第19話 拳か剣か、喧嘩か闘争か

 猫と言えば、余計な事を言ったせいで、俺は今、全身を猫に覆われている。ふにゃー、だの、ふおおん、だの、奇声を発した猫が俺にまとわりついて離れない。

「また旅にでて、マタタビまみれ」

 果音はうんざりした顔をしていた。その目の意図するところは明らかだ。呼吸するようにダジャレを言う。確かにそうかもしれない。


 一応幸せだった。モフモフ地獄。

「ほら、ちょっとぐらい癒しが欲しいだろ?」

「まあ、いいけど、町か村に入る前には何とかした方がいいんじゃない? 飼い主がいる猫を誘拐することになりそうだからさ」


 途中見かけた滝つぼに入って臭いは消した。悲しいことに猫たちは去って行った。うう。所詮は物でしか歓心を買えない哀れな男だよ、俺は。でも、いいもんね。精神病みそうになったらまた呪文唱えよう。


 フォセットさんと別れて2日歩くと、割と大きな町が見えた。もう日が落ちかかっている時間で、同じ方向に行く人が道を急いでいる。親切な人が早くしないと門が閉まると教えてくれた。それを聞いて俺と果音は道を急ぐ。鼻歌なんか歌いながら歩く果音は平気な顔をしているが、俺は少々バテ気味だ。基礎体力の違いを見せつけられる。


 なんとか門が閉まる前に町に入ることができた。夕闇が迫る中、適当に道を歩いていると賑やかな通りに出る。派手な衣装のお姉さんが道行く人に声をかけ、赤い顔をした男たちが肩を組んで歩いている。どうやら、そういうお店の並ぶ一角らしい。


「なあ、山崎。引き返そう」

「なんで? ここを抜けた先に宿屋っぽいのが見えるけど」

「あまり若い子が出歩く場所じゃないだろ。面倒が起きそうだ」

「ひょっとして、アタシのこと心配してくれてんの? 山田のくせに」

 最後のセリフは余計だが、果音は俺が気遣っていること自体には文句が無いらしい。


 言い返そうとした俺の肩に誰かがどんとぶつかって、俺は思いっきりたたらを踏んだ。俺にぶつかった厳つい顔の男は怒鳴り声を上げ始める。その男に抱きすくめられた女の子が怯えた表情をしていた。早速、果音が応戦し始める。

「ぶつかってきたのはそっちじゃないか。なに難癖つけてんだよ。このタコ」

 

「おい。山崎。やめとけって」

 俺はそう言いながら、帽子を取り出して頭に乗せた。腰に長剣を下げた男は果音を威嚇している。

「このアマ。随分威勢がいいが、吠えるなら相手を見て吠えた方がいいぜ。少しお行儀を仕込んでやった方が良さそうだな」

 

 男の連れらしい、目つきの良くないのがけしかける。

「バダック。そりゃいいや。大人しくなったら俺にも味見させてくれよ」

「やるってんなら、相手してやるよ。かかってきな」

 果音は両手の中指をピンと天に向かって突き立てている。言葉が通じないはずなのになぜか挑発の応酬が成立しているぞ……。乙女よ、そのポーズはやめろ。


「おい、山崎、マジでやめろって」

 果音は俺に杖を放り投げる。

「山田。怪我しないように下がってな」

 中指に激怒したらしいバダックがつかみかかるのを果音がかわし、ついでに後ろに回って、バダックの尻に蹴りを入れる。バランスを崩してそのまま地面に倒れ込んだ。


「こんのおお!」

 バダックは起き上がるとめちゃくちゃに腕を振り回すが、果音には当たらない。果音は余裕で大ぶりの攻撃を避けていた。そして、強烈な果音の回し蹴りがバダックの後頭部に決まる。


「このクソアマ、ぶっ殺す」

 バダックは腰の長剣を抜くと叫んだ。目つきの悪い男もそれに倣い小剣を構える。今まで、ヤジを飛ばしながら輪を作っていた野次馬たちから声がかかった。

「おい、やり過ぎだぞ。巡視隊がきたらどうすんだ?」

「うるせえっ!」


 果音は二人に油断なく目を配りながら、せせら笑う。

「ケンカにマジになって武器使うなんて、ほんとにクズだね。マジあきれた」

 俺はビビリまくりながらどうしたらいいものかと頭をフル回転させる。しかし、いい考えは浮かんでこなかった。落石術はやり過ぎだろう。杖を渡すか? 下手に声をかけて、集中力を途切れさせてもマズイ。


 そこへ、鎖かたびらに揃いのサーコートを着た7人が割って入る。

「武器をしまえ。町中だぞ」

 バダックと連れはしばらく7人組と果音とを交互に睨んでいたが、歯ぎしりしながらも剣を収めた。


「バダックにアヒョーイ、またお前達か。酒を飲んで暴れるのはこれでもう何度目か分かっているのか?」

 おそらく巡視隊なのだろう、その隊長らしき男がうんざりした声を出す。

「このアマが喧嘩を売ってきたんだ。俺達は悪くねえ」


「いい加減にしろ。とりあえず武器を抜いた罪は償ってもらうぞ」

「待てよ。俺だって、あのアマに蹴られたんだぜ。俺達だけ罰せられるのは納得がいかねえ」

「だったら、お前も蹴りゃ良かったのさ。それなら俺達もわざわざ出てくることはない。町内での抜剣しての闘争は禁止されている。知らんとは言わせんぞ」


 隊長らしき男は部下たちに二人を連行させる。果音と俺達に向き直ると言った。

「お前たち、見かけない顔だな」

「旅の途中に通りかかっただけでして」

「そして、町中で騒ぎを起こすのが趣味っていうんじゃないだろうな?」


「いやいや、肩がぶつかって喧嘩を売られたんですよ」

「で、買ったわけだ」

 まあ、果音が積極的に買ったのは否定できんよなあ。

「武器は使っちゃいないぜ。それで、俺達も何かの罪に問われるのか?」


 隊長らしい男は生真面目な顔をしかめると言う。

「喧嘩ぐらいで取り締まってたら、いくつ牢があっても足りん」

「じゃあ、無罪放免ってわけで」

 俺が顔を綻ばせると男は鼻をフンと鳴らす。


「俺がお前なら、そんな悠長に構えてはいないがな。あの二人は遅くとも翌朝には釈放になるだろう。執念深いし、性質も悪い。しかも有力者の身内だから怖いものなしだ。さっさと町を出てくれると俺としては手間が省けて嬉しいね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る