三章
第29話
朝の九時。
朝陽は既に真横からではなく、斜め上から僕の部屋に熱線を送っている。
砂海のダンジョンを攻略した僕らは準備の為にまたミゼルカに戻ってきた。
その際にルーラーの配信をちらりと見てみる。
すると、彼らも四つ目をクリアした所だった。
「じゃあ、五分後」と僕は言って、それぞれ準備に取りかかる。
ジョブによってそれぞれ必要なアイテムは異なる。
例えばガンナーのアヤセなんかは弾が必要だ。特殊な弾は作ったり、購入しなければならない。
ヒラリならMP回復のアイテムを。
リュウは攻撃力アップのアイテム。
僕は防御力アップのアイテムがあれば戦いは有利になる。
小休憩も兼ねての五分間。計画では次のダンジョンをクリアしたらまた寝て、最後のストーリーダンジョンと、エンドコンテンツを攻略する予定だ。
僕は何か良いアイテムはないかなと町を散策してみる。正直アイテムは揃ってる。余ってるほどだ。
準備に五分も要らない。皆トイレに行ったり、食べ物を部屋に持って来たりする時間が必要だろうと思ったから、僕は準備を言い出した。
でも休憩と言うと皆が取りたがらない。僕だってそうだけど、やっぱり長くやると効率が落ちてくる。それを背中でなんとなく感じていた。
気分転換。それも兼ねて、僕は市場を歩いた。アップデート直後よりは少ないが、それでも混んでいる。
けど何か違和感を感じた。あまりいつも見る光景と変わらないのに、なんでだろう。
そんな時、左手の薄暗い細い路地でぼろぼろのフードを被った男が僕に個別チャットで話しかけてきた。
>兄さん。お見受けしたところ、エデンのリーダーですねい?
変な言葉使いだった。大路地で僕は足を止め、左を向いた。
人が二人しか通れない道に置かれた木箱にその男は腰掛けていた。
茶色いローブに白いズボン。腰には金色の時計が見えた。壮年の男・・・・・・だと思う。顔ははっきり見えない。
あまり見たことのない装備だけど、多分錬金術師だ。
錬金術師は素材と素材を掛け合わせ、新たな素材を創り出す。全体的な数は少ない部類に入るレアジョブだった。金を払えば大抵の素材は買えるからだ。
>そうだけど、なに?
>兄さんに提案したい事があるんですが。お話、いいですかい?
これほど怪しい男はそういない。僕はすぐに男をクリックした。
こうすれば様々な情報が見られる。やっぱり錬金術師だった。そして、名前には見覚えがあった。
テンネン。昨日、市場の掲示板で見た名前だった。
リュウ曰く、詐欺師だ。そんな匂いがぷんぷんする。それでも、僕は少し興味があった。
>もしかして、キャンペーンに絶対勝てるってやつ?
>ほう。もう見てくれましたかい。これは耳が早い。そうです。それです。
>どうせチートでしょ?
僕がそう聞くと、男は少し間を開けた。何か考えてるようだった。
>チート・・・・・・。まあ、確かにそうですがね。けどね、あっしに言わせれば、不正は気付かれなければ不正じゃないんですよ。
男は悪びれずにそう告げた。
やっぱりチートだ。くだらない。僕が歩き出そうとすると、男はまた個別チャットに書き込んだ。
>聞かないならいいですけど、今のままだと兄さん、負けますぜ?
僕は足を止めた。
>どういう意味?
>協力してくれれば話しやす。
今度は僕が考えた。けどやっぱり駄目だ。巻き込まれてBANなんてされたらたまったもんじゃない。
だけど、テンネンは考えを見透かす様に告げる。
>安心してくだせえ。BANはされないですから。それは保証します。
男は一つのアイテムを僕へと渡した。
勇気の指輪。序盤の弱いアイテムだ。
受け取りますか? と画面に表示される。けど、僕は受け取りを拒否した。
>・・・・・・まずは話を聞いてからだ。それから協力するか決める。
する気はなかった。でも少し興味はあった。この男がどんな手でキャンペーンを攻略するか。
>まあ、いいでしょう。こいつです。
テンネンは指輪を取り出した。先程よこした勇気の指輪だ。
>兄さん。乱数って言葉を知ってますかい?
>まあ、一応は。
乱数とはその名の通り、乱れた数だ。
プログラマーがここからここまでをランダムにとプログラムし、その間の数が不規則に現われる。詳しくは知らない。確かこんな感じだったと思う。
>なら話が早い。この指輪はその乱数にちょっとしたイタズラが出来るんです。
テンネンの話はこうだった。本来、勇気の指輪は体力が少ない時に、攻撃力アップ。防御力アップが出来るアイテムだ。
ここに乱数が使われる。攻撃時には最大の乱数が発生し、防御時には最低の乱数が発生する仕組みだそうだ。
テンネンはこれを悪用した。体力が少ない時、という条件をなくしたのだ。それも運営には見えないように。運営からしたら、体力が少ない時という条件自体は動いている。
けど、中身を見ればほとんど全ての体力が適応される様にいじられていた。
それに、テンネンはこのチートをキャンペーンの間だけと期間限定にした。時間が経てばただの初期アイテムに戻るわけだ。
普段からチート対策に時間がかかっている運営がそんな短時間で見破れるわけがないということだった。
絶対に優勝、とまではいかないけど、確かに強いパーティーが使えば速度は比較的に上がるだろう。それにあまり目立たない。
テンネン曰く、乱数は上位のいくつかを切り取る仕様らしい。無敵になったり、一撃で倒したりはしない。地味だけど、強いって感じだ。
話を聞いて、僕は少し関心した。普段チートなんて興味がないけどやる側は色々工夫している。無駄な努力だとは思うけど、それが楽しいんだろう。
>で、その話を僕にして何をさせたいの?
そう聞くと、テンネンは卑しく笑った。
>へっへっへっ。兄さん。そりゃあ決まってますぜ?
>お金?
>もちろん。賞金の10%を貰います。でもまあそれだけじゃない。
>他にもあるの?
>兄さんはチートの経験あります?
>ないよ。
>でしょうね。あっしらは兄さんとは違う敵と戦ってるんです。運営ですよ。むかつきません? あいつらって。
話が変わった。運営がむかつく。思わないわけじゃない。でも、そうなら別のゲームをすればいい。
>まあ、調整が下手だったりするけど。
>調整はまあ、難しいですからね。っていやいや、そうじゃない。存在そのものが、です。
僕は首を傾げた。こいつは何を言ってるんだ?
テンネンは続けた。
>あいつらはね。神なんですよ。この世界を自由に出来る神様。あっしらはその中で遊ばせて貰ってるわけです。ほら、意見とか聞いてくれないでしょう? それがね、あっしはひじょーに腹立たしい。だから、あっしらはそこに穴を開けようとしているんです。ほら、言うでしょ?天は人の上に人を作らずって。
>嫌ならやらなければいい。迷惑してる人もいるんだ。
>まあ、対戦ゲームならそうでしょう。けどMMOなら迷惑するのは大体運営です。それに、現実じゃあ神と戦えないけど、ゲームなら戦える。あっしからすればこれが魅力的なんです。運営の存在は腹が立つ。でも彼らとの戦いは楽しい。分かりますかい?
>あんまり。
>それが普通ですねえ。でも現実で出来ない事をするのがゲームでしょう? あっしはそれを楽しんでるんです。まあ、分かってくれとは言いません。ちょっとした憂さ晴らしです。
そう告げて、テンネンは僕にまた指輪を渡した。
>本来はお金を貰うつもりでしたが、兄さんはあっしの話をちゃんと聞いてくれた。これはそのお礼です。キャンペーン。あっしはくだらないと思います。ぶっつぶしたいともね。けどMMORPGでこんな機会は滅多にないのも事実。頑張って下さい。
>別に、いらない。
>持ってるだけなら何の効果もありません。装備しないとね。まあ、試しに使ってみて下さい。兄さんの言った通り、嫌ならやらなければいい、です。それではあっしはこれで。この個別チャットは改ざんしておきますんで、安心して下さい。では。
テンネンはそれだけ言って、移動魔法で消えてしまった。
消えてから、僕は一つ聞き忘れていた事に気づく。
このままだと負ける。あれはどういう意味だろう?
一人になった路地裏。現実で出来ない事をするのがゲーム。その言葉がやけに印象に残った。
対象者がエリアからいなくなりました。その表示が出て、カウントダウンが始まった。
これが0になると、指輪は貰えない。
色々考え、最後に僕はカウント0と同時に、『はい』を押した。
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