第9話
でも、確かに『あの事』が起きてから結構時間が経っている。それを考えると、この『事実』は決して考えられる事だ。
それでも俺はこの『事実』に驚いている。ただそれは多分、今まで目を背けてきたからだろう。
「でも、ここまで色々なジャンルまでしているとは思っていませんでした」
元々『龍ヶ崎家』は『呉服』つまり、『着物』を専門に扱っていた。祖父のもっと前の代はその中で発展してきたらしいが……。
「でもやっぱり、それだけじゃダメだと思ってね」
「それで自分の代になってから色々やってみた……と?」
「あー、まぁね」
「じゃあ、ナース服もその一つ……というわけですか?」
「そうだね、もちろん。それだけじゃないけど」
「……」
祖父が亡くなり、父さんではなく兄さんが会社を継ぐことになり、色々なジャンルに挑戦していったらしい。
「もちろん、全てが上手くいった訳じゃない。失敗も多かった。でも、周りの人たちの協力があって『今』があるんだって思っているよ」
「そうなんですね。あっ」
何かを思い出した様に刹那はカバンの中を漁っていた。
「ん? どうした、刹那」
「そうだよ、俺はコレを渡しに来たんだった」
そう言って『封筒』を取り出し、兄さんに渡した。
どうやら刹那はこの『封筒』を渡す為に……いや、兄さんの言うところ「俺を心配したついで」にコレを渡しに来た様だ。
「うん、確かに」
兄さんはその封筒の中身を軽く一瞥すると、そのまま封筒を閉じた。
「それで、君は刹那が心配でここに来たんだよね?」
「えっ……あっ、その」
改まって言われるの困るのか刹那はなぜか戸惑っている。
「ん?」
「そりゃあ、人様の家の事情に首を突っ込むのは気が引けるだろうね。でも、心配して来たのは間違いじゃないはずだけど?」
「そう……ですね」
兄さんの言葉に俯いてしまった刹那の様子を見てようやく気がついた。
刹那は確かに「俺が心配になってここに来た」その言葉に嘘はないはずだ。でも、刹那がそう思った理由は「俺が兄さんに萎縮してしまって話が出来なくなるのではないか……」そんな心配からだと今になって分かった。
「……」
「……」
「兄さん」
無言のままの二人に俺は兄さんに話しかけた。
「ん? 何?」
「実は昨日の夜、聞きたい事がありました」
「昨日の夜? あの日の話だったよね? それなら……」
「結局。俺はまともな話が出来ませんでした。でも、どうしても『一つ』聞きたい事があります」
「ふーん、何?」
「あの日。火事が起きている最中、兄さんのは俺と夢の前に現れました」
「ん?」
「かっ、火事?」
「ああ、実は……」
そう言って俺は刹那に『あの日のこと』を説明する事にした――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……そんな事があったんだ」
「ああ、悪い。説明が今になってしまって」
「いっ、いや。いいんだよ。こんな話、すぐには言えそうにないし」
「……」
刹那はそう言ってくれたが、こんな時まで深くは追求しないで……本当に……感謝している。
「……」
「兄さん? どうかしましたか?」
しかし、兄さんは俺が話している間も特に口を挟む事もなくただ黙って聞いていた。
「あの、瞬。さっき『火事が起きている最中、僕が瞬と刹那の前に現れた』って言っていたけど……」
なぜか兄さんは考え込むようにあごに手を当てている。
「? どうかされたのですか?」
「??」
俺たちも不思議そうに兄さんの方を見た。
「いや、僕……あの時宗玄さんと一緒に逃げてはいたけど、瞬や夢には会っていないよ?」
「……え」
「……」
兄さんのそのたった『一言』を聞いた瞬間、俺はその場で固まってしまったのだった……。
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