第9話


 多分、二人は「俺にその覚悟はあるのか?」と暗に言っているのだろう。


「……」

「……」


 それは刹那も龍紀も分かっているのか、どことなく心配そうな眼差しだ。


「……」


 でも、皆に心配させておいて悪いが、俺はそこまで驚いていない。むしろ、いつかはこうなるだろう……とすら思っていたくらいだ。


「……大丈夫です。むしろ、この話がいつ出るのかと思っていたくらいですから」

「へぇ、そうなんだ」


 兄さんはそう言っているが、多分。分かっていたのではないだろうか。


「でも、悪いな。コレは出来れば内々で解決すべき問題なのに」

「実苑さんのせいじゃないですよ。何だかんだ言って、ずっと野放しにしてきた全員の問題です」


 そう、事あるごとに「空自身について話をいつか聞こう」と思っていながら、結局聞かずじまいでいた俺も、その『全員』の内の一人だ。


 たとえ、教えてくれなかったとしても、何かしら注意して見る事くらいは出来たはず……。


 それすらしなかった俺は……ただの臆病者だろう。否定されるのが怖くて、空と向き合おうともしなかった。


 その結果が、コレならば……甘んじて受けるつもりだ。


「……そっか。瞬、ちゃんと考えていたんだね」

「まぁ、俺が望んで突っ込んだ話じゃないけどな。元はと言えば、刹那がちゃんと勉強していれば……」


「そっ、それは……」

「いや、それだと刹那が空に会う事になっていただろう」


「……まぁ、それはそうか」


 確かに、龍紀の言うとおり仮に俺があの場にいなかったとしても、刹那が俺の代わりに空に会っていたかも知れない。


「うーん、それはどうかな」


 兄さんは首をひねりしながらそう言った。


「どうしてですか?」

「まぁ、結局のところ。全てが上手く作用した結果が『今』だから。人が変われば当然『結果』も変わるモノだろう」


「…………」


 言われてみれば、俺は元々別の場所にいた。


 しかし、空に気がついて追いかけた事によって今回の事態に巻き込まれて、今に至っている。


 だから、単純に俺に代わって刹那があの場にいたとして、俺と同じ行動をしたか……と聞かれると、多分。答えは『ノー』だろう。


 そもそも、俺と刹那じゃ根本的な部分が色々と違い過ぎる。


「でも、色々あったとしても『今』には向き合わないといけない。彼女と対峙するなら、覚悟しなきゃいけない事もたくさんあるだろうし」

「……そうですね」


 たとえ、俺がそのつもりがなくても、空は違うかも知れない。自分のため……いや、自分の大切な場所を守ろうとする彼女は……かなり手強そうだ。


「まぁ、カードを集めないと話は進まないし、そもそもその怪我を治さないと話は始まらないけどな」

「そうだね。まずは療養かな。下手をすると、春休みだけじゃ完治しそうにないね」

「完治しないと思いますよ」

「うん」


 なぜ、こういう時に「大丈夫だよ」とか言ってくれないのだろうか。


 確かに、腕を折っておきながら数週間で完治するとは思っていないが……それでも、慰めたり元気づけてくれても良いと思ってしまう。


「うーん、だって下手な慰めは瞬が気にするじゃん」

「うっ……」


「ああ。それに、いくら言ったところで現実は変わらないからな。むしろ、向き合うくらいがちょうどいいだろう」

「……そうだな」


 下手な希望を見せられるより、キチンと『今』と向き合って欲しい……そんな二人の心遣いに、少し驚いた。


 龍紀はともかく、刹那も人への気遣いが出来るとは……。


「まぁ、とりあえず今は安静だな」

「今まで色々大変だったから、少し休むといいよ」


「……ありがとう。兄さん、実苑さん」


 そうして、二人はいつの間にか病室の扉付近に立っていた宗玄さんに付き添われて病室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る