第12話 芹沢 颯希と遅刻5分前

 自宅を飛び出して、ただひたすら走る。

 無心になれ俺。


――そもそも、あんな朝早くに起こされなければ二度寝する事もなかったのに!


 まあ、夏杜希かずきに悪気はないはずだ。……ないはずだ。

 責めるべきは己自信であって、スマホのアラームをセットし忘れていたことだ。

 しかし、あんなに朝早くに起こしてくれた夏杜希には申し訳ないが、


「どうせだったら、もう一度起こしにきてくれればよかったのに!」


 そんなことを叫んでいても仕方ない。

 とにかく走れ!


 遅刻しそうなのになぜ走るのか?

 自転車を使えばいいじゃないか?

 それはそう思うが、なんていうのか……学校は家からすごく近いのに自転車を使ったら負けたみたいじゃないか!


 無駄むだなポリシーを発揮はっきして、大して運動が得意ではない俺はひいひい言っているのだが、負けるよりはいい。


 と、前方に注意を向けると俺と同じようにひいひいあえぎながら走っている女生徒がいた。


「はあはあ、ふんぬー。ああ、むり。もうむり~」


 それは、若干まとまりなくぼさっとした髪を振り乱して走る颯希さつきねーちゃんだった。


「お、おはよ。颯希ねーちゃん。あはは、ねーちゃんも寝坊か!」


「笑い事じゃないわよ。あたしはゆうくんと違って出席数やばいのよ!」


 颯希ねーちゃんは息を切らせながら泣きそうな顔をしながら叫ぶ。


「夏杜希は朝起こしてくれないの? あんな早起きなのに?」


「あの子あたしの部屋にはかたくなに入ろうとしないのよ。おかげで朝から走ってるわけだけど」


 あーたしかそんなことを夏杜希のやつ言ってたな~、と思い出す。


「学校近いんだから自転車使えば余裕で間に合うでしょ?」


「だってー、すっごく学校が近いのに自転車乗ったら負けたみたいで嫌じゃない!」


 ゆうくんだって自転車使ってないじゃない? 小首を傾げる颯希ねーちゃん。

 その瞳の中にかすかにらぐ熱い炎を垣間かいま見た気がした。

 俺と同じこと言ってるじゃん。

 でも、その気持ちはすごく分かる。


「たしかに。遅刻よりも負けるほうがいやだよね!」


 ははははは、とお互い歯をむき出して笑うけど、実際なにに敗北するのかはよくわからない。

 しかし、

 熱い気持ちを共有する二人にしか理解できないものがそこにはあるのだ!

 俺と颯希ねーちゃんは〝がっし〟と互いの拳をにぎるのだった。



「ていうか、意気投合している場合じゃない! HRホームルームまであと五分しかない」


「この直線を走りきればゴールよ!」


 全力を振り絞って駆け出す俺と颯希ねーちゃん。

 熱い魂を共有した二人に、もはや不可能はない。


「がんばって颯希ねーちゃん!」


 俺との距離が離れ始めてきた颯希ねーちゃんを鼓舞こぶするように声をかける。

 俺の少し後ろを走る颯希ねーちゃんはふうふういいながらも懸命に走る。

 一歩進むたびに、その主張の激しいおっぱいが〝ばるんばるん〟弾んで凄い。

 なにかいけないものを見ているようで、申し訳なくなってしまう。


「ああああぁぁぁぁぁ~。やっぱりむり。あたしにはこの道を駆け抜けるための力が足りない」


「諦めないで颯希ねーちゃん! 颯希の『さつ』は『颯爽さっそう』の『さつ』じゃないか!」


「いいのよゆうくん。あたしのことは忘れて。ゆうくんだけでもこの道を進むのよ!」


「颯希ねーちゃん一人を置いていけるわけないじゃないか!」


 俺は彼女の手を取って力いっぱい引っ張った。


「ゆうくん……」


 心を打たれたような声をもらした颯希ねーちゃんは、その後はうつむきなにも言わずに手を引かれて走った。


 握った颯希ねーちゃんの手は想像していたより柔らかくて小さい。そしてほんのりあたたかかった。


「はあ、はあ、なんとか間に合った……」


「ありがとう、ゆうくん。あそこで引っ張ってくれなかったらあたしは諦めてた」


「いいんだよそんなこと。さあ、早く教室に行こう」


 そこで颯希ねーちゃんの顔色がさっと青くなる。

 彼女が立つ前には三年の教室へと続く階段だった。


「あのねゆうくん……その、よかったらあたしをかついで教室まで連れてって――」


「ねーちゃん後は自分で頑張って!」


 体力の尽きた颯希ねーちゃんを放り出して、俺は自分の教室へとダッシュで向かうことにした。

 ごめん、颯希ねーちゃん。

 ここまで一緒に乗り越えてきた道だけれど……。

 さすがに上階じょうかいの三年生の教室まで運んであげるのは無理である。


「ああ、ゆうくんの裏切り者~」


 そんな泣き言を叫ぶ颯希ねーちゃんを廊下に残して、俺はさっさと教室へと向かうのだった。

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