第20話 う~ん、美味しい~!

「う~ん、美味しい~!」






 マイアがオリーブとレモンのソースがかかった、赤身魚のカルパッチョを美味しそうに頬張っている。白いテーブルクロスが引かれた丸い大きな机には、彼女が頼んだ色とりどりの料理が、所狭しと並べられており、その全ての料理を、彼女は満面の笑みで食べ続けていた。






「ねぇ見てエラ! このサラダに使われてるトマトすっごく甘いよ! 他の野菜だってこんなに大きい! うちの畑じゃこんなに立派に育たないよ、魚介との相性も最高だし、もう食べる手が止まらないよ~!」






 彼女は体を震わせながら、全身で美味しさを表現する。しかし私はそれを、しらけた目で眺めていた。






「あのなぁマイア、私達観光に来たわけじゃないんだ。私達は、魔女を探しに来たの、だからいい加減食べるのを辞めて、このメモに書いてある“人魚伝説”ってやつを調べに行かなきゃいけないの、それわかってる?」






 私はオルフのおっさんが残してくれたメモを開き、あるページを彼女に見せた。そのページにはこの国に伝わる人魚伝説と“水を操る魔女”の関連性を示した文章が、いくつか書き記されていた。しかし彼女は、それをまともに見ようともせず、ただ黙々と料理を食べ続けている。






「わかってるよ~でも、せっかく“ポセイディア”に来たんだよ! あの有名な海洋都市、世界でも屈指の観光地だよ! 私ずっと来てみたかったんだもん!」






 そう、私達は今、住んでいた国からずっと西にある、グレートブルーという海に囲まれた海洋都市、ポセイディアに来ている。私達は魔女探しの第一目的地として、この国を選んだ。


ポセイディアは観光地としても有名で、海から獲れる新鮮な海産物、潮風を浴びて甘さが増した野菜、沿岸部の崖に並び立つ白い壁の建物、そのどれもが芸術品のように美しいことで評判だ。


 私達がいるこのレストランも、現地では有名な店で、入るのにもとても時間がかかった。いや確かに凄いよ、海も綺麗だし、料理もおいしい、私達の国みたいに空が曇ってない。けどさマイア、目的を忘れちゃあダメでしょう。


 私がマイアにそう言うと、彼女は拗ねた表情で不満を露わにした。ダメだ、コイツはもう使えない。これ以上の説得は無駄だと判断し、私は料理の駄賃を置いて席を立った。






「わかったよ、お前はここで好きにしてろ! 私は一人で魔女の情報を探してくる。夕方には戻るから、もう一度この店の前で集合な」






「ヴん、わかった~!」






 彼女は食べ物を口に含んだ状態でそう言った。クソっ、連れてくるんじゃなかった。私はそう思いつつ、一人で街の方へと出かけた。






「はい、安いよ~安いよ~今朝獲れたての新鮮な魚が、一匹たったの50リトルだよ~」






「そこの奥さん、ほら見てこの立派なトマト! とっても甘いんだよ~お安くしとくよ~」






「ポセイディア土産に海の装飾品はいかが? グレートブルーの星の砂や、赤サンゴのペンダント、どれもここでしか買えない限定品だよ~おひとついかが?」






 街へ繰り出すとそこらかしこに小さな出店が並んでおり、行き交う人に向かって必死に宣伝をしている。店の形式や外観は様々だが、店主たちは共通して肌の色が小麦色だった。普段から日当たりのいい生活をしているからか、この国の人達はほぼ肌が日に焼けている。おかげで観光客との見分けはすぐにつく。私は人魚伝説の情報を探るため、目についた地元民に話を聞こうと近寄ったが、その瞬間横から来た通行人にぶつかった。






ドサッ






 私は片手に持っていたメモを地面に落とす。慌てて拾おうとすると、近くにいた男性がそれを拾い上げてくれた。男性は開いたページを見て、私の方を振り向いた。








「……君、人魚の事調べてるの?」








 メモを拾い上げたのは、この国の人間にしてはやけに肌が白く、長い薄紫色の髪を、後ろで縛った青年であった。一瞬女性と見間違えたが、着ている服が男物だったので私は何とか男だと分かった。しかしまぁ中性的な顔立ちをしている。下手したらそこら辺の女の子より綺麗なんじゃないか? 私は彼を見てそう思った。






「えっと、まぁちょっとした観光でさ、ほら~この国にはなんかそうゆう伝説あるだろ? せっかくだから調べてみようと思ってな」






 私はそう言うと、彼はふ~んと頷いてメモを返してくれた。怪しい奴だとは思われてはいないだろうか、私は少し心配になった。






「そうだね~人魚の事を調べたければ、対岸の浜辺に行くといいよ。そこで最近、人魚が目撃されるっていう噂があるんだ」






「それ、本当か!?」






 私はその話を聞いて一気にテンションが上がった。






「何でも人魚が現れる時は、海に渦潮が出来るって言う話もあって、地元の人でも中々近づかない。ちょっと怖いけど、一度行って見てもいいんじゃない?」






 よっし、こんなに早く情報が手に入るとはついている。私は青年に別れを告げ、急いで指示された浜辺へと向かった。全く世の中いい人も居たもんだ。








 浜辺に付くとそこは、観光地とは思えないほど人気の無いビーチだった。反対側のビーチには腐るほどの人がいたというのに、ここまで来ると若干不気味になってくる。私はとりあえず近辺を探索し、人魚の痕跡がないか探してみた。しかし見つかるのは、貝殻や打ち揚げられた水草ばかりでまるで手掛かりがない。




 私はひとしきり見回った後、疲れて浜辺に座り込んでしまった。私はすることもなくボーっと目の前に広がる海を眺める。しかしまぁ綺麗な海である。心地よい潮風と、寄せて返す波の音、その全てに心が癒されるようだ。私は時を忘れてその光景に浸っていた。






しかし、しばらくすると何やら海の様子が変わり始めた。海面にはいくつもの渦ができ、それが一つ二つと増えてゆく。来た! これが人魚のあらわれる前触れだ、私は近くに誰か居ないか見渡した。すると遠くの崖の上に一人の少女が立っているのが見える。少女は悲し気な表情で海を見つめ、少ししてゆっくりと目を閉じた。そして次の瞬間――。














――その身を海に投げ捨てたのである。












「おい!?」






 私は思わず叫んだ。しかし少女の体は一瞬で渦の中に飲み込まれ、その姿は海面からは一切見えない。助けに行くべきか、でも海で泳いだことなんてないぞ! 私は一瞬迷ったが、意を決して海へと飛び込んだ








ザッパッ!








 飛び込んだはいいものの、潮の流れは予想以上に速く、私はまるで身動きが取れなかった。体はあっという間に渦に飲まれ、海底へと引き吊り込まれてゆく。マズい、これは不死身といえど厳しいものがある。私は必死にもがいたが、水面はどんどん遠ざかって視界が暗くなってゆく。






 苦しい! 助けて!  ゴポォゴパァ……。






 私はついに息をも使い果たしてしまった。もう駄目だ……全てを諦めかけたその時――。










  ガシッ!










  水中で誰かが私の腕を掴んだ。


 

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