第14話 私は何も出来なかった

「……エラ……エラ」




 暗闇の中で誰かの声が聞こえる。それは遠い昔、聞き覚えのある懐かしい声だった。




「……エラ、私達はいつか、必ずまた会える。その時まで寂しいかもしれないけど、泣きたくなったら上を向いて、お日様の方を見てニコッと笑いなさい。きっと元気になれるから、どんな時も上を向いて、前向きに生きていくのよ……。」




 待って、待ってくれ! 私を置いていかないで! 次第に遠ざかるその声を、私は必死に追いかけた。しかし、手を伸ばせど手を伸ばせど、その声は遠くなってゆき、ついには見えなくなってゆく。お願い! 私を一人にしないで……! 一緒に居てよ!








「お母さん……!」








 私はそのまま目が覚めた。私は教会のベットに寝かされて、天井に向かって手を伸ばし、片目からは一筋の涙が流れていた、どうやら夢を見ていたようだ。あれは確か、私の母親……。全く嫌な夢を見たものだ。




「目が覚めたか!」




「ドッワァアアアア!!!」




起き上がると横に、強面の男性の顔があった。顔中に獣のように髭を生やし、厳つい体をした中年程の男、髪は長い茶髪で、後ろでそれを縛っている。私は突然の出来事に驚いて飛び上がった。全く、なんでこうも私の寝起きは悪いんだ! すぐさま私は身構える。




「だ、誰だてめぇ!」




「それはこちらのセリフだ! どうやってあの氷の中を抜けだした! お前は一体何者だ!」




まさかの質問返しに私は驚く。氷の中……? そうだ! 私はあいつに凍らされて……とゆうかどうして私は生きてる? それに皆は? マイアはどうなったんだ!? すると部屋のドアが開き、湯気の立ったマグカップを持ったマイアが入ってきた。良かった、マイアは生きていた! マイアは私と目を合わすと持っていたカップを投げ捨て、私の元へと抱きついてきた。熱っぢゃ‼ アツアツのコーヒーを掛けられた男がたまらずそう叫ぶ。




「良がっだああああ~! エラが、エラが生ぎでだああああ~!」




 マイアは大泣きしながら顔をぐちゃぐちゃにしてそう言った。おいおい、鼻水が出てるぞ、可愛い顔が台無しだ。私はそう言って持っていたハンカチで彼女の顔を拭く。




「それよりマイア、どうして私はここに居る? 私は城で凍らされたはずだ、あの後一体何があった?」




 私は事の経緯をマイアに聞いた。




「えっとね、うんとね、私はエラに助けられてから、隠し通路に入って、しばらく逃げてたんだけど、凍っちゃった足が痛くて途中で歩けなくなっちゃって、それからしばらくしたらそこにいるオルフさんが来て、助けてもらったんだ」




 私が目を向けるとオルフと呼ばれる男は、コーヒーを掛けられた場所に息を吹きかけながらこちらを見た。コイツがマイアを助けてくれたのか。




「でも、それなら私をどうやって助けたんだ? 私は凍らされて動けなくなってたはずだろ」




「それが分からんのだ!」




 突然男がそう叫び、私の胸ぐらを掴んで、ぐっと顔を近づけて来た。




「突然お前を覆っていた氷だけが溶け始めたのだ! こんな事普通はありえない、魔女が掛けた魔法は、その魔女によってしか解けることはない! 一体何をした? お前はそもそも人間なのか!?」




 なんだよそれ、とゆうか顔近けーよ! 私は男の手を振りほどき、再び男の方を見た。




「知らねぇよ! 私だってどうやって抜け出したのか分かってないんだ! それに魔女ってなんだよ! 私達を凍らせたアイツがそうだって言うのか? だいたいお前こそ一体何なんだ! どうして私達を助けた! 答えろ!」




 私達はいがみ合った。するとマイアが私達の中に割って入る。




「二人とも落ち着いて‼ 私達、色んな事が起きすぎて混乱してるんだよ。一回落ち着いて話し合おう? 私、もう一度飲み物淹れてくるから! あ、そうだエラ! マザーが外にいるから一回話して来たら? マザーもすっごい心配してたんだよ」




 マザーは生きているのか、その言葉に私はほっとした。男の方を見ると首を横にして行って来いと合図をしている。そうだ、一回落ち着こう、外に出て頭を冷やさなきゃ。私はベットから立ち上がって、マザーが居る庭の方へと向かった。




「マザー」




 外に居た小さな陰に声を掛けると、マザーは嬉しそうにこちらを見た。私はその隣に腰かけ、遠くに見える凍った街を眺めた。




「良かった、お前さんが無事で、本当に良かった……。」




 マザーは震える手で私の手を取り、噛み締めるように私が生きていたことを喜んだ。




「それはこっちのセリフだよ、私もマザーが無事で本当に良かった。他の皆は氷漬けにされちゃったからな……」




「ツバメが、自分達が傷つくところを見せたくないと言って、わしをここに残したのが幸いした。氷の女王とやらは、街外れのこんな場所に、人がいるとは思わなかったらしい、わしが生き残れたのはあの子のおかげじゃ」




 ツバメ姉さん……。あの時私達を庇おうとして……畜生! まだ悔しさがこみ上げてきやがる。




「お前も随分と大変な思いをしたことじゃろう。よくぞ、よくぞ生きて戻ってきた!」




 マザーは涙ぐむ私をそっと抱きしめた。母親の温もりなんてとうに忘れていたが、私はそれに似た優しさを、マザーの両手から感じた。




「私は何も出来なかった! 皆も、せっかく私達を認めてくれたリチャード達の事も、誰一人助けられなかった! アイツに指一本触れられずに、ただ皆がやられていくのを見ているだけだった……! クッソォオ! クッソォオ!」




「何を言うか、お前は立派に、マイアを助けたじゃないか! お前が居なかったら、誰ひとりとして生きては居られなかったじゃろう、自分を責めるな、お前は十分、立派に戦った!」




 私は溢れ出る涙を抑えきれなかった。こんなに悲しくなったのはいつぶりだろう。初めて母親に捨てられた時以来かな、もうこんな思いは二度としたくなかったのに……どうして私の元からは、次々と誰かが居なくなってしまうんだろう……。つくづく自分の人生が嫌になってくる。マザーはそうやって泣き続ける私の頭を、そっと撫で続けてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます