第29話 車が来るまで待てません
俺達は山を下っているところだ。一応、俺は自分の足で歩けている。首もまだ付いていた。口移しで薬草の汁を飲ませたことを白状した後、ぶっ飛ばされるかと思ったら、果音は意外にあっさりした反応だった。
「そっか。じゃあ、このクソまずいのを山田も口に含んだんだ。マジで悪かったね」
「お、怒ってないのか?」
「なんでアタシが怒らなきゃならない?」
「いや、気持ち悪いだろうと思ってさ」
「生きるか死ぬかだったんだろ。じゃあ、怒るいわれがない」
別にやましい所は無いのだが、内心びくびくしていた俺は安堵する。
「それとも、気を失ってる間に、他にアタシに怒られるようなことでもした?」
果音はセーラー服の前を引っ張って、中を覗き込んでいる。
「いや、何もしてないって」
俺は後ずさりながら、手のひらをブンブンと振る。
「キョドるとかえって怪しいぞ。何もしてないなら堂々としてりゃいいじゃん」
そりゃ、そうなんですけどね。あのときは夢中だったし、ほんの欠片ほども意識してなかったんだけど、改めて思うと俺は女の子の唇に……。あの薬草の苦みと痺れるような感じでぜんっぜん感触を覚えていないのが悔しくてならない。
「なにをいいあらそっている?」
俺のすぐ脇を優雅な足取りで歩いていたシュトレーセが聞いてくる。
「いや、さっき、山崎に薬草を飲ませたときのことさ。俺が変なことをしてないかって」
「へんなこと?」
俺は猫相手になんといって説明したらいいか分からず肩をすくめる。
「へんなことといえば、おまえからいいにおいがするな」
シュトレーセは俺に体をこすりつけてくる。
果音がケラケラ笑う。
「随分と懐かれてるじゃないか。希望通り友達になれて良かったね」
そういう意味で言ったんじゃないんだがな。今更、フレンズの説明も面倒くさかったので聞き流す。
山を下りてしばらく行くと大きな町に出た。町に近づくと大騒ぎとなる。城門はピタリと閉じられていた。近づくと警告の声が発せられる。
「と、止まれっ!」
「えーと、なんでしょうか? 何か問題でも?」
務めてのんびりした声を出す。まあ、なんとなくは想像がつくんだけど。
「なんでしょうか、じゃない。お前はその横にいるのが何か分かっているのか?」
果音の方に目をやってから答えた。
「俺の護衛です」
「そっちじゃ、ないっ!」
門番は城門の上から叫んだ。なんだ、シャレの通じない奴だな。俺はシュトレーセの方を見て同じセリフを言う。
「俺の護衛です……が」
「ほへ?」
「私は魔法使いの端くれでして、我々は契約関係にあります」
シュトレーセは退屈なのか、俺の体に鼻づらをこすりつけ、尻尾を俺の左腕にからませる。
「サーベルキャットを支配下に置いているというのか?」
「支配下ではないですね。まあ、友好関係にはありますが、それと私がこの門を通行するのと何の関係があります?」
「なんだと?」
「えーと。どうやら、私たちが町に入るのに問題があるということのようですが?」
「そうだ。そんな危険な動物を連れて入ることは許されない」
「そうですか。じゃあ、サーベルキャットはここに置いて行きましょう。でも、もし、その気になれば、この城壁じゃ障害にはならないと思いますが」
その言葉に合わせて、シュトレーセが面倒そうにジャンプして見せる。城門を超える高さまで飛び上がり、音もなく俺の横に着地する。
「ね?」
「じゃあ、その猫を抑えておけるのか?」
「でなければ一緒にいられると思います? 一夜の宿と馬車を借りたいだけですし、用が済んだら出て行きますよ。私も無用のトラブルを起こしたいわけではありません」
実はシュトレーセはそれほど人にとって危険なわけじゃない。傷つけようとするのでもなければ、人を襲うことはないはずだ。少なくとも、本人はそう言っている。強い相手となら別だけど、弱いものと戦っても自分が高みに上がれるわけじゃないから、というのがその理由だ。ある意味、誰かさんとよく似ている。
しばらく待たされたが、結局門が開いた。そこを俺達は悠々と進む。一番いい宿で一番広い部屋を前払いで借りると周囲の態度が変わった。恐るべきは金の力。治療のできる神官のいる場所も聞き出せた。この町の神官では手に負えないので、トルソー神殿がお勧めと言う。ジャレーの都に向かうには遠回りになるが、そこは、知恵の神を祀る神殿で大神官は治癒の技に優れているらしい。
問題は歩くと2週間もかかり、馬車の定期便も出たばかりだと言う。戻ってくるのは5日後。果音の体調も優れなさそうだったので戻ってくるまで待っていられない。俺は定員4人の往復分の運賃と超過貨物料を払う条件でチャーターすることにした。超過貨物料というのは、シュトレーセ。
ちなみに冒険者ギルドみたいなものは無いのか聞いたら、聞いたことがないと言われた。俺の魔術師としての技量を測定して登録できないかと思っていたのだが、魔術師なら魔法学院だろ、と言われる。職を問わず他人の能力を把握するなんてそんなこと無理じゃないかとも笑われた。ちぇ、夢がねえ。
一晩ゆっくりと休んだ俺達は、馬車に乗ってトルソー神殿を目指す。サスペンションなんてものがない馬車の乗り心地は最高とは言い難かったが、歩くよりは遥かにマシ。馬車の屋根から垂れ下がるシュトレーセの尻尾を撫でながら、俺はクッションにもたれかかった。
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