第8話
そして、放課後――。
「さて、行くとするか」
「うん」
俺と刹那はその『カード』に会いに……というと、変な表現な気がするが、紛れもない事実なのだから仕方がない。
ちなみに、龍紀は今日。部活動の関係でいない。
サッカー部とはいえ、何も外に出なくちゃいけないという決まりはないらしく、筋力トレーニングや体幹トレーニングなどなどやる事はたくさんあるらしい。
「一応、トレーニング用の器具が並んでいるトレーニング室とかあるけど、基本的に各部、使用できる曜日……というより日にちが決まっているんだって」
「……そうなのか」
確かに、そういったルールがなければバッティングしてしまう可能性も十二分に考えられる。
ただでさえサッカー部は運動部の中でも大所帯に入る部活動だ。
「そういうのも生徒会や部活動の主将が集まって決めているから、そう考えると、本当に龍紀の仕事は多いなぁ」
「まぁ、それはこれから会いに行く雨宮さんにも言えることだけどな」
もとはと言えば、部活の主将に生徒会長をほぼ同じ時期から勤め始めたのは雨宮さんだ。
龍紀はどちらかというと、そんな雨宮さんに一番影響を人……ともいえるのかも知れない。
「でも、ちょっと安心した……というか」
「何がだ?」
「いや、あそこまで自分に自信を持っている人でも、そうやって俺たちみたいに周りが見えなくなるなんて事もあるんだなって」
「……まぁ、あの人も人の子だったって話だろ」
いくら完璧に見える人だって、人間であることには変わらない。
それこそ俺たちと似たような事で悩むことだってあるだろうし、悩まない事だって当然ある。
俺たちがそれをどう思うかは別として、本人にとっては真剣に悩むことだってあるだろう。
ただ、そうやって普段悩まないような人が悩んでいる時、周りの人たちがどういう対応をするか……というのが大事だと、俺は思う。
「……と、教室には……いなさそうだな」
「図書室かな?」
「かも知れないな」
「うん」
三年の……雨宮さんがいるクラスの教室をちょっと覗いてみたが、どうやらいなさそうだ。
さすがにどの席か……までは知らないが、今でも話すことがある龍紀から「大体この辺り……」とは聞いているが、その辺りにはカバンも見当たらない。
「それにしても、学校が終わり次第速攻で帰っている辺り、さすがだね」
「何を他人事みたいに言っているんだ? 来年は俺たちがこの立場になるんだぞ」
なんて会話をしながら、とりあえず『図書室』に向かった。
ここ最近、雨宮さんは放課後も図書室で勉強する事が多いらしい。理由は定かではないが、家で一人勉強するよりも、人がいた方が勉強に集中できるという人はいる。
雨宮さんもそういう人なのかもしれない……なんて思っていると――。
『…………』
「……」
「瞬、えと……コレは」
「どうやら、雨宮さんにわざわざ会いに行かなくてもよさそうだな」
「……みたいだね」
そう言っている刹那は、ぎこちない苦笑いだ。
「……」
ただ、今の刹那の苦笑いは「タイミング良すぎだろ」とかそういう類のモノではない。どちらかというと今の苦笑いは……。
「……」
突然目の前に現れた『大きな犬』にビビっている……という状況の笑みだった。
『…………』
「……おい」
「なっ、なに」
「怒らせたくないっていう気持ちは分かるが、刹那のその表情は露骨すぎる」
「なっ、一応俺なりに考えての……」
『おい、俺を置いて話をするな』
このままでは俺たちが口論を始めてしまう……と感じたのか、俺たちの目の前に現れた『毛の長い真っ黒い大型犬』は、ため息交じりにそう呟いたのだった。
「あ、すみません」
「……すんません」
犬に向かって……しかも、周りには見えていないであろう相手に向かって謝っている俺たちの姿を見ている人がいたとしたら……相当、おかしく見えただろう。
『全く、俺の存在に感づいたとは、かなり前から分かっていた』
「え……」
「分かっていたのか」
『ああ、ただその本人は見間違いと思ったようだけどな』
そう言って俺の方を見ている様に感じる。
「……」
確かに、俺が最初に見た時は『何となく動物っぽい』とは思っていた。それに、それが『カード』なのかも知れない……という事も。
「……それで、なぜ雨宮さんに?」
『ん? ああ、それは……分からん』
「分からんって」
『気がついたらあの男の部屋にいた』
「…………」
この現象は何も『おおいぬ座』が初めてではない。むしろ、今まで出会った『カード』たちには比較的多い話だ。
ちなみにこの『カード』には『星座』をモチーフにした絵が描かれている。そして、それに由来した話に基づいて俺たちは探しているのだが……。
そもそも、この『カード』たちは元々自我の様なモノがあるのだろうか?
