第2話


 学校に着いてもやはりいつもと違う雰囲気が感じられる。


「…………」


 今までは気にも止めていなかったが……。


「……」

「……」


 刹那は、なぜか俺を観察するようにジロジロとみている。


「瞬……さっき『もう少しイベント事に……』なんて言ったけどさ」

「それがどうかしたか」


「うん、やっぱり撤回するよ」

「それはそっちが勝手に……はぁ、好きにしろ」


「いやだって、今までの瞬だったら空気とか雰囲気の違いなんて気にも止めてなかっただろ? それが気づけるようになった……っていうのは、いい傾向だと思ってさ」

「…………」


 一瞬「こいつは俺の兄さんか父親か?」と思ってしまったが、どうやら俺は知らない内に刹那に気を遣わせてしまっていたらしい。


「……わ」

「あっ、でも……」


 謝ろうとした矢先、すぐに刹那は「ただそれがどうしてそうなった……とか言う理由付けはまだ甘いけど」と付け加えた。


 ……ものすごく余計なお世話である。


「まぁ、元々そういった『イベント事」』が嫌とか嫌いだってわけじゃないからな」


 ただまぁあまりにも騒がしいのはいやだが、祭りのような催しモノはむしろ好きな方である。


「あれ、そうだったけ?」

「活気で浮くし、何より空気が明るくなるからな」


「あー、そういえばそうだねぇ」

「刹那はそうじゃなくても毎回楽しそうだけどな」


 イベントだとしてもそうじゃなくても、刹那の場合は毎日がお祭り騒ぎな人間だ。一時から比べると幾分かおとなしくなったけども……。


 それに殺伐と重く暗い雰囲気よりも、楽しそうな雰囲気の方が何倍もいい。


 ここ最近は『受験』という余波もあって、その暗い傾向になりつつあったのも確かだ。


 だから、たまにはこう……多少空気が浮ついていてもいいのではないだろうか。それこそ『ご愛嬌』というヤツだ。


「……ん?」

「瞬? どうした?」


「いや、あそこにいるヤツ……」

「んー?」


 そう言った俺の視線の先には……一人の男子生徒が立っていた。


「…………」


 ただ手元の『紙』に熱中しているのか、俺たちの視線には気が付いていないらしい。


 足元の内履きを見た限り『一年』である事はほぼ間違いないはずだが……。


「あの子がどうかしたか?」

「いや、なんでなんなに悩んでいるのだろう……と」


 よく見るとその男子生徒が手に持っているのは、何かの『チラシ』の様だ。


「うーん、この時期に女子同士がそんな会話をするのならまぁ分かる様な……」

「……」


 女子も気にするが、男子も『バレンタイン』というは結構気にするらしい。ただ、それは「誰からもらえる」という話だ。


 そして、刹那が言っているのは「送るモノ」の話だろう。


「まぁ、別に『女子から男子』という形じゃないといけないって決まりもないからな」

「それもそうだね」


「もしかしたら、バレンタインが誕生日の誰かに渡すモノを考えているのかも知れないしな」

「うーん、でもそれならなんで一人で悩んでいるんだろ」


「さぁな」


 こんな話をされている……なんてあの男子生徒は思いもしないだろう。それに、これこそ本当に『大きなお世話』である。


「うーん、青春だねぇ」


 たまに、刹那はこんな風におじさんみたいな話し方をする。それがいつからかは知らないが、思い返してみると……高校に入ってからそのおじさんの傾向になりつつ……。


「――残念だな。刹那」

「いや、何が残念」


 そう思わずポロッと出てしまった言葉に、刹那はすぐに反応を示した。


「それに『おじさん』っても聞こえたけど?」

「さすがにそれは言っていないはずだ……思いはしたが」


「いや、思ったんかい! じゃなくて、それじゃあほぼ言っているみたいなもんじゃんか!」

「自分で言ったようなものだろ。それにしても、相変わらずの地獄耳だな」


 なんていつも通りの何気ない会話をしながら下足を入れ、内履きを履くと……。


「ん?」


 何やらチラシらしきモノが俺たちの足元に落ちてきた。


「…………」

