第89話 こんな試練を考えた奴の気がしれん(壱)
扉を通り抜けるとすぐに通路は左に直角に曲がっていた。やはり天井自体が発光していて明るい。壁に触れてみるがどのような加工をしたのか滑らかで継ぎ目の跡も見られない。俺はスタスタと進むティルミットのことを追いかけて駆け足になった。
「なあ、1番目の挑戦者かもしれないけど、途中で何かに襲われたらどうするんだ?」
「これだけ整備されている空間に侵入できるとは思えぬな。もし侵入しても先ほどの電撃で真っ黒こげじゃろう」
「まあ、そうなんだけどさ」
「いつでも用心を重ねておくのはいいことじゃが、今はまあ無用じゃろう。さて、どうやらここが第一の試練の部屋らしい」
今までと同じような扉が俺達の前に立ちふさがっていた。
ティルミットが前に出ると青い腕章が淡い光を放ち、ゆっくりと扉が開いていく。ティルミットが中に入るとバタンと扉が閉まるかと思ったが、俺達も中に入ることができた。部屋は円形になっており、正面に別の扉があるのは先ほどの部屋と同じだった。
ただ、この部屋は真ん中に大きな穴が開いていて、穴のさらに中に直径2メートルほどの平らな空間がある。その場所を通る幅1メートルほどの通路のみがこちら側から向こう側へつながっていた。穴の縁に寄って下を見て後悔する。深淵が俺を覗き返していたのだ。ここに落ちたら死亡確実だろう。
床に青い筋が浮かび上がり、部屋の真ん中の所まで伸びていた。ティルミットは気負いもせずスタスタと進んで行く。部屋の真ん中にたどり着くとそこで立ち止まった。
「挑戦者よ。これから質問をする。答えが間違っていればそなたの立つ場所は消える。心臓が100打つ間に答えぬ場合も同じだ。今ならまだ棄権することができるが試練を受けるか?」
「構わぬ。何でも問うてみよ」
ティルミットは落ち着き払っていた。
「朝は4本足、昼は2本足、夜には3本足になる生き物とは何だ?」
厳かな声が響き渡る。固唾を飲んで見守っていた果音が俺の服を引っ張って俺に耳打ちをした。
「ねえ、これって、あの問題じゃない?」
「ああ、エディプスにスフィンクスがした質問と一緒だな」
「じゃあ、答えは人間ってことでいいのかな?」
横合いから拗ねた声がする。
「ねえ。さっきから私の知らない言葉ばかり二人で話してて感じが悪いのだけど」
シュトレーセがムッとした顔をしていた。
「ああ。ロボットというのは金属でできたゴーレムみたいなもんだな。ポンポンというのは細長く切り裂いた派手な色のひもを束ねたもので応援するときに振って使うんだ。エディプスは悲劇の王様でスフィンクスって怪物が出した謎をといたのさ。これで満足したかい?」
シュトレーセはふんふんと聞いていたが、にっこりと笑った。
「ありがとう。ヤマダ。私だけ知らないと除け者みたいで嫌だったのよ。これで満足したわ。それで、その王様の答えが人間っていうのはどういうことなの?」
「朝、昼、夜っていうのは一生のうちの時期を表していて、赤ちゃんは四つん這いだし、大人になれば2本足で歩くし、年を取ったら杖を突いて歩くだろ」
「なるほどね。それじゃあ、ティルミットに教えてあげないと」
「どうやって教えるんだ。これだけ離れているのに」
「離れた場所に声を伝える魔法があるって聞いたことがあるけど」
「悪いな。俺は普通の魔法は使えないんだ。それに話をしていたからもう時間が残ってないよ」
「ああ。ごめんなさい」
俺が見守るティルミットの背中は小さかった。ティルミットは答えを知らないのだろうか? やはり地球の謎々までは知らないよな。しまった。こういうことなら俺が1番手に立候補すればよかった。唇を噛みしめる俺の元にティルミットが何か言ったのが聞こえてくる。
「ソ……シギ……シ」
ああ。分からないのか。俺はティルミットが奈落に落ちるかと思い手に汗を握る。ティルミットを助ける呪文は思いつかなかった。果音とシュトレーセが俺の腕をぎゅっと握る。
「正解だ。第一の挑戦者よ。さあ、先へ進むが良い」
え? 正解? 俺の両側からも安堵のため息が漏れる。ティルミットが振り返って手を振った。俺達は注意しながら深淵にかかる橋を渡って向こう側に行った。そこで待ち受けていたティルミットに息せき切って質問する。
「さっきの問いになんと答えたんだ? 答えは人間だろう?」
「ヤマダ。緊張しすぎて頭がどうかしたのか? 人間には朝夕に足が生えてくることなどないだろう」
「いや、まあ、そうだけど」
「昼に一旦足が抜け,夜に足が生えてくると言ったら、ソライロシギンウスバムシに決まっておろう。ここからずっと南の方にしか生息しない珍しい虫じゃがな。交尾の前にメスは足が2本抜けて、夜産卵する時に卵を産む管を兼ねた足が生えてくる。まあ、珍しいとはいえ、この程度のことであれば知を司る神官としては知っていて当然と言えような」
え? 何それ? 俺はドヤ顔を決めるティルミットを見つめることしかできなかった。
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