第2話


「……」

「……」


「ところで……」

「なんだ」


「……瞬の隣にいる『そいつ』は、誰?」

『え……』


 刹那は何気ない様子で尋ねたが、当の『ヘラクレス座』はものすごく驚いている。しかも、その表情は「どっ、どういう事?」とでも言いたそうだ。


「……」


 でも、俺は確かに「見えませんから」と言った。だからこそ、ヘラクレス座はそんな表情を見せたのだろう。


「……分かるだろ、カードだよ」

「あっ、なるほど」


『あっ、あの。なるほどって?』


「……すみません。この人、見えるんです」

『え』


「すみません。てっきり来るのは『千鶴さん』だとばかり思っていたので」

『あっ、そう……なんですね』


「俺もすみません。驚かせるつもりはなかったのですが」

『あっ、いえ。僕も取り乱してしまって……』


「……」


 結果、刹那とヘラクレス座はお互い平謝りになってしまった。


「はい、ドーン!」


「……」

『……』

「……」


「って、あれ? もしかして、お邪魔だった?」

「いや、むしろグッドタイミング」


「そっか、それならよかった」


 本当に、兄さんが来なかったら……謝り続けている刹那とヘラクレス座の間に挟まれてどうすればいいか分からなくなるところだった。


「あっ、さっき瞬のお友達が泊まるって伝えたら、宗玄さんが『今日の夕食はさらに腕によりをかける』って言っていたよ」

「そうなんですか!楽しみです」


 人によっては月並みな言葉に聞こえるかも知れない。でも、刹那のその言葉には嘘偽りはないだろう。


 それくらい、刹那の言葉には裏表がなかった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『そういえば……』

「はい?」


『いえ、瞬さんたちの妹さんって、どんな方だったのかな……と思いまして』


 ヘラクレス座はふとそんな事を尋ねてきた。


 ちなみに刹那は、大量に盛られた夕食に圧倒されながらも「残す訳にはいかない」と何とか食べきり、宗玄さんに案内された部屋で休んでいる。


「どんな、そうですね。えと『夢』は……あっ、名前なんですけど……」


 名前の通り……なんて言ったら怒るかもしれないが、空想や想像をするのが大好きな女の子だった。


『確か、星座がお好きだったとか』

「はい、後は……」


 そういえば夢は星座も好きだったが、動物も好き同じくらい……いや、それ以上なくらい好きだったはずだ。


 ――しかも、その数多くいる中でも『ライオン』が好きだった。そしてよく「お兄ちゃん! 私、いつか動物園に行く! その時はお兄ちゃんも家族みんなでだよ!」と言っていた。


「……」


 なんて言っていたのがつい最近にも思える。でも、そんな日は……結局来ることはなかった。


 夢はいつも図鑑を見ており、そのボロボロになってもずっとその図鑑をいつも読んでいた。


 そんな夢を小さい頃の俺は不思議そうに見ていたが、今となってはなんとなく分かる気がする。


 俺も……空や刹那の影響……というか読まざる終えない状況のおかげで星座に関する本を読むようになった。


 昔は一人で森の中で走ってよく怪我とかしており、周りからは『やんちゃ小僧』と言われていた。


 それが今では読書と幽霊の願いを叶えたり、カード探しをしたり……と何気に充実している。


 もし、母さんに今。出会ってこの事を聞いたら……多分、驚くだろう。そんな事を考えてしまうほど昔の俺は『わんぱく』だった。


「そういえば……」

『どうかされましたか?』


 俺は昔、まだ幼い頃のある日の朝。突然、夢に言われた事を思い出した。


「あっ……。いえ」


 朝起きて最初に、「昨日、お兄ちゃん。小屋の前で魚釣りしていた?」と聞かれたのだ。


 当然、その時は驚いた。


 ただそれ以上に俺は自分の見た夢のなかでライオンと一緒にいる『夢』の姿がその本人だということの方が驚いた。


 いくら空想や想像が好きとは言っても、限度があるだろう。


 その時俺は「まさか自分で色々な人の夢の世界を行き来出来るのでは?」と思ったほどである。


 でも、妹の『夢』は体が弱くほとんど外に出る事はなかった。もう一度ぐらい夢に会いたい……と思ってしまう。


「ふっ……」


 そう、俺は自虐的に笑った。


『どうかされましたか?』

「いえ、ちょっと」


 でも、もしてかしたら……それは『出来るのでは?』と俺は頭の中で『ある可能性』が過った。今までそんな事を考えた事は……なくはなかった。


「……」


 夢が亡くなってからは、今まで出てきたことはない。俺がいくら願っても。


『今日はもうお休み下さい。きっと疲れているんですよ』


 ヘラクレス座は俺を見て何を思ったのか分からない。でもその時俺は静かに唯一残っている『家族写真』をチラッと見た。


「そうですね……」


 ただ、ヘラクレス座の厚意を無駄にはしないでおこう……と俺はそのままベッドへと向かった――――。


「……ん?」


 その時、何か本が落ちた。


「…………」


 しかし、俺はそれを解く気にせず、ベッドに入り、そのまま眠りについたのだった。

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