今まで出会った『カード』たちは大体、今のおおいぬ座の様に「気がついたら」というパターンが多い……というより、ほとんどだ。
「……」
「……瞬?」
「ん? 悪い、ちょっと考えごとをしていた」
「そう?」
『心ここにあらずという感じだったな』
「悪い」
『別に構わないさ。何も考える事が悪いって訳じゃない』
「…………」
『ただ、周りが見えなくなるまでする必要もないとも思っている』
「それは、雨宮さんの事ですか?」
今の言葉に反応した刹那は、即座にそう返した。
『あの男の名前。雨宮というのか……。まぁ、確かにいつもいつも机に向かっていたな。それこそ何かを得ようと必死に追いかけている様にも見えた』
「…………」
『確かに狩りには必死に追いかけるのも必要だ。ただ、それだけではなく冷静さも必要になる……が、本能的に生きている俺たちよりも、その手の話はお前たち人間の専売特許みたいなモノだろ?』
まぁ確かに『動物』といえば『本能的に生きている』と考えられている。だから、その指摘は間違っていない。
『あの男も必死に追いかけ続けていた。ただ、そこに冷静さもあったかと聞かれると、それは謎だな。俺から見ても、とても周りが見えていたようには思えない』
「…………」
時期が時期だけに、そうなっても仕方ない……とは思う。
『俺があの男に無意識に引き寄せられたのは、多分。あの男にはあの男なりの美学があるからだろう』
「そっ、それは……」
「ああ」
俺たちもよーく分かる。雨宮さんの『ナルシシストぶり』は学校内では周知だ。
でも、ただの『ナルシシスト』だったら、下手をすると周囲からの反感を買ってしまう可能性も……なきにしもあらずだろう。
それでもこれだけ周囲からの信頼が厚いのは、それだけ『自分を良く見せるために、自分にも厳しい』いや、努力をしていると言うことをみんな分かっているからだ。
だから、心のどこかで「雨宮さんが?」と思ってしまう。
『俺にも俺なりの美学があるからな、だからこそあの男に引き寄せられたのだろう』
「なっ、なるほど」
自分に自信があるからこそ、出来る発言だと俺は思った。
「…………」
俺には到底出来そうもない言葉だ。とても『美学』だなんて……。
『しかし、そんなあの男でも冷静さを欠いていたのは事実だ。そして、そんな時、後輩と思しき少年からの言葉にハッとしたようだな』
それは多分、龍紀と出会った『初詣』での出来事だろう。
『でも、俺はそれで良かったと思っている。そのおかげであの男は自分の現状に気付くことが出来た』
「……」
確かにそうだったかも知れない。ただ、言った本人はそんな事は思っていなかったから、悩んでいた。
『ただ……こうして会いに来てくれたし、あの男もすっかり立ち直っていたし、もう大丈夫そうだ』
「ん……?」
「どうしたんですか?」
不思議そうに首をかしげている俺たちに「フッ……」と小さく笑いかけたかと思った瞬間――。
「っ!」
「っ!」
一瞬、俺たちの前に光が瞬き、そして、もう一度目の前を見た時は……もう『おおいぬ座』の姿はなく、俺の制服のポケットに『カード』が入っていた――。
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