第44話
古島の八階は今までと少し趣が変わった。
古びた壁にはツタが纏わり付き、足下には雑草が生えている。そしてそこを恐竜達が闊歩していた。
正確には恐竜っぽいモンスターだ。トリケラトプスから伸びる鋭い牙は肉食である事を暗に示していた。
僕たちはそれらを眺めながらどうやろうとかと最初の安全地帯で準備を整えて話していた。
ある程度連携も上手くいっている。でも、これから先は更に難易度が上がるだろうし、何かあった時の為に情報は共有しておくべきだ。
しかしルーラー自慢の情報網もここではあまり役に立たなかった。僕らがその最前線に立っているんだ。手助けは望めない。
準備が終わった時、カズマから提案があった。
「ヒロト。俺達に前衛をやらせて貰えないか?」
カズマがこんな風に尋ねる姿を僕はほとんど知らなかった。
彼はこのサーバー上での実質的なトッププレイヤーだ。そのカズマが下手に出る状況はほとんどない。
けど、僕はこの状況を予想していた。理由は簡単だ。
「なるほど」とアヤセが肩をすくめる。「今頃になってレベル差に気付いたのね」
「お前じゃないんだ。そんな事にはとっくに気付いている。今まで言わなかったのはお前達への配慮だ。少しでもチームワークを維持したかったからな」
静かにアヤセへ抗議するカズマ。
しかし僕はその声に僅かばかりの焦りを感じた。
そう。僕たちエデンは前のダンジョンで経験値を二倍稼いでいる。僕を除く三人のレベルはルーラー達より1から経験値も合わせると2弱の差があった。
このダンジョンの難易度から考えるに、この差は後々効いてくるはずだ。
「どうだヒロト?」とカズマが僕に答えを求める。
前衛。つまり前に出てモンスターへのダメージや被ダメージが増えると経験値が通常より多くなる。
いや、後衛の分が前衛に分配されるんだ。古塔のドラゴンはどれも経験値が高い。今から始めれば最終階を攻略した時にはルーラーとエデンのレベル差はほとんどなくなっているだろう。
僕は考えた。
「・・・・・・少し、僕らで話し合わせてくれる?」
「・・・・・・いいだろう。だが早くしろ」
そう言うカズマの目は冷徹だった。
僕はそこから、逆らえば共闘を解除するという意思を感じた。
確かにこのまま行けばルーラーは低いレベルでラスボスに挑まなければならない。それは実質的な全滅を意味している。
僕らはボイスチャットをエデンの四人に限定して話した。
「おかしいと思ったぜ。ここまで黙ってついてくるんだもんな」とリュウ。
それを聞いてアヤセは辟易としていた。
「だから言ったでしょ? どちらかと言うと大反対だって。この先、もしかしたらあいつらに背中から刺されるかもしれないのよ」
「そ、それはないと思うけど・・・・・・」
ヒラリが不安そうに苦笑した。僕もそれには同感だった。
「うん。ルーラーが求めてるのはフェアだと思う。カズマとしては少しでも攻略確率をあげたいだろうし。ある意味リーダーとしては当然の要求でもある」
「フェアって何よ? あたし達は自力でレベルあげたんでしょ? なのにその差をよこせっておかしくない?」
「確かにな」とリュウがアヤセに同感する。
アヤセの言葉にはしっかりとしたロジックがあった。
だから僕も納得出来た。でも、
「アヤセの言ってる事は正しいと思う。だけど、ルーラーがいなかったらここまで来られていたかどうかも怪しい。そうでしょ?」
「・・・・・・確かにな」と今度は僕にリュウが頷いた。
古塔は僕らが思っていたより二段階は上の難易度を誇っていた。にも関わらずここまで来られたのはルーラーの力と経験が大きい。
つまり僕らはルーラーに一応の借りがあった。きっとカズマはそれを返せと言っているんだ。
「何よそれ? 共闘はみんなで決めたルールでしょ? なのに今更公平じゃないって言う方がおかしいじゃない。嫌なら最初から断ればいいのに」
アヤセはまだ怒っていた。
そしてそこにカズマがチャットで火を注ぐ。
>早くしろ。まだ終わらないのか?
僕は誰かが書き込む前にあと少し待ってと打った。
アヤセの不機嫌が増す。
「何であいつは今でも偉そうなの? まだあたし達のリーダー気取りなわけ?」
「お前まだ怒ってるのかよ。いいだろ別に。あいつはああいう奴なんだよ。リアルでもいるだろ? 偉そうに仕切りたがる奴って」
「あんたまでカズマの肩持つわけ? どっちの味方なのよ!?」
「そんなの言うまでもないだろ? ちょっとは落ち着けよ」
どうやらアヤセはここまで納得してなかったらしい。
それは僕が半ば強引にルーラーと手を結んだせいだった。最初にきっちりと話をしておけばこのタイミングで口論になる事はなかっただろう。
リーダーって大変だなと思いながらも、僕たちには時間がなかった。
「分かった。こうしよう。ルーラーの意見は呑む。でも僕たちからも条件を出させて貰う。これでどう?」
「条件ってなによ?」とアヤセはまだ口を尖らせていた。
「正直、僕とリュウからは何もない。だからアヤセとヒラリで決めて欲しい。それを僕が提案するから。もしルーラーが呑まなかったら、そこで共闘は終わりだ。こっちから手を切る」
「おいおい、ヒロト」とリュウが言うが、僕は「分かってる」と全部を言わせなかった。
ここで共闘を解けば全滅の確率はかなり上がる。
僕たちは四人での攻略をこのダンジョンでは全く経験していない。それは致命的な弱点だった。
だとしても、この問題はそれ以上に大切だと思っている。
キャンペーンはすぐに終わる。でもSF0はまだ終わらない。
もう別のギルドとは言え、ルーラーとのわだかまりはない方がいいはずだ。
「・・・・・・いいよ」
そう言って頷いたのはヒラリだった。
気遣うアヤセに自分の言葉で優しくこう話した。
「アヤちゃん。ごめんね。わたしの為に怒ってくれてるんだよね? でももういいの。たしかにあの時はショックだった。でも今はエデンのみんながいるもん。わたしは大丈夫だよ」
「ヒラリ・・・・・・」
ヒラリの真っ直ぐな言葉はアヤセを動かした。けどこれはヒラリの問題だけじゃない。
アヤセの、そして僕らの問題だ。その事が分かっているアヤセは少し沈黙してから頷いた。
「・・・・・・分かったわよ。でも条件はつけさせてもらうわ。もしこれが通らないなら、悪いけどあたしはここで降りるから」
「・・・・・・分かった」と僕は頷いた。「もし拒否されたら共闘は解除。これは絶対守る」
僕がそう宣言すると、アヤセは少し落ち着いて、条件を述べた。
そしてそれを僕はカズマ達に伝えた。
「・・・・・・謝れ、だと?」
カズマは僕たちの条件を聞いて、苦い顔になる。おそらくこの世で一番カズマが嫌う行為を僕らは強要しているんだろう。
もしこれが面と向かってなら僕は言えなかったかもしれない。カズマは僕より年上かもしれないし、体が大きいかもしれない。強面で筋肉質な年上にこんな要求が出来る程現実の僕に勇気はない。
でも、ここはSF0だ。ある意味みんなが平等の権利を持っている。例えカズマがルーラーでトップだとしても、今の僕らには関係がなかった。
「うん。カズマがアヤセとヒラリに昔の事を謝ってくれたら、僕らはそっちの要求を呑む。でもそれが出来ないならここで解散だ」
「な、なによそれっ?」とレイチェルが困惑していた。
多分レイチェルもまだ僕らと一緒にやりたいと思ってくれてるんだろう。
それは僕もそうだった。ゲンジとアイリスは何も言わずにカズマの意見に従う意思を示していた。
問われたカズマは困惑していた。さっきから声が聞こえない。そしてようやく言った。
「・・・・・・・・・・・・分かった。謝ろう」
それを聞いて僕は安堵した。けどそれを吹き飛ばす様に言葉が飛んでくる。
