第28話

 四つ目のダンジョン。岩白の砂海は真っ白な砂の海だった。

 砂だけど波が起き、本当に海みたいだ。

 美しい。その言葉がぴったりだった。青空と白い海の間で、僕らは強くなった装備で気持ちよくモンスターの砂鮫を倒していく。

「ここいいわね! サーフィン装備とかでないかしら?」

 アヤセは楽しそうに散弾で砂の海を泳ぐ砂鮫を攻撃していく。

 ヒラリは回復しながら頷いた。

「パラソルとかねー。そう言えば水着も解禁されたのはここが出来たからかな?」

「俺のブーメランパンツが火を噴く日も近いな」とリュウが笑った。

 女子達はやだーとか、見たくなーいと笑いながら抗議する。

 雰囲気が良い。その理由は他にもあった。

 どうやら僕達のギルド、エデンはトップ争いに加わっているらしい。

 というより、そもそもキャンペーンを本気でやっているギルドはあまり多くないそうだ。

 原因はルーラーだった。彼らの存在は誰もが知っている。そしてそのプレイを実況動画として生放送している。

 その為、自分達では敵わないなと諦めるパーティーが大多数を占めた。まあ、元からSF0はMMOなわけだし、プレイヤーは競争よりも共闘がやりたい人がほとんどだ。

 エデンやルーラーみたいに睡眠時間を削り、効率を重視してまでプレイしているパーティーはこのサーバーでも一握りしかいない。他のサーバーも概ねそうだろうと思う。

 僕達より先を行っているパーティーは五つ程。トップはルーラーだけど、まだまだ挽回出来る状況だ。

 装備も揃い、更にはダンジョンの強いモンスターにも慣れてきた。スキルや魔法の使い方も随分熟練されてきたと思う。

 勝てる。でもその為には無駄をなくすこと。そして何より全滅しない事だ。

 僕はそう思いながら剣を振るい、砂鮫を切り裂いた。

 ピラミッドが現われ、いよいよこのダンジョンも大詰めというところだった。

 中に入ると、そこには別のパーティーがいた。エデンより上のチームは珍しい。けど変なパーティーだった。タンク、つまり防御役がいない。

 敵をガントレットで殴るモンク。

 甲冑姿で両手剣を持つセイバー。

 黒装束の忍者。

 そして変な仮面をつけた回復役の魔術師。

 火力重視の構成だった。彼らは僕達の前にいた。どうやら攻略準備を整えているらしい。

 互いに手を振ったり、お辞儀したりした。一種の儀式だ。どうやら良い人達みたいだ。

 僕達も準備をしていると、あちらは先に終わり、進み始めた。その時、ワールドチャットが動いた。

>ナイトだけかな、最悪はw

 忍者の言葉はすぐに僕の目に入った。

 挑発されてる? 僕がむっとすると、すぐにセイバーの人が続けた。

>正攻法で行こうってわけでしょ? まあいいんじゃない?

>おい。

 リュウがチャットする。

 それを見て、前のパーティーは動きを止めた。

>そういうのはパーティーチャットでやれよ。

>あ、間違ってたw どうしようw 怒られちゃったよw

 忍者が続ける。

 どうでもいいけど語尾にwをつけないとこの人は死ぬんだろうか? 

 さらにモンクが会話に加わってくる。

>ごめんごめん。そんな怒らないでよ。エデンって結構有名だけど、DQNだったの?

>煽っといてDQN呼ばわりって頭おかしいの?

 アヤセも怒り出した。

 なんというか、本当は僕が一番怒らないといけないんだけど、他が怒るから怒りが減衰してしまった。

「まあまあ」と僕はボイスチャットで二人をなだめた。

 さっきからヘッドセットから二つの怒声が聞こえる。

 僕の行為が馬鹿みたいにセイバーが書き込む。

>タイムアタックで火力重視しないパーティーの方が頭おかしくない?

>今の時点で同じ所にいるのよ? 意味、分かるかしら?

>俺達の方が前じゃんw

 ああ、忍者の人は書き込まないでほしい。僕はそう思い、ヘッドセットの音量を下げた。

 それから少しの間、彼らは言い合っていた。

 僕とヒラリは真面目に準備をし、ダンジョン突入の為にバフ、つまり強化をしたり、アイテムをチェックしたりを終えた。

 それでもまだ口論している彼らに僕は一言だけ書き込んだ。

>どっちが正しいかはすぐに分かるよ。

「行こう。レイチェル達とこれ以上離されたら、どうしようもなくなる」

「・・・・・・分かったわよ」とアヤセが応じる。

「確かに。こんな雑魚に構ってる場合じゃないしな」

 リュウはまだ怒っていた。

 アヤセも不満げだ。

 ヒラリは多分苦笑いを浮かべているはずだ。

「あいつ、リアルじゃ友達いないわ」とアヤセ。

「え? アヤセちゃん知り合いなの?」

「ううん。知らないけど絶対そう」

 アヤセはそう言って憤っている。

 あはは・・・・・・と、ヒラリと僕は苦笑した。

 ああいう人達はいる。それはゲームでもリアルでもそうだ。気にしていたら終わりがない。

 あれはあれで、あの人達は楽しんでいるんだ。やり方が合わないだけ。

 そう思いながら、僕達は前へと走った。後ろからは彼らがついて来る。けどそれも二股に分かれる路地を経て、自然と別れた。

 あいつらには負けない。それだけは八人全員が思っていただろう。

 ピラミッドの内部は複雑に入り組んでいた。小さな小部屋がたくさんあり、そこにモンスターが潜んでいる。

 宝箱と思ったら、その中からミイラが出てきたり、やけにでかくて強いコウモリに襲われたりと中々大変だ。

「でも、タンクなしで初見のダンジョンをクリア出来るのかな?」

 ヒラリがふと呟いた。さっきのパーティーの事だ。

 それは僕も思った。自分でいうのもなんだけど、タンクは大事な役割だ。

 強い防御力と体力で味方を守らないと、すぐにパーティーは負けてしまう。それがこのゲームのセオリーだ。

 確かにタンクなしのパーティーは存在する。でもそれは攻略が進んでからの話だった。初めてのダンジョンはモンスターの攻撃力が分からない。

 それなのに防御を捨てて果たしてクリア出来るんだろうか?

