第3話


「……なぁ」

「なんだ?」


「本当にここ……?」

「ああ、そうだ……」


 放課後――――


 俺たちは『とある場所』を訪れていた。しかし、そのあまりの変貌具合に刹那は『驚きを隠せない』といった表情を浮かべた。


 確かに俺も最初に見たときは驚いた。


「いやだって……。あんなに『ホラー映画』にピッタリな場所が……」


 刹那は、未だに信じられない……という様子だ。


「ああ。でも、これは嘘でも冗談でもない。ここは、お前が『幽霊が出る洋館』と俺に紹介した場所に違いないぞ」

「…………」


 俺が断言するように言うと、刹那はもう一度おずおぞと「確認」と思ったのか『洋館』を見上げている――――。


「あら?」

「っ!」


 見上げたままの状態で女性に声をかけられ、刹那は思わず体をビクッとさせた。ちなみに、俺はこの女性と会ったことがある為、そこまで驚かない。


「こんにちは」

「あっ、えっと……」

「あら、今の時間は『こんばんは』だったかしら?」


「えっと……」

「……まぁ、どちらかと言えば『こんばんは』ですかね」


 あまりにも挙動不審になっている刹那に「しっかりしろ」という意味も込めてチラッと目くばせをしながら女性に言った。


「あら、そうだったかしら?」

「まぁ、どちらかと言えば……ですが」


「そう、じゃあ『こんばんは』ね」

「こっ、こんんばんは」


 刹那は若干緊張しながらもきちんと返した。一応……ではあるが。


「あの……」

「うん?」

「あなたは、ここの方……ですか?」


 多分、これが刹那の一番聞きたかったであろう。

 最初に俺とここを訪れた時、刹那はこの洋館に『幽霊』がいるかどうかも確認せずに、俺を説得してまでしてあの時は帰ってしまった。


 それが、実は刹那の中でずっと引っかかっていたのだろう。


「…………」


 しかし、俺としてはその話をはもう終わった事と思っていた。

 それに……この一見に実は、あの『カード』が関わっているからあまり言いたくはなかった……という気持ちもあった。


「ええ。そうよ……」

「じゃあ、この花壇も……あなたが?」


 そう言った刹那の前……いや、俺たちの目の前には、綺麗な『花壇』が広がっている。これはもはや主婦が趣味でやる『花壇』のレベルを超えているほどだ。


「えっと、少しは自分でやっているのだけど……。ほとんど手伝ってもらっているの」

「あっ、そうなのですか」


「ええ、これを始めたのも最近だから……」

「なるほど……」


 俺は、会話を続けている二人の邪魔をしない様に少し離れたところで『花壇』いや、これはもはや『花畑』と言ってもいいほどの『存在』に目をやった。

 ただ、これを『一人でやっています』というのも……さすがに無理がある。

 正直、これの世話だけで一日がすぐに終わってしまうほどの規模だ。俺自身、あまり『植物』に関して知識はない。


 ――ないのだが、こんな初心者の俺でも手入れが隅々まで行き渡っている……という事が分かるほどである。


「…………」

「しゅーん!」


 そんな俺の様子を知ってか知らずか、刹那は大声で俺を呼んだ。


「……なんだ。うるさい」

「ええっ! 呼んだだけなのに、その反応はヒドくないっ?!」


一体今の俺の反応のどこが「ヒドイ」のだろうか。

 俺には、刹那のその言葉に残念ながらピンとこなかった。ただ、うるさいと思ったからそう言った……それだけである。それだけなのにここまで言われる筋合いはない。


「……そうか?」

「そうだよ!」


 まぁ、こんなやり取りは俺たちにとっては正直、日常茶飯事……要するに『いつもの光景』だ。

 しかし、この女性にとっては『見慣れない光景』だったらしく、穏やかな笑顔で俺たちを見つめている。


「……あの」

「はい?」


 だが、刹那にとってはその女性の『穏やかな笑顔』に違和感を覚えた様だ。


「何で、そんなに嬉しそうなんですか?」

「あっ、ごめんなさい。あまりにも微笑ましくて……」


「全然微笑ましくないです!」

「うふふ」

「…………」


 なるほど――。


 この人の娘さんは……亡くなっている。ましてや亡くなったのは女の子。

 俺たちが毎日繰り広げているような……こんな『くだらない』と言えるようなやり取りというのも、見ることの叶わなくなったこの人にとって、今『見てみたい光景』だったのかもしれない……。


