第5話


「おっ、来たな」

「やっほー!」


「……こんにちは」


 実苑さんと聡さんは俺達をそれぞれ元気と落ち着いた態度で迎えた。基本的にいつも通りだ。


「じゃあ……俺はこれで」

「あっ……」


 すっかり大人しくなった理苑を刹那は呼び止めた。


「何?」

「えっと……」


 刹那は呼び止めたはいいものの「どうしよう……」という感じで口ごもった。


「……」


 これは……刹那の悪い癖だ。


「……」


 刹那の悪いところは、どうしようと思った時は口ごもってしまう事だ。


 しかし、俺はその様子をただただ黙って見守った。今回ばかりは刹那が自分でどうにかすべきだからだ。


「…………」

「悪かったな」


「え?」

「あの時は……悪かった。俺……あの頃ガキで、刹那のつらさとか、苦しみ……とか全然分かってなかった」


「えっ!いいよいいよ。ちゃんと1回謝ってもらったし!それよりも……」

「?」


 刹那の視線は理苑が着ていたスポーツウェアに向けられていた。そこには、高校の名前と『排球部』と書かれている。


「……バレー続けてるんだね」

「あー……、うん。なんか、褒めてもらったし……それに身長を生かした『何か』をしたいと思っていたし……」


 刹那の真っ直ぐで素直な指摘に理苑はどこか照れたように刹那から視線を外しながらしどろもどろで答えた。


「なぁ、お前らとりあえず積もる話もあるだろうしさ、連絡先交換しといたらどうだ?」

「あっ!」


 実苑さんの指摘に刹那は「それだっ!」という様子で慌ててで携帯電話を取りだした。


「えっと……」

「…………」


  俺は二人が連絡先を交換しているのを見ているだけのつもりだったが、理苑は俺の方を見ながら連絡先を交換したそうにしている……様に見える。


 まぁ……いいか。


「ほら、瞬も」

「ああ」


 基本的に俺はほとんど携帯電話を使わないが、連絡先を交換するくらいは……と思いながら俺は携帯電話を取りだした。


「あっ、ありがとう」


 そう言って、理苑は一礼してそのまま帰っていった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……」

「……」

「……」


「なぁ……どこ座る?どこ座る?」


 しかし、本題に入るよりも、実苑さんは俺達の座る場所が気になるようで、せわしなく聞いてきた。


「……はぁ、実苑。うるさい」

「だってよぉ……。久々だからついテンションも上がるってもんだろ?」


 聡さんの注意も実苑さんにとってはいつものことらしく、ほとんど意味がない。つまり、早く座らないとずっと実苑さんがうるさい……ということなのだろう。


 そう思うと俺はいつもの倍疲れることを覚悟して刹那の隣に座った。


「さて……と。今日はわざわざ悪かったな。大丈夫だったか?確か今日は自由行動の日だと聞いていたが……」


 最初に聡さんは俺達を見渡しながら尋ねた。


「それは大丈夫です。上手く誤魔化しましたから」

「まぁ、何とか……ね」

「……」


「……えーっと、あまり聞くべきだとは思わないけど……何をしたの?」


 普通『あまり聞くべきだと思わないと分かっていること』を聞く人間はいないと思うが、それを聞いてしまうところが実苑さんらしい……と思ってしまった。


「……」


 そう、俺たちが元々立てた計画はどんなに速く移動しても今、ここに辿り着くのは『ほぼ』不可能なモノだった。


 龍紀は俺の通っている高校の生徒会長だ。つまり、『生徒の模範』でなければならない……という決まりは特にない。


 はずなのだが、龍紀の場合その『生徒の模範』ということに重点を置き過ぎている……と感じることがたまにある。


 もう少し肩の力を抜いてもバチは当たらないと思うくらいだ……。


 俺は内心、可哀想だと思いながら言葉に困っている龍紀を横目で見た。


「いやー!まさかタクシーを使ったり電車で移動したり……もう、大変だったね!」

「………………」


 刹那の大きな声が神社中に広がり、その声を俺達はただただ黙って聞いていたが…………。


「……」

「いっ……たぁー!」


 俺は無言のまま頭を拳で殴った。当然、刹那は痛がったがそんな事よりもさっき刹那が言ったことの方が重大だった。


「へぇ……すごいな」

「ね!」

「感心してないで話を進めて下さい……」


 実苑さんと聡さんは感心していたが、肝心の話は一向に始まっていない。


「…………」


 空はなかなか始まらない話と今の俺たちのやり取りをにハラハラしながら見ていた。

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