第3話


「ねぇ……」

「何だ?」


 次の日、俺たちはその『ある場所』の前に来ていた。


「俺は、確か家にいた人が『幽霊』かどうか確かめて欲しいって言ったはずだけど……?」

「ああ」


 そう昨日、刹那は自分の家に突然現れたのが『人間』かどうか確かめて欲しい……と俺に言ってきた。


 だから、刹那はその見かけた『家』に行くものだとばかり思っていたらしい。だが、俺たちが今いるのは……。


「なんで俺の家の隣にある『ここ』にいるの?」

「大丈夫だ。お前が見た人は『ここ』に現れる」


 そこは、立派な刹那の家とは対照的にちょっと古い『建物』だった。しかし、俺たちにはなじみ深い場所でもある。


「何を根拠に?」

「しっかりとした理由がないから詳しくは教えられないが……」


 ほぼ確信はあるが、こう……いざ『理由』を聞かれると答えにくい。


「でも、昨日の話の通りだとしたら、刹那に見えるなら『人間』だろ?」

「……ごめん。昨日、言っていなかったけど……」


「?」

「その人に、実は『普通の人』には『あるもの』なかったんだ……」


「どういうことだ?」

「…………」


 俺の問いかけに刹那は口ごもった。しかし、このままでは話が進まないと感じたのか刹那は静かに呟いた。


「足……」

「足……か」


 確かに『幽霊』には足がない……それは一般的な認知として大概そうだろう。しかし、『足がない』だけで『幽霊』と決めつけるのはおかしな話だ。


 なぜなら、昨日刹那がその人を見たのは『夜』だ。光の関係で『足元』が見えにくい、または見えない……という可能性はわずかながらあるから。


「……」


 なるほどな。だから刹那は誰にも言わずに俺に確認をして欲しがっていたのだろう。


「……」


 要するに、刹那は自分の見た人が『幽霊』か決めつけることが出来なかった。だから、幽霊を見ることが出来る俺に相談をした……というのが経緯だったようだ。


 それに……。


 俺は、刹那を見ながら『ある事』を思い出した。しかし、俺はこの場でその『ある事』を言うのは適切ではないと判断し、あえて伏せた。


「……分かった。それも含めてここで確かめよう」


 あまり深く聞かずに俺は、刹那の話をもう一度引き受けた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「そういえば……」


 俺は、それとは違った『ある事』を思い出した。


「なぁ……」

「何?」


「いや、大したことではないが、『幽霊』が絡んでいるにも関わらないず、怖くはないのか?」

「うっ……」


 俺の問いかけに刹那は、「痛いところをつかれた」といった様子で一瞬固まった。


「…………」

「…………」


 ……どうやら本当は怖いらしい。


 刹那は『幽霊』や『怪談』が苦手だ。そして、刹那は『幽霊』を見ることは出来ない。しかし、刹那は耳がいい……どころかむしろ良すぎてしまう。


 ただ『耳がいい』のであれば何も問題はない。


 でも、……普通の人には聞こえない声まで聞こえてしまうことがある。つまり、見えないものの『声』だけが、聞こえることが多々あるのだ。


 それはもう、想像しただけで怖い。


 ただ俺自身が実際に、その状況になったことがある訳ではないので詳しくは分からない。そんな状況でもここまで明るく振舞えるのは本当に脱帽である。


 でも、実は俺が最初に会った時の刹那は少なくとも、今の様に『明るい』性格ではなかった……。


「…………」

「ねぇ……」


「ん?」

「もう日没なんだけど……」


 そう言われて俺は、ようやく空を見上げた。


「本当だな……」


 俺たちは、ついさっきここに着いたばかりのはずだった。


 しかし、季節も当然あるだろうが日没までの時間は徐々に短くなっている。おかげで最近では『帰り道は一人で帰らないように!』と学校側から強く言われる事もあった。


 ただ、日没まで待とうとは思っていたが……ここまで早いとは……。それが、俺の正直な感想だった。俺は、腕につけていた腕時計を見た。


 今の時刻は午後五時……。日没したし、そろそろ……だろうか。


 俺は、辺りを見渡した。俺の読みが正しければ『その人』はもうすぐ現れるはずだったのだが……。


「瞬。あっ、あのさ……」

「どうした?」


「いや……なんか……」

「??」


 そう言っている刹那の体は、小刻みに震えている。


「どっ、どうした?」

「えと」


 刹那は両手で体を押さえているが、それでも古江は収まらない。ここまで震えていると逆にこっちが不安になってしまうほどだ。


「……大丈夫か?」

「大丈夫……だと思う」


 しかし、俺の問いかけの返答以上に刹那の顔色はどんどん悪くなっていく……。


 本人は、大丈夫……とは口で言っているが、とても大丈夫には見えない。冷えた……と考えるのが普通だとは思うが、俺は全然寒いとは思えない。


 しかも、俺と刹那に服装の違いはほとんどない……どころか、刹那の方が厚着をしているほどである。


 それに、本格的に冷えるのはまだ先……だが、季節の変わり目は風邪をひきやすいらしい。


「とっ、とりあえず……」


 俺は『刹那の家』の方を見た。今いる場所からの隣に『刹那の家』があるはず……だったのだが。 

 

「っ!?」


 見渡して俺は、やっと状況に気がついた。


「なんだ……コレ……」


 俺たちの前に白いもやの様なが広がり、『刹那の家』はおろか、周辺の景色は全く見えなくなっていた事に―――――――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「っ!」


 俺は、事態を飲み込んだと同時に一緒にいた刹那の方を見た。


「刹那! おいっ!」

「ハァハァ…………。大、丈……夫」


 刹那は、力なくその場に座りこんで……いや、倒れこんでいる状態で返答した。


「そんな状態で大丈夫な訳ないだろ!」

「……そう……なの……かな」


 俺の大声に驚いてはいたものの、かろうじて言葉を返したが、その声はほとんど聞こえない。それほど弱っている事が分かってしまうほどに……。


「チッ!」


 今の舌打ちは一体誰に向けられたものだろうか……。


 刹那こんな状態なのにも関わらず気が付かなかった自分自身にだろうか……なんて今は思う。


 しかし、この時の俺はとりあえずこの場から離れようと刹那の腕を自分の肩にのせた。


「!」

「ご……めん」


 自分の事よりも謝る方が先という気持ちは素晴らしいと思う。しかし、今は……今だけは自分の心配をして欲しい。


「……喋るな」

「…………」


 肩に腕を置いた瞬間、刹那の熱が予想以上に『高熱』だということに気がついた。

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