第12話 何一つお前に……!!

それはにわかに信じがたい光景だった。一人の少女が空中に浮かび、城の天井を壊して入ってきたのだ。白銀の髪をなびかせ、黒の薄いドレスを纏い、体の周りに白い冷気を漂わせている。その瞳は深い青色をし、凍てつくような鋭い眼差しでこちらを見つめている。私は見たこともない光景に思わず息をのんだ。人間なのか? 少女はゆっくりと降りてきてリチャードの名前を呼んだ。




「ごきげんよう、リチャード王」




「お前達……今すぐここから逃げるんだ!」




 リチャードは彼女を見ると突然剣幕を変え、私達に向かって逃げるように促した。どうゆうことだよ、そいつは一体誰なんだ!? 私達は全員混乱状態にあった。




「ここ数ヶ月の間に、いくつもの国が突然氷に覆われ、滅ぼされたという話は聞いていた。まさか本当に実在していたとはなぁ……氷の女王!」




 その言葉を聞いた少女はニヤリと笑みを浮かべ、嘲笑うかのような表情でこちらを見た。氷の女王だって? 何なんだよそれは、この城を凍らせたのは、まさかそいつだとでもいうのか? 私はすぐにでもそう叫びたかったが、すでに口もきけないほど、私の体は疲弊していた。目線だけは逸らすまいと、必死に対峙する二人の方向に顔を向ける、すると氷の女王と呼ばれた少女が再び口を開いた。




「すでに知っていただけているなんて光栄だよ、リチャード。私はお前に用があってきたんだ。なんでもお前自らが他国に出向いていると聞きつけて、ちょうどいい機会だと思い、会いに来た次第さ。お前の帝国はむさ苦しい男共ばかりで、入るのに気が引けるからなぁ」




「一体何の用だ、私を殺しにでも来たのか!」




 リチャードは強気に話しているが、その表情は強張り、かなり緊張しているのが見て取れた。あのリチャードでさえも身構えるなんて、氷の女王とはどれだけの力を持っていると言うんだ。




「いいや、殺しはしないさ。お前を殺すとロシオズ帝国が手に入らないだろう。私はお前の国の軍事力が欲しい、単刀直入に言おう。私の配下に下れ。」




「……断る、と言ったら?」




「無理矢理にでも連れ帰る……すでにお前には選択肢はない。」




 するとリチャードはいきなり氷の女王に向かって殴りかかろうとした。あのリチャードが不意ち!? そう思った瞬間、女王は人差し指をクイッと上に向け、それと同時にリチャードの足元が瞬時に氷で浸食され始めた。するとわずか数秒のうちに、リチャードの体はほぼ全身が氷で覆われ、拳を上げたまま身動きが取れなくなっていた。何だよこれ! 一体何が起こったんだ! 私は理解が出来なかった。




「これが……噂に聞く“魔法”か!」




 少女はニヤリと笑って見せた。




「さすがのリチャード王も、コレには手も足も出まい。残念だったな、お前の不意打ちは正直すぎる」






 ピキィン!






 少女がそう答えると、ついにリチャードは全身を凍らされてしまった。




「リチャード!?」




 私達はあまりの出来事に誰一人動けなくなっていた。寒さと恐怖で足が震え、立っているのがやっとなくらい、誰もが命の危機を感じていた。




「う、うわあああああああ!」




 すると取り乱したリチャードの兵士達が、女王に向かって切りかかろうとする。しかし兵士達もまた、一瞬のうちに凍らされ、ただ次々と犠牲者が増えるだけだった。ヤメロ! そいつには敵いっこない! 今すぐ逃げるんだ! しかし私の叫びは声になることすらなく、空しく空へと消える。




「マイア! エラを担いで今すぐここから逃げるんだ!」




 ふいにツバメがそう叫ぶ、すると何人かの王妃達も武器を構えた。




「この部屋には王が逃げる用の隠し通路がある。あの隠し宝物庫の中だ、私達が時間を稼ぐ、速く行くんだ!」




 待て! 皆を置いていけるか! そう叫びたかったが又しても声が出ない。私はマイアに体を担がれ、宝物庫へと運ばれる。嫌だ! 行きたくない! 皆を置いて逃げるなんて!


しかし私の気持ちとは裏腹に、ツバメ達は女王へと立ち向かって行った。




「愚かな……」




 そしてツバメ達は一瞬のうちに奴に凍らされてしまった。その光景は今まで見てきた中で人生最悪の瞬間であった。私の悲痛な叫びはやっと声になり、部屋全体に響き渡る。すると私を運んでいたマイアが突然倒れた。よく見ると床から忍び寄っていた冷気で、片足を凍らされている。マズい、このままじゃ私達までやられてしまう!




「誰一人逃がしはしないさ、今まで私の姿を見た者など、誰も居ないのだから」








「クソがああああああああ!!!」








 私はマイアに逃げるように促し、自分はありったけの力で女王へと飛び掛かった。しかし床から生えてきた氷の壁に跳ね返され、私は地面に転がる。しかしまたすぐに立ち上がり氷の壁を殴りつける。




「返せ! 返せよぉお! 皆を! 私達の幸せをぉおお!」




 私は無我夢中で女王を覆う氷の壁を殴り続けた。しかし氷にはヒビ一つ入らず、私の手から出た血で氷が赤く染まるだけだった。もう体も心もズタボロで、何が何だか分からないまま私は暴れ続けた。




「幸せだと? 随分寒いことを言うな。」




 又しても地面から生えてきた氷の柱に私は吹き飛ばされる。地面に倒れた私の体からは血が溢れ出し、見える景色は全て真っ赤に染まり、もう自分が生きているのか死んでいるのかさえ分からない。私はそんな極限状態になっていた。すると女王が近づいてきて私の襟元を掴み上げる。




「この世の心理は絶望だ! 耐え難い苦しみの連鎖だ! 幸福などどこにもない! この私がいる限り、幸せになれる場所など、この世界にありはしないのだ‼」




 氷の女王は強く、そう私に訴えてきた。








ペェッ!








 しかし私は、その女王の顔に向けて血を含んだ唾を吐いた。女王は頬に着いた血をかすめ取り、驚きと怒りの表情へと変わる。








「……そんな世界クソ食らえだ! お前が居る限り幸せになれないってんのなら、私がお前を殺して、必ず幸せになってやる!!!」








 そう言った瞬間、私は地面に叩きつけられた。そして奴の足音は次第に遠ざかってゆく。女王は凍らせたリチャードを浮かせ、そのまま飛び立とうとした。待てよ! まだ話は終わってねぇ! 私は再び立ち上がり、浮かび上がる氷の女王の方へと、手を伸ばした。しかし女王は興醒めだと言わんばかりの表情でこちらを見つめ、そのまま飛び立ってゆく。




 ピキッ ピキ ピキッ




「待てよ……! 私はまだ何も……何一つお前に……!!」




 ピキッ ピキ ピキッン!




 最後の言葉を絞りだそうとした瞬間、私の体は全て、氷で覆われた。

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