フクロウの福福

たちばなゆえ

フクロウの福福

 玄関をガラガラと開けて中に入り、勢いよく閉めたあと、ただいまも言わずに部屋のふすまを開けて中に入り、ぴしゃりと閉める。

 そしてその場に、ずるずると座り込む。


 呼吸が荒い。身体が熱いし、すごい汗だ。

 学生鞄から手を離し、額の汗をぬぐう。

 だんだんと呼吸が落ち着いてきたけど、不安なまま。


 どうしよう……。

 どうしたらいいんだろ?

 わからない。逃げたい。このままどこか遠くに行ってしまえば……。


 なんて、無理だってわかってる。

 私は今月14歳になったばかり。

 この村を出て、1人で生きていくなんて無理だ。


「もう、嫌だ……」


 ぽつりと呟いた。

 その時、パチンと部屋の電気がついた。


 築90年のこの家ではよくあること。


「どうしたのだホウ?」


 低い男の声がした。


福福ふくふく?」


「ホウホウ」


 と、声がして、目の前にフクロウが現れた。

 普通のフクロウじゃなくて、妖怪だ。


 福福は、この屋敷が建つ前から、この土地にいるらしい。

 とても縁起がよい名前だと、ユキおばあちゃんが言っていた。


まい、学校で嫌なことがあったのかホウ」


「……嫌なことっていうか……困ってる」


「ホウ」


「自分がヘタレすぎて嫌だ……」


「ヘタレとは、弱虫で臆病で情けない性格のことだホウ」


「……よく知ってるね」


「フクロウは森の賢者とか、森の哲学者と昔から呼ばれているのだホウ。賢いのは当たり前なのだホウ」


「すごいね。私なんて……」


 ヘタレな自分に疲れてしまった。

 すべて、私がヘタレなのが悪いんだ。

 ヘタレじゃなかったら、こんなことにはならなかった。


「もう、嫌だよ……」


 こんな自分が嫌だ。

 じわりと涙があふれてきた。

 腕を持ち上げ、涙をふく。


「泣きたい時は泣いたらよいのだホウ。涙が心を癒すのだホウ」


「うん……」


 我慢しないで泣いたあと、私は福福に話しかけた。


「あのね、好きな男の子がいるの」


「ホウ。恋か……舞が恋の話をするのは初めてだホウ」


「うん……初めて、好きになったの。春にね、うちの村に引っ越してきて、うちの中学に転校してきたの。みんな、すごい騒いでたんだけど、私はクラスがちがうし、興味がなかったんだ……」


「ホウ」


「でもね、何度か廊下ですれ違った。みんな騒ぐし、転校生だなって、すぐにわかったよ」


「ホウホウ」


「それでね、いつの間にか、好きになってた」


「ホウ」


「転校生、石橋いしばし君っていうんだけど……石橋君を見るだけで、心臓がバクバクするし、逃げ出したくなるし、うん、逃げるのはいつもだけど、なんかもう、石橋君を見るだけで恥ずかしくなるというか、見ないでほしいけど、見つめていたいみたいなおかしな気分で、自分でも、おかしいなって思ってて、幼なじみのよし子ちゃんに話したら、それは恋よって言われて……びっくりした」


「ホウ。よし子ちゃんはそう言ったんだホウ」


「それでね、そうか恋かって、思ったんだ。家にいても、石橋君のことを考えてしまうし、学校では見るとおかしくなってしまうし、これが恋なんだなって」


「ホウホウ。舞は、そう思ったんだホウ」


「今日はね、家に帰ったら録画してたアニメのビデオを見ようって、ルンルンで廊下を歩いていたの。それで、角を曲がった時に、石橋君とぶつかっちゃったの」


「ホウ。それでどうなったんだホウ?」


「石橋君、ごめんって言って、どこかに行っちゃった。しばらく石橋君のうしろ姿を見てたんだけど、ハンカチが落ちてるのに気づいたんだ」


「ホウ」


「それでね、石橋君のかなと思って、つい、ハンカチを拾ってしまったの。石橋君のハンカチはね、猫の刺繍があるんだ。おばあちゃんが刺繍が好きなんだって。私が直接聞いたわけじゃないんだけどね。それで、ハンカチを見たら、猫の刺繍がしてあったんだ」


「ホウ」


「石橋君のだって、そう思った時に、クラスの男子がきて……私、逃げ出しちゃったの。ハンカチを持ったまま」


「ホウ」


「トイレの前まで走っても、誰にも会わなかったんだけど、石橋君のハンカチを持ってるって誰かにバレたら、なんて言われるかこわくなって、それで、鞄に入れて、学校を出たの」


「石橋という男を捜しに行って返すか、先生に渡すか、廊下に落とせばよかったんだホウ」


「うん……動揺して、バカなことしちゃったのはわかってる。どうしようっ! このままじゃ泥棒になっちゃう!」


「声が大きいホウ。誰かに聞かれたらびっくりするホウ」


「あっ……ごめんなさい」


「ワシは、中学校に住む妖怪は苦手なんだホウ。だから、学校に持って行ってやることはできないんだホウ」


「私は学校の妖怪は見たことないけど、無理しなくていいよ。でも、また学校に行くとか、変な目で見られそうだし、勇気ない……」


 バカバカ!

 私のバカ!

 このヘタレ!


 もう、嫌だ……。

 こんなヘタレな自分が嫌だ。


 せっかく泣きやんだのに、鼻の奥がツンとして、涙が流れた。

 明日も学校だけど、学校になんか行きたくない。


 もし、このことが石橋君のファンの女子たちにバレたら、いじめられてしまうかもしれない。


 石橋君はかっこいいし、優しいし、笑顔が可愛いって女子たちに人気がある。

 両親が離婚をして、母親と一緒に、母親の実家があるこの村に引っ越してきたらしい。

 いつも笑顔だけど、きっと悲しかったり、苦しかったりしたはずだからって、石橋君の力になるためにがんばっている女子がたくさんいる。


 そんな女子たちに優しい石橋君。

 女子だけじゃなくて、石橋君は男子にも優しい。


 男子とも仲がいい。

 でも、たまに1人でぼんやりしてる。


 疲れたような顔をして、窓の外を眺めている時がある。

 新しい学校で、無理をしてるんじゃないかなって、心配になる時があるんだ。


 私にはなにもできないけど。


 ヘタレな私は、話しかけたことがない。


 恋してると気づいてからも、離れた場所から見てただけ。


 目が合ったと思った時もあったけど、すぐにうつむいたりしてた。

 見られるのがこわいから。


 もうすぐ夏休み。

 夏休みになる前に、私、なんてことをしてしまったんだろ……。

 なんで、持って帰ってきたんだろ?


 バカだからだ。ヘタレだからだ。


 弱虫、臆病、バカバカバカ。

 後悔してもしょうがない。

 もう、持って帰ってきてしまったのだから。


 でも……。


「石橋という男は、石橋カヤの孫だホウ?」


「石橋カヤ? 石橋君のおばあちゃん? えっと……おばあさんの名前はわからないけど、神社の近くの石橋さんだよ。石橋颯太いしばしそうた君」


「ホウホウ。刺繍好き、神社の近く、カヤで間違いないんだホウ。カヤの孫は優しいんだホウ」


「えっ? 知ってるの?」


「――千里眼」


 福福の目が金色に変化した。

 この目、ひさしぶりに見たけど、もしかして、千里眼で石橋君がどこにいるのか見てくれているのだろうか?


 しばらくして、福福の目が黒色にもどった。


「今、神社の階段を上がっているホウ。行くぞホウ」


「えっ? 私も?」


「ホウホウ。階段の上にある神社の鳥居の向こうには、ワシは入れないのだホウ。猫たちから聞いた話では、あの男は猫が好きで、夕方、神社に遊びにきて、猫を撫でるらしいホウ」


「そうなんだ……」


 神社に猫が多いのは知ってる。

 なんで多いのかは知らないけど、きっと、心地のよい場所なのだろう。


 私もあの場所が好きだけど、学校が終わったあとに行ったりはしない。


「早く行かないと家に帰ってしまうホウ」


「うん……」


 こわい。こわい。

 だけど福福が力になってくれている。

 がんばろう。


 私はハンカチが入っている学生鞄を持って、福福と一緒に、神社に向かった。

 階段を上がると、福福に「行くのだホウ」と言われて、ドキドキしながら鳥居をくぐった。


 風が吹く。優しい風。

 セミの声はうるさいけど、ここはひんやりとしているというか、とても心地よい。


 境内を歩いていると、猫を見つけた。

 数匹の猫がのんびりしている。


 石橋君は……いたっ!

 制服のままでしゃがんで、猫を撫でている。

 うれしそうな横顔を見て、私もうれしくなった。


 急いで学生鞄からハンカチを出す。

 こわいな。こわいよ。


 福福……。


 ふり向いたけど、福福が見えない。

 遠くに鳥居が見えるのに、福福が見えない。


 泣きそうになっていると、「高月たかつきさん」と名前を呼ばれて、恐る恐る石橋君に視線を向けた。

 いつの間にか立っていた石橋君が、ゆっくりと近づいてくる。


「そのハンカチ……」


「あの、なんで私の名前……」


「知ってるよ。何度か目が合ったよね? 高月さんはすぐにうつむいてしまうけど、僕、気になってたんだ」


「えっ?」


 気になってた?

 ドキドキする。身体が熱い。

 真剣な眼差しで私を見ないで。


 恥ずかしくて、とけてしまいそう。


「可愛いなって思っても、なかなか話しかけられなかったんだ。今日も、恥ずかしくて逃げちゃったし」


「えっ? 石橋君でも、恥ずかしくて逃げたくなる時があるの?」


「あるよ」


 ふふっと、石橋君が笑って、手を差し出した。


「そのハンカチ、僕のだよね?」


「うん……」


「高月さんが持ってるのを見て、ポケットに手を入れたらないから、落としたことに気づいたんだ。高月さんが拾ってくれたんだね」


「うん……」


「でも、僕がここにいるって、よくわかったね」


「うん……信じてくれるかわからないんだけど、フクロウの妖怪がいるんだ。千里眼で見つけてくれたの」


「それって、福福?」


「うん、福福」


「うちのじいちゃんとばあちゃんの友達なんだ」


「福福が?」


「うん、今日はもう夕方だから無理だけど、高月さんも遊びにおいで」


「えっ? いいの?」


「うん、じいちゃんもばあちゃんも母さんも喜ぶよ。母さんは仕事だから、帰ってくるの遅いんだけどね。でも、きっと君に会ったら、好きになると思うから」


「えっ? なんで?」


「僕と好みが似てるんだ」


 ふふふと、石橋君が笑った。


 もう、とけてしまってもいいだろうか?


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