「あっ、そういえば……。あなたたちの学校に……」

「はい?」

「???」


音無おとなしじん……っていう子……いるかしら?」


 女性は、思い出した様に俺たちに尋ねた。


「えっ?」

「えっ?」


 俺たちはそれまで言い合いをしていたとは思えないほど声を揃えて、お互いの顔を見合わせたのだった――――。


「…………」

「…………」


「なぁ……」

「なんだ」


 口ごもって言いにくそうにしている辺り、刹那も多少は『気を遣う』という事を覚えた様だ。


「…………」

「音無のことか?」


 俺の言葉に刹那は小さく頷いた。


 ――――実は、女性に尋ねられた俺たちは驚きながらも、とりえあず首を縦に振った。音無が俺たちと同じ学校に通っているのは、紛れもない事実である。


 ただ聞かれた時は、驚き過ぎて『首を振る事』しか出来なかったのだが。


「いや、まさか……さ」

「…………」


「音無が、そんなにすごい奴だ……って思わなかったから」

「……そうか」


 話は女性に聞かれたときにさかのぼり――――。


「あの、音無君がどうかしたのですか?」


 状況がイマイチ理解出来ていなかった俺たちは、しどろもどろになりながらも女性に尋ねた。


「いっ、いえ……えと、実は……ね」


 その女性いわく、音無はここの近くに住んでおり、昔からピアノを弾いていた様だ。

 まぁ、幼少期にピアノを習っていた……という人は……実は結構多いのだが、神はたまたま出た『コンクール』で入賞したらしい。


「その時、かなりメディアでも取り上げられたみたいでね……」


 そう言って女性は、家から持ってきた古い新聞を見せた。


「私の祖母は、新聞にしても何にしてもあまりモノを捨てたがらない人でね」


 女性は新聞を見ながら呆れ顔でそう言っていたが、俺は多分その人は『捨てたがらない』ではなく、『捨てられなかった』のではないか……と感じた。

 でもまぁ、新聞も溜まればかなりの重さになる。

 だから、いつもタイミングを逃してしまい、結果。溜まってしまっただけなのかも……知れない。


 ――実際の所は分からないが。


「あっ!」


 そんな俺をよそに、その新聞を見ていた刹那は、大きな声である記事を指した。


「…………」


 刹那が指した記事には『天才少年現る!』の大きな見出しと共に幼い頃の音無の姿があった――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『今回で最後にしたいと思う……』


「なぁ……」

 刹那は突然切り出してきた。


「なんだ」

「やっぱり音無の言っていたこと、冗談なんかじゃ……」


「……ないだろうな」

「……そうだよね」


 刹那の言葉に俺は肯定した。あの時は、本人からすれば冗談交じりに誤魔化したつもりでいるだろう。

 しかし……今となっては、俺たちの間ではそれが「冗談ではなかった」という確信になっていた。


「さっき色々携帯で調べてみたけど、当時の『天才少年』って、世間でかなり話題になっていたみたい」

「……そうか」


 そう言って刹那は携帯電話を俺に見せた。

 見せられた画面には、先ほど女性の家で見た新聞とは少し違い、賞状を持った笑顔の可愛い幼い神の姿がある。


「こんなの見ると……さ。音無がどんな目で世間から見られていたのかな……って、勝手に思うところがあって……」

「…………」


 確かに、本人でもないのに想像だけでその人を憐れむのは……違うだろう。

 でも、ただコンクールに参加しているだけでは、音無の言った「ピアノを辞める」なんていうところまで追い詰められるとは思えない。


「なんか『天才』って、勝手に周りに期待されて、それでプレッシャーかけてさ、結果が出なければ……。なんて、世間の手のひら返しには本当に驚かされるな」

「ああ……。そうだな」


 そう言って、俺は見えもしない学校の方角を見た。でも、今。俺たちのいる場所からは別館を見る事は出来ない。

 音無は……また今日もきっと練習をしているだろう……。でも、それを考えると、俺はなぜか無性に悲しくなった――――。

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