「駄目よ」とアヤセが言い放った。「そんな形だけの謝罪なんて受け取らない。どうせ本当は悪いと思ってないんだから。分かってるの? あんたのせいであたしとヒラリがどんな風に思ったか。周りからだって色々言われるし、ネットの書き込みだって未だにあるのよ?」
「・・・・・・なら、どうすればいい?」
「誓って。これからもしルーラーで誰かが酷いミスをしても、追放なんてしないって」
それを聞いて、カズマはしばらく沈黙してからヒラリの方へ向いた。
今回ヒラリは僕の後ろに隠れずちゃんと一人で立っている。カズマの冷たい視線を受け止めていた。
カズマはそれをじっと見て、まるで過去を眺める様に目を細めた。そしてふーっと長い息を吐いた。
「・・・・・・分かった。これからはもうしない。嘘だと思うだろうが、あの時の事はずっとやり過ぎたと思ってた。あれは自分の力不足だったんじゃないかと。皮肉ではなく、適材適所に人を配置出来なかった俺のミスを、お前になすりつけてしまった。俺は多分、焦っていたんだ。大きくなる組織に俺がついて行けてなかった。トップを目指すという大きな指針に委ねて、他をおざなりにした結果、恥をかきたくないと人を切って、自分を守ったんだ。・・・・・・悪かった」
話を聞いていて、僕はいくらか共感していた。
そう、そもそも僕らはリーダーなんて器じゃないんだ。そんな大役をリアルで一度も経験してこなかった。もしかしたらこれからもずっとそうだ。
だから見よう見まねでやってみる。結果ミスをして、でも責任の取り方が分からない。けどリーダーだとちやほやしてくる視線を失う事も怖い。
だから、大切な仲間が自分の評価を落とす敵に見えてしまう。本当は違うのにだ。
可笑しいことに、僕らは嫌った社会性をヴァーチャルから学んでいるんだ。
頭を下げるカズマ。けど、ここからは声質が変わった。強い意志と瞳で僕らを見る。
「だが、人をまとめる為には目的に沿わないプレイヤーを排除しないといけない事もある。ヒラリのようなプレイヤーは追放しないと誓おう。それでもルーラーに害成すなら、俺は俺の責任を持ってそいつを追放する。ここは譲れん」
カズマは正当な要求をしてから、もう一度ヒラリに頭を下げた。
「すまなかった」
「・・・・・・ううん。もういいの。私も悪かったし。でも今はエデンのみんながいるから大丈夫。それでもルーラーの人にはあなた達しかいない。だからこれからは優しくしてあげてね」
ヒラリの対応は大人だった。こういう時には本当の自分が出る。
それに比べて僕はいざという時に役に立たないただの子供だった。
「ああ。心がける」とヒラリに言ってから、カズマはアヤセの方を向く。
アヤセはヒラリに優しく笑いかけられ、腰に手を当て小さく微笑んだ。
「ま、いいわ。あたしはヒラリが気にしなくなるならそれで」
「・・・・・・優しいんだな」
「今頃気付いたの?」とアヤセは笑った。
こうして僕らのわだかまりはなくなった。
完全にとはいかないかもしれない。でもそれは限りなく小さくなり、気にならない程にはなった。
僕はそれが嬉しくて、同時にアヤセやカズマの気持ちをしっかり理解していなかった自分に恥じた。
そして思った。もし僕がルーラーのリーダーならどうしただろうかと。この先、エデンで何か問題があればどう動くだろうかと。その答えはその時にならないと出ないのかもしれない。
だけどなるべく誰も傷つかない方法を選びたい。例え、僕が傷ついたとしてもだ。それが僕に出来る多分唯一の事だから。
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