第10話


 『龍ヶ崎家』そこで俺と兄さんが生まれた……。


 ただ俺と兄さんはそもそも生まれてからずっと一緒……という訳ではなく、でもだからといって決して『腹違い』という訳でもない。


 俺と兄さんは同じ両親から生まれた……。それは全く嘘偽りのない事実である。その証拠に俺と兄さんは『目の色』以外そっくりだった。


 しかし、なぜか俺と兄さんは俺が物心をつくまで会うことは一度もなかった。たったの一度も……である。


 しかも、最初に会ったのは『窓越し』だ。その時点で『普通』とはかけ離れている。


 ただ……出会ったその頃の俺はそれを何もおかしいとは思っていなかった。しかし、今となってはそれがおかしかったのだと分かる。


 ちなみにこの時の兄さんはずっと部屋から出る時は必ず誰かしらの付き添いがなければいけなかった。


「あれが、あなたのお兄さんよ」

「……」


 今となっては薄く覚えている記憶を辿ると……多分、そう言われて俺は初めて『兄さん』と呼ばれる人物を見た。


 そこには自分と似た白に近い髪……そんな容姿の年上の人……。


 でも、それ以上に綺麗で『真っ赤に燃えた目』が俺には印象的で……それが他の事は薄らぼんやりなのに、その『赤い目』と『真っ白い容姿』だけを今でも鮮明に覚えている。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「瞬がお兄さんを苦手って言う話は分かったけどさ、でもそれは昔の話じゃ?」

「……」


「それに一緒に暮らしている訳じゃないんだし」

「……」


 神の言っている事はごもっともだ。いくら今でも兄さんを苦手と言っても、兄さんと俺は一緒に生活をしているわけではない。


 ただ……実はそんな『苦手』と言っている訳にもいかない事態に陥っていた。



「……確かにな、でも今はそんな事も言ってられない」

「?」


 不思議そうに首をかしげる神の目の前に手紙を差し出した。


「何?」

「読んでみろ……」


 俺の言葉に神は「よく分からない」といった様子で俺に促されるがまま手紙に手を伸ばした……。


「……!」


 そこに書かれている内容に神は只でさえ大きめを更に見開いた。そんな神に俺は更に言葉を重ねた。


「例えば……。今まで音信不通だった上に今まで入学や卒業の祝いも一切なかった人間から突然『正月』返って来られますか? という手紙があったとしたら……神はどうする?」


「それは…………」

「俺は少なくとも疑う……。イタズラか何かではないかと……。だが……」


 そう言って俺は封筒を見せた。そこには『龍』のマークがあった。


「?」


「よく見てみろ……。このマークには小さく『龍ヶ崎』の文字が入っている」

「本当だ……」


 俺の指さした所を神は目を細めてよく見ると、確かに『龍ヶ崎』の文字が入っている。


 実はそれ以外にも『あるモノ』が入っていた……。しかし、神はその『あるモノ』を知らない……。だから、俺はそれを黙っていた。


「それで……瞬は?」


 神は「どうするの?」とでも言いたそうな表情で俺の方を見た。


 明らかに何かの罠にも見える『手紙』を俺は手にした。多分、この後取る行動によっては自分の人生を大きく変えてしまうだろう……。


 そんな状況を心配しての質問だったが、俺はあえてストレートには言わず、窓の外を見ながら回りくどく答えた。


「……本当は行きたくは……ない。でも、聞きたいことがたくさんあるから……な」


 神には話していないが、現状で『第三者』として名前の挙がっている人物からの突然の手紙……罠かも知れないが、ここは受けておいた方が賢明だろう。


 なんて事はさすがに口にはしなかったが、神はどうやら何かを察してくれたらしく、俺にむかって小さく「そっか……」と呟いた。


「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

「え……それだけでいいのか?」


「瞬が刹那たちにちゃんと話してくれるのなら何も言う必要はないよ。ただ、一人で抱え込むなって言いたかっただけだから」

「…………」


 神もどうやら刹那たちと同じようだ。あまり人の心の中に深くまでは入り込まない。でも、その心遣いが……今の俺にとってはありがたかった。


 その後、俺たちは連絡先を交換して別れた。


 ――ちなみに食事の料金は神が俺の分も支払ってくれた。やっぱり……俺にとってあのお店はかなり敷居が高かった。


「でも……ただ話をしていただけなのに『思わぬ収穫』をするとはな」


 神と別れ、一人になり俺はそう呟いた。その手には『海豚座いるかざ』のカードがあった。


「確か……」


 俺は前に読んだ本に書かれていた内容を思い出した。


 神話によると、詩人のアリオンが音楽会から故郷に帰る際、彼の持つ報酬に目がくらんだ船員がアリオンを殺害しようとしたが、アリオンは「死ぬ前に琴を弾かせて欲しい」と願い、船員たちはこれを許し、アリオンが弾き始めると、どこからともなくイルカの群れがやってきて、曲を鑑賞した。


 演奏後、アリオンが身を投げると、イルカがその背にアリオンを乗せて故郷に連れ帰り、そのイルカたちはその功績が称えられ星座になったとされる……。


「ん? でも、海豚座って……コップ座とも関係があったはず」


 そう、確か海豚座は酒神のディオニオスを誘拐しようとした船乗りたちの姿が『イルカ』になったとも言われている……ともその本には書かれていたはずだ。


「……」


 なんにせよ、神と話をしている時にこの『海豚座』のカードが現れたのは……何か意味がある様に思えてしまう。


 神も……音楽に携わっている人間だから……。


「それに、明日は刹那たちとキチンと向き合わないとな…転」


 それを考えると正直気が滅入る。


「……」


でも、そんな事を言っている暇はない。


「はぁ……」


 吐き出した白い息とは裏腹に、街は外灯やイルミネーションがキレイに光り輝いていた……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る