第63話

 そしてあれから一週間後の今日。僕らエデンは初のオフ会を開く事になっていた。

 やけに早く起きた僕はやっぱりパソコンを付け、そわそわした気持ちでSF0をプレイしていた。

 そこにはいつもの世界があった。モンスターがいて、冒険者がいる世界だ。キャンペーンの時にあったぴりぴりした空気はどこかに消えていた。

 この前ストーリーで攻略した迷いの森を何の気なしに歩いていると、それがよく分かる。

 レベルが最高まで上がったせいか、難易度が低く感じる。レベル差があるので敵も襲ってこない。

 しばらく行くと、僕らが最初に全滅しかけた川岸が見えた。

 そこに、いつか会った魔道士が座っている。僕は時計を見て、まだ時間があるのを確認すると、チャットで挨拶した。

>この前はどうも。

 魔道士は振り向き、僕を確認した。

>君か。エンドコンテンツをクリアしたらしいな。掲示板に君らの名前があった。

 意外な事に彼は僕らの動向を知っているらしい。あまりそういう事に興味がないと思ってた。

>まあ、ギリギリでしたけど。

 そう書いて僕は思い出した。いつの日か借りを返すと宣言していたんだ。結局何もしてない。

>あの、この前は助けてくれてありがとうございました。あの時全滅してたらどうなってたか。あの借りはいつかちゃんと返します。今でよかったら欲しいアイテムとか。

>いや、いい。もう貰ってる。これからもそうだ。

 僕は首を傾げた。この人と会ったのは今日が二度目のはずだ。どういう意味と書き込む前に、魔道士のハジメが続ける。

>君はこの世界をどう思う?

 どうって、と思い、僕は辺りを見回した。

 綺麗な森。済んだ水が流れる川。そこに住むモンスター。遠くに見える冒険者。いつもの光景が目の前に広がっていた。

 でもその全ては作り物で、たんなるデータだ。それが分かっていても、僕にはそれが幻想には感じられなかった。

>どう思うかはっきりとは言えないけど、好きです。

>俺もだ。ここを歩いていると、ゲームと現実がどんどん同化していくような気がする。それが嘘だと分かっていてもプレイヤーは自身のキャラクターに自己投影していく。RPGをやり込むといつもそんな気持ちになる。とりわけネットゲームは膨大な時間をつぎ込むから、その思いが強い。プレイヤーにとって、ここは紛れもなく現実なわけだ。現実世界と違う現実とも言える。コミュニティは独自に発展し、自分達にしか分からない言葉で意思疎通する点も大きい。

 ハジメの言うことはよく理解出来た。

 僕もなんというかゲームに自分の意識が溶け込んでいく感覚が何度もあった。

 ヒロトと谷口宏人が重なるような感じだ。それはプレイを止めると簡単に解け、幻想だったと分からせる。

 でも、あの時感じた確かな熱はそれを嘘の一言で済ませる程冷めてなかった。確かに僕はヒロトになっていた。この感覚を誰かに説明するのは難しい。

>なんとなく、分かるような気がします。

>なのにだ。それを一番分かってるはずの運営はキャンペーンという現実をこの世界に持ち込んでしまった。賞金や会社への招待なんて自ら毒を飲むようなものだ。俺はそれが許せなかった。俺達が作り上げたものを、思慮もなく壊す奴らがな。

 僕らが最初に会った時、ハジメの言っていた事を思い出した。キャンペーンがこの世界を壊す。その意味がようやく分かった。

>その点、君はこの世界を守り抜いた。金、名誉、自尊心。そういった現実からこの世界を守ったんだ。誘惑がなかったわけじゃないだろう。ラムダゼートのヘルモードは人の心を折るために作ったんだからな。折れた心の前に救いを与えれば誰もが手を伸ばす。それが自身を殺すと知りもせずにだ。

 作った? この人は何を言っているんだ? 

 僕が動揺していると、別の冒険者が近寄って来た。

 この人も見たことがある。いつの日か僕に指輪を渡した錬金術師のテンネンだ。

>お待たせしやした。ミーティングが長引いて。おっと、兄さんもご一緒で。このたびは攻略、おめでとうございます。いやあ、初見で凌がれるとは。あっしもまだまだですね。

>俺も助言したしな。強くなれと。最大レベルでないとラムダゼートは絶対に倒せない。

 彼らの会話が僕にどんどんと事に真相を与えていった。

 冷静に考えれば会話ログの即時改ざんなんて普通のハッカーが出来るわけがない。

 既存のアイテムを時間限定で強化する事だって。例え出来たとしてもキャンペーンが始まってすぐにそれをしたり、運営が目を光らせいるこの時に実行するのはかなり困難なはずだ。

 つまり、

>あなた達って・・・・・・・・・・・・。

 僕はハジメとテンネンをクリックした。プレイヤーの居る場所を調べると、どちらもロサンゼルスになっていた。頭の中で記憶の断片が繋がっていく。

 事の真相が分かると、僕は呆れて苦笑した。

 ハジメが書き込む。

>分かったとしても君には何も出来ない。貸しもあるしな。

>あの指輪を貰って攻略に使わなかったのは兄さんだけですよ。試して尚、拒否出来たのはすごい。SF0への愛を感じました。いやあ、素晴らしい。

 ハジメが不敵に笑い、テンネンは楽しそうに両手を広げた。僕は少しむっとした。

>でも、いいんですか? それこそ現実を持ち込んでるんじゃないですか。

>先にやったのはあいつらだ。

>あっしも言ったはずです。これはただの憂さ晴らしだと。深い意味はありません。

 それだけ言うとハジメが立ち上がった。僕は最後に尋ねた。

>どうして、僕にこんな話をしたんですか?

>どうしてだろうな。ただ疲れているせいかもしれないし、自分のやった事を認めてもらいたいからかもしれない。でも敢えて挙げるなら、君達が一番このゲームを楽しんでいたからだろう。俺が忘れていた、昔ゲームに感じたあの熱い感情を君達に見た。

 そう書き込んで、ハジメはテンネンと歩き出した。

 僕は二人の背中をただ眺めた。

>では、あっしらはこれで。どうぞこれからもSF0を楽しんで下さい。

 テンネンはそう書き、ログアウトして姿が消えた。

 残ったハジメが僕の方を振り向く。

>すまなかったな。こっちのごたごたに巻き込んで。でもこれもこの世界を守る為だ。現実は楽しい事ばかりじゃない。逃げ込む場所が必要な人もいる。まあ、ここもただ楽しいだけの世界じゃないが。もう会うことはないだろう。では、よい旅を。

 そう言ってハジメも消えた。

 もしかしたら彼は僕に、いやこの世界に別れを告げに来たのかもしれない。ふとそう思った。

 目の前には変わらず迷いの森が広がっている。彼らが作り上げた世界が広がっている。

 なんだかもやもやした気持ちになって、少し寂しかった。

「・・・・・・ずるいよ」と僕は呟き、時計を見て、ゲームを終えた。


 それからしばらくして、SF0のホームページで体制の変更が告げられた。

 噂では数人のスタッフが会社を辞め、独立して新しいゲームを作るそうだ。

 ほとんど注目されないその情報を僕だけが複雑な気持ちで見ていた。

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