お父さんは色々できたんだぞ。他の人にはできない魔法をね。それでも一番の魔法は……」

 澄んだ瞳が真っすぐに俺を見据える。真剣な、そして少しだけ照れるような表情で果音は言葉を紡いだ。


「恋の魔法。それでね、お母さんはお父さんと恋に落ちたのさ」



 完 

 




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