「別にどうでもいいわ。どうせどっかで野垂れ死んでるわよ」とアヤセ。

「だな。ヒロト。あんま気にすんなよ」とリュウが僕に気遣った。

「気にしてないよ。僕はルーラー以外は結構どうでもいいんだ」

 それを聞いてみんなが笑った。

「言うねえ」とリュウが茶化しながら、槍でミイラを突き殺す。

 アヤセは蜘蛛の巣を火炎弾で焼き払った。

「そうね。絶対に勝つわよ!」

「うん。頑張ろうねー」とヒラリが楽しそうに言った。

 僕達は階段を登り、また降り、また登り、襲い来る骨の騎士ボーンナイトを倒し、薄暗いピラミッドを奔走した。

 そして多分これが最後だと思われるフロアに到着した。

 最上階だ。奥には祭壇が松明の火に照らされている。

 そこで僕らは先程のパーティーと出会った。彼らは少しリードしている。けど、その差は微々たるものだった。

 僕らの事に気づいたのか、仮面を付けた魔術師が振り向いた。すると、一瞬彼らは止まった。

 そこに僕は違和感を覚えた。何かを話し合ってるみたいな間だ。

 しかし、すぐに彼らは動きだした。

 だけどその隙に僕らは並んだ。広間で死んだ呪術師の霊、ブードゥーゴーストが魔法を飛ばしてくる。

 ここからはスピード勝負だ。

 今回のキャンペーンではダンジョンは一緒にクリアするが、ボスは早いもの勝ちだった。

 ボスエリアには一時的に一つのパーティーしか入れない。つまり、遅れると彼らがプレイするのを指を咥えて見ていないといけない。

 確か時間は10分間。そのの時間を待つとなれば大きなタイムロスだ。

 僕はゴーストの魔法を楯で防ぎ、アヤセとリュウが攻撃を加え、ヒラリが回復に徹する。

 これに対して、彼らは三人の戦士達が敵を各個撃破していった。忙しそうに魔術師が回復魔法を飛ばしていく。足りない場合はアイテムを使う。

 お金はかかるが、スピードはあった。見た所、みんな手練れだ。

 ほとんど同時に敵を倒し、僕らは祭壇へと向った。

 敵に見られていると、ボスエリアには行けないからだ。

 真っ直ぐな道の先に階段があり、その上に祭壇があった。そこを目指して走り出す僕ら。

 一番遅いのは、僕だった。ナイトは足が遅い。そもそもあまり速度が必要ないジョブだ。

 ヒラリの魔術師もそうだった。仮面の人は諦めた様に歩いている。

 ガンナーのアヤセとセイバーの人が僕らの前を走る。

 その先を足の速いモンク、忍者、そしてリュウのランサーが競争していた。

 誰か一人でも早く着けば、そちらが先にボス戦を出来る。

 ちょっと、きついかな・・・・・・。後ろで見ていてそう思った。

 忍者が圧倒的な速度で駆けていく。どんどん離されるリュウとモンク。

>お先に失礼w

 忍者はチャットする余裕まであった。一足先に階段を登っていく。

 リュウはまだ階段と距離があった。

 駄目だ。負ける。

 誰もがそう思った時も、リュウは諦めてなかった。いつも通り自信に満ちた声が聞こえた。

「見とけよ!」

 スキル発動。ドラグーンジャンプ。

 リュウの槍が光った。その槍リュウはを加速したまま地面に突き立てる。

 そしてまるで棒高跳びの様に高く跳躍した。赤いマントが風になびいた。

 空中で回転しながら、リュウは下を走る忍者を見下ろし、ニヤリと笑った。

 そして、階段の天辺にある祭壇前の平らな地面にすたっと着地した。

 上に手を伸ばすと、タイミング良く槍が落ちてきて、掴んだ。

 それを見ていた僕は口を開けて凄いと思い、アヤセとヒラリは黄色い声をあげた。

「キャー! リュウさーん!」

 忍者が階段を登った時には、既にリュウが祭壇の目の前に立って待っていた。

>お先に失礼。

 そうチャットするリュウ。したり顔が透けて見える。

>・・・・・・卑怯だぞ。

 忍者は立ち止まった。負けを認めたようだった。

>なんで? 俺達の方が前じゃん。お前は指咥えてそこで分身の術でも練習してろ。

 そう書いて、リュウは祭壇へと入った。同時に僕らの画面にテキストが出る。

『仲間の一人がボスエリアに入りました。同行しますか?』

 僕らは迷いなく『はい』を選択した。

>覚えてろよ。

 その五文字を境に、チャットは動かなくなった。

 代わりにボイスチャットは凄い騒ぎだ。みんながリュウを褒め讃え、言われた本人はまんざらでもなさそうだ。

 些細な事だけど、リュウは新たな攻略法を見付けたんだ。僕らはその勢いのまま、ボスを攻略していった。

 巨大なスフィンクスに乗ったファラオが敵だ。スフィンクスの突進を避けながら、上のファラオを攻撃していく。

 スフィンクスが右前足を振り上げ、僕らへと振り下ろす。それを僕が盾で受け止める。

 減っていく体力をヒラリに回復してもらい、押し潰されそうになるのをなんとか耐えると、リュウがスフィンクスの前足を橋代りに走って伝い、背中に乗った。

 そこにファラオが魔法で攻撃してくる。

 しかし、その魔法はアヤセが撃った反魔力弾によって出来た防壁に防がれる。

 その隙にリュウがファラオに一撃を食らわせた。自分の体力の半分を使い、放つ技。

「貫け!」

 ドラゴニックラッシュ。

 自身を槍と一体化させ、体当たりをするこのリュウの大技で、僕らは勝利した。

 今回、リュウは大活躍だった。

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