第6話


「……なんだったんだ? 一体……」


 あっという間の出来事に一瞬我を忘れそうになった。しかし、俺はすぐに頭を現実に戻した……が、やはり色々と考えてしまう。


 俺の知らない内に刹那と仲良くなっているのか……とか刹那から『何』を聞いたのか……などそうこうしている内に時間は過ぎ去った。


「……と、そろそろか」


 結局、俺は開演三十分前……というギリギリの時間に会場へと入った。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「はぁ…………」


 俺は冷えきった空に息を吐くと……白く吐かれた息はすぐに消えた。


「やっぱり……すげぇな。神は……」


 神の演奏は素晴らしかった……それは音楽が素人の俺でも分かるほどだ。


 それに、どことなーく……何かに吹っ切れた様だった。さらに、あの時以上に楽しそうに演奏していた様に思う。


 とあるテレビ番組で『クラシックはその曲が出来たころの再現をしている』と言っていたのを思い出した。


 だから、曲調によって様々な表情を見せていたが、最初に会った時の様な『焦り』の様なものは感じられなかった。


「……」


 最初に出会った時はかなり偉そうなこと言ったのに、今じゃ立場が逆転したな……と出会った頃を思い出そうとしたところで……。


「ごめん! 待った?」

「………………」


 これが刹那なら、「ごめん、待った~?」とか裏声使ってふざけるだろう。だが、神に悪気は一切感じられない。


「ん?」

「いや……大丈夫だ。そんなに待ってない」


 俺はリサイタルが終わってからゆっくりと歩き、適当な待っていた。実際待っていた時間と歩いた時間を合わせてもそんなに時間は経っていない。


「神こそ大丈夫なのか? こんなに早く外に出て」


 コンサートなどを行った場合、アーティストは中々外に出ることは出来ない……とあるテレビで見たことを思い出した。


「大丈夫大丈夫。俺、いつも帰るの早いから」

「そう……なのか?」


「そうそう」

「……」


 いや、本当にそういうもの……なのか?


 若干疑問に思ったが、そこは俺には分からない世界の話である。だからまぁ『そういうもの』という事で俺は自己完結することにした。


「まぁ……とりあえず、どこか食べに行こう!」

「…………はっ?」


 俺は元気よく言った神の言葉に耳を疑った。


「……」


 確か、神がリサイタルの終わった後、待っている様に言ったのは『話をする』ということだったはずである。


「えっ? だってここで喋っていたら風邪を引くかも知れないじゃん」

「………………」


 神の言う通り、雪も多く……さらに若干風が吹いている今の状況の中で話をしていれば風邪を引く可能性は充分にある。


 さすがに、風邪をひいて刹那たちに迷惑をかけたから……いや、今も迷惑をかけているかも知れない……だから、これ以上迷惑はかけられない。


 しかし……時間は夜の七時を過ぎている。


「……」


 夕食を食べるには丁度いい時間ではある……が、俺は一瞬迷った。


 通常であれば……俺もそんなには迷わないが、相手が『世界を飛び回っているピアニスト』ということが問題だ。


 いや、本人の前でわざわざ言う訳にもいかないのだけれども……俺の財布の中身で足りるのだろうか。


「……」


 正直内心かなり焦っていたが、そんな俺に神は「そんなこと気にしなくていいよ」と言ってタクシー乗り場へと強引に引っ張ったのだった。

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