3学期

1月

第75話【1月1日】初詣の願いごと


 今シーズンは暖かい日が続いたが、令和で初めて迎える元日は、寒さの厳しい日となった。

 空気は冷たいが高い空は澄み切っていて、清廉とした気持ちになる。

 大きな赤鳥居の立つ広場には多くの参拝客がいた。

 今日は文芸部のみんなで、霧乃宮市の神社に初詣に来ていた。


 もっともそろそろ待ち合わせ時間の二時になるのだが、結城先輩だけが到着していない。

 早苗先輩が「あいつ、おっそいなー」と文句を言っている。

 広場には屋台も数多く出ていて、まるでお祭りのようだ。

 わたしは背伸びをしながら人混みの中を探していたが、大通りの歩道を歩いてくる姿を見つけて手を振った。

 結城先輩も気がついたらしくまっすぐ向かってくる。

 こちらからも近づいて、亜子ちゃんといっしょにお辞儀をした。


「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 結城先輩もネックウォーマーを下にずらすと挨拶を返してくれる。


「あけましておめでとう。二人とも今年もよろしくな」


 それに笑顔で頷いて、結城先輩をあらためて眺めた。

 ダウンジャケットにニット帽にネックウォーマーと、完全防寒装備である。


「ひょっとして寒いのは苦手ですか?」

「ああ。暑いのは猛暑日に外を歩いても、汗ひとつかかないんだけどな」


 夏合宿で見た、結城先輩の贅肉ひとつないお腹を思い出した。やっぱり脂肪がないと寒いらしい。


「遅い! あんたね、女性を待たせて申し訳ないと思わないの?」


 ひとりだけ先程の場所から動かないでいた早苗先輩だが、いくら待っても近づいてこないわたしたちに業を煮やしたのか、諦めてこちらに合流した。


「なんで時間前に着いたのに、文句を言われなきゃならないんだ?」


 結城先輩がスマホで時間を確認する。

 たしかにギリギリではあるが、約束の二時にはなっていない。


「普段は紳士ぶってるくせに、女性を寒空の下に待たせて罪悪感はないのかって言ってるのよ」


「あのな、俺は初詣になんか来たくなかったのに、無理やり全員参加にしたのはどこのどいつだ? そもそもなんでