第21話 おねーちゃんは見た。

「おねーちゃんは見た!」


「それ言いたかっただけだよね? つきねー?」


 芹沢颯希さつきと芹沢夏杜希かずきは揃って変装し、芹沢美水希の後をつけていた。

 帽子を深々と被りサングラスを掛け野暮ったい服に身を包んだ二人ははたから見れば十分に不審者といえた。


「だってだって、あれってどこからどうみてもデートじゃない?」


「そだねー。デート? かどうかわかんないけど仲のいいふたりー? には見えるかな」


 颯希の視線の先には、妹との美水希の姿とその幼馴染の男の子が楽しそうに競泳水着を選んでいる姿があった。

 末っ娘すえっこの夏杜希にはぴんと来ないようだが、視線の先にある二人の姿は仲むつまじいカップルにしか見えなかった。


「くぅ~ねたましい! 美水希ちゃんと一緒に買い物、それも水着を選んで上げられるなんて!」


 颯希は悔しそうにハンカチを口にくわえて引っ張っていた。


「ねーねーつきねー? やっぱり覗き見とかよくないよ。犯罪だよ?」


「馬鹿ね夏杜希は……。美水希ちゃんの姿を遠く見守っているだけよ。そんな犯罪だなんて……そんなことはありえないわ」


「かずきは馬鹿じゃないぞ!」


「えーえー、ごめんね夏杜希。あなたは馬鹿じゃないわ」


 馬鹿という言葉にへそを曲げる夏杜希もまた可愛いと、颯希は彼女の頭を優しく撫でてやる。

 目を細めて気持ちよさそうにしている姿はわんこのような愛らしさがあり、それだけでもう胸がキュンキュンするほどだった。


――美水希ちゃんは世界一可愛いけど、夏杜希も負けず劣らず可愛らしいじゃない。


 颯希は二人の妹たちが好きでどうしようもないのである。


「あれ! つきねー。みずねーが移動するよ」


「あああー! 手に持っている水着を試着するのね! コレは見逃せないわ」


 どこから出したのか颯希はその手にごっつい高倍率のレンズを装着したカメラを取り出した。


「わーなんだそのカメラ。すげーなー! かっけーぞ!」


 姉が取り出したカメラがあまりに本格的で興奮気味にそれに食いつく夏杜希。


「そうでしょそうでしょ。おねーちゃんの最終兵器リーサル・ウェポンなんだから」


 ふんすと胸を張る颯希。自己主張の激しい胸は地味な服装のせいでより激しいものとなっていた。


「きゃー!! ゆうくんたら、なんてけしからうらやましいことしているのかしら! あんな間近であられもない姿の美水希ちゃんを独占だなんて。罪な男……」


 ファインダー越しに見る美水希の水着姿に興奮し、シャッターを切りまくる颯希。時折ニヒルなスマイルを浮かべ、カメラを乱射する姿は変質者に間違われ、下手をすると逮捕されかねない熱量である。


「つきねーはほんとにみずねーのことが好きだな」


「あれ~ヤキモチ妬いちゃうのかな? 私は夏杜希ちゃんのことも大好きよ」


 そう言ってくしゃっと妹の頭を撫でる颯希。


「んー、くすぐったい。くしゃくしゃってー髪の毛みだれちゃう」


 撫でられることに不平をこぼす夏杜希だったが、その表情はどこか嬉しそうである。

 颯希は満足そうに夏杜希を見つめて「ああ、私の妹たちはなんて可愛いのかしら」とうっとりとため息を漏らす。


「おおー! みずねーの水着。あれは凄いぞ。あーちゃんの好みってちょっとエッチだぞ」


「いや~ん。美水希ちゃんったら大ー胆。ゆうくんの前だからって〝とろん〟トとした顔になっちゃって。サイコーかよ!!」


「みずねー恥ずかしそうにしてるけど可愛いな」


「最近の競泳水着っていいデザインしてるのね。小麦色の肌に白とかピンクを合わせるゆうくんのセンスも素晴らしいわ」


「ねーちゃんはあーちゃんのことも好きなのか?」


「ん? そうねー。まあ、好きじゃないこともないわよ」


「あっは! わたしも好きだぞあーちゃんのこと!」


 きゃっきゃっと戯れる変装女子二人。

 見ようによっては仲のいい姉妹が他愛なくはしゃいでいるようだが、二人揃って帽子とサングラス姿である。

 下手をすると、女同士でいけないことをしているのか? と通行人が奇異な眼差しを向けていることに二人は気付かない。

 厚着をしても隠し切れない豊満な胸をしている颯希に、小柄で愛らしい、だけれども女性らしい身体をしている夏杜希が抱きついているのである。

 どうしたって目立ってしまう。

 通行人の中にはそんな二人に尊い眼差しを向けるものも少なくない。


「それにしても、つきねーはみずねーと違っておっぱい凄いなー」


「ちょ、ちょっと! いきなりなにするの!? きゃっ!」


 カメラを構える姉の胸をいきなり鷲掴みにする夏杜希。

 もにゅ、とした弾力が傍目からでもわかる。

 それはたしかに妹が言うように凄いものだった。


「なんなのー、もう夏杜希!? こんなところでおっぱい触らないで」


 全くその通りではある。

 が、夏杜希の手が止まることはない。


「なんでって、仲のいい友だち同士だとこうやっておっぱい揉むのがはやってるんだぞ?」


「それ今やる必要ある!?」


「んー……ないな!」


 夏杜希は太陽の光のような明るい笑顔を浮かべて言い切った。

 颯希は眉間に皺を寄せて自身の胸を手でかばっていた。

 まったくどうしてそういう思考回路になるのか? 夏杜希の行動原理は読めない。と、うな垂れるほかなかった。


「あーちゃんとみずねーが楽しそうなのに、わたしたちだけつまんないのはねー、て思ったんだけど……」


 夏杜希にとって場を盛り上げるために精一杯かんがえた結果の行動だったらしい。

 それを察した姉は、優しく妹をあやすように両腕で抱きしめてあげる。


「ごめんね夏杜希。私だけ盛り上がって、退屈していたのね」


 一緒に連れ出した手前、夏杜希のことをないがしろにしていたことを悔いて謝る。

 せっかくこんなところにまで足を運んだのである。自分たちも楽しまないともったいない。

 颯希は手にしていたカメラを片付けて、夏杜希に向かって姉らしい笑顔を向けて手をとる。


「そうね。久しぶりに姉妹で出かけにきたのだから、私たちも遊んでいきましょう」


「おーう! つきねーわたしパフェ食べたいぞ」


 ちょうど美水希たちの買い物もおわったようで、これ以上後をつけるのも無粋なことだと颯希は思う。

 パフェをねだってくる妹を引き連れて彼女たちもショッピングモールで姉妹デート楽しむことにした。

 もちろん、こと(デート)の一部始終は後で二人からじっくり聞きだすこと、と頭の片隅に記憶しておくのを忘れない芹沢颯希だった。

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