第2話 カビたパンはよくないよぉ

仕事をクビになってかれこれ三日が立った。再就職先もすぐには見つからず、なけなしのお金とエネルギーを最小限に抑えるため私は極力寝て過ごし、夜は路地裏を徘徊し飲食店の廃棄物を漁る。こんな生活はこれが初めてではないが、経験上、三日目あたりから空腹に限界が近づいてくる。現に今の私の意識も朦朧とし始めていて、仕方なく食料を探すために歩き回ると、パン屋のゴミ箱で廃棄されたパンを見つけた。しかしその表面は明らかに黒くカビている。




「食べるしかないよなぁ……」




 私は息を止め一気にそのパンを頬張り、香りが回ってこないうちに飲み込んだ。舌には強烈な苦みが襲ってきたが、とりあえずこれで飢えだけは凌げそうだ。




「カビたパンを食べるのはよくないよぉ」




 振り向くとそこに一人の老婆が立っていた。背が非常に低く、背中がかなり丸まっているのもあるが子供程度しかない、黒いローブを羽織り、頭にはくたびれたとんがり帽を被っている。




「ずいぶんみすぼらしい格好をしているねぇ、娘よ」




「あんたも人の事言えねぇだろ、婆さん」




「おや、口まで悪いときた、こりゃ末期だねぇ」




 余計なお世話だよ、そう思った時にはすでに、老婆は私の隣に腰かけていた。なんだコイツとも思いながらも、危害を加えてくる様子はなさそうなので、私も無視して隣でパンを貪る。




「まだ若いのにどうしたんだい?、男にでも捨てられたかい?」




 老婆はおもむろに質問をしてきた。




「ムカつく主人殴って、仕事クビになったんだよ」




 気が付くと私はそう答えていた。自分の事を話すつもりはなかったのだが、私の中にも色々と溜まっていたらしい。




「ほぉ、そりゃ随分威勢がいいねぇ」




「お前みたいなゴミが夢なんか見てんじゃねぇ、舞踏会なんか出れるわけないだろってさ、そう言われてついカッとなっちゃって」




「お前さん、舞踏会に出たいのかい?」




 私が事情を話すと老婆はそう質問してきた。




「当たり前だろ、この国で女が幸せになるには、舞踏会に出て、王と結婚するしか道はねぇ! 私みたいな貧民女が一発逆転するには、それしか無いんだよ!」




 そう、この国では元々女性の地位が低い、男は兵役でマシな給料をもらえるが、女性の職場はどこも低賃金で労働環境も悪い、裕福にしてられるのは生まれ持っての貴族や金持ちだけで貧民、ましてや私みたいな孤児は社会からそもそも省かれている。しかしそんな中この国の王は、正装さえ持ち合わしていればどんな女性でも舞踏会に招き、その中から結婚相手を選ぶ。まさに誰でも玉の輿に乗れるビックチャンスがあるのだ。




「本当にそう思うかい?」




「え?」




「お前は本当にそれで、幸せになれると思うのかい?」




 思ってもいなかった返答に私は困惑した、だが老婆の表情はとても真剣で、どこか怒りさえ感じられる。間違ったことを言ったつもりはなかったが、一瞬自分の考えがグラつくほど、老婆の言葉は力強かった。




「な、なんだよ急に……」




 私には返す言葉がなかった。




「……まぁいいさ、せいぜい頑張りな娘よ」




 そう言って老婆は立ち上がり、杖を突いて立ち去ろうとした。私は言葉の真意を確かめるべく引き留めようとしたが、その瞬間私の腹に激痛が走った。




ギュルルルル




 私はその場にうずくまり、動けなくなった。その様子に気付いた老婆があきれた様子で私の元へ戻って来る。




「はぁ、だからカビたパンはよくないって言ったんだ」




 どうやら私はカビパンにあたったらしい。


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