「あれ、コレって……」


 よく見ると、どうやら雑誌の一ページを切り取ったモノらしく、ジュエリー店の広告の様だ。


「あの、すみません」


 俺たちがその広告を見ていると……突然声をかけられた。


「はい」


 広告から顔を上げると、ついさっきまで何やら真剣に『紙』を見ていた一年男子が俺たちの前に立っている。


「……それ、俺のです。すみません」

「ん? ああ、ごめんごめん。コレ、君のだったんだ」


「あっ、はい」

「ふーん……あのさ、コレ」


 そう言って刹那は広告を手渡し……。


「誰かに渡すプレゼントを考えているの?」


 サラッとそう尋ねた。


「……!」


 この言葉を流すことが出来る人間もいるのだが……このリアクションを見た限り、どうやらこの男子はそういうタイプではないらしい。


「……」


 ただ俺自身は刹那の言葉に内心、盛大なため息をついていた……のだが、まぁ当の刹那本人は全く悪気が感じられない。


 いや、そもそも思っていないのだろう。


 普段、人に対しあれやこれやとどこを気にした方がいいとか言うくせ、自分の場合になると、その気にしている配慮が一気に全部吹っ飛ぶ。


 当人としては、本当に聞きたい事をその場で聞いているだけ……という事なのだが、果たしてそれが社会に出た時どうなるのか……正直、見物だ……と俺は勝手に思っている。


「…………」


 まぁ、それはそれとして……なぜか一年男子は突然刹那からそんな事を言われて固まっている。


 もしかしたら『冷やかし』だと思われたのかも知れない。しかし、これくらいなら男子も女子も性別関係なくよくありそうな話だ。


 ただ刹那の場合は……多分、そういうのとは違うだろうけども。


「……」

「……おい、せ……」


 そろそろここら辺で助け舟を出すべきだろうか……と思い、声をかけようとした瞬間――。


「あのっ!」


「うぉっ! なっ、何?」

「……?」


 突然大声を出した男子生徒に、刹那は珍しい声を出してしまっていた。


「俺と一緒に考えてくれませんか?」


「……え?」

「は?」


 男子生徒の言葉に俺たちは目が点になった。


「……待って、話が全然見えない」


 刹那にしては至極まっとうな答えをしたのではないのだろうか。現に俺もそう思った。


 確かにさっきの刹那の言葉は「誰に渡すプレゼントを考えているの?」というニュアンスのつもりで聞いたはずだ。


 それがどうして「一緒にプレゼントを考えてくれ」という話に直結するのだろうか。


「あ、えと……突然すみません。でも、俺一人じゃどうしようもなくて……」


「……」

「……」


「そういう話なら友達同士ですればいいんじゃないか?」

「うん」


 何やら悩んでいる……とは思っていたが、初対面の俺たちが関わっていい話だとも思えない。


「同級生とかだと茶化されそうで……」


「あー……なるほどね」

「理解を示すなよ」


「いやでも、よくある話じゃん?」

「それはそうだが……」


「それに、その友達……今、入院しているんです」

「え、そうなの?」

「…………」


 正直、今の反応はヤバい……。この『現在進行形で入院中』というワードに刹那が食いついてしまった。


 昔、亡くなったお姉さんの事を思い出すのか、こういった『切ない』話に刹那は滅法弱い。


「それで、そいつに何かプレゼントを……と思っているのですが、よく分からず」

「……なるほど」


「…………」


 案の定刹那は男子生徒の話に聞き入っている。つまり、この話の流れのままでは……。


「よし! 分かった、俺たちも一緒に手伝うよ!」


 ――こうなってしまう。


「はぁ……」


 いや、頭ではこうなる事くらい分かっていた。ええ、分かっていましたとも。


 ただ刹那、その男子生徒の言葉が本心からのモノだったとしても、ちょっと簡単に乗り過ぎではないだろうか……なんて、俺は勝手に刹那の身を案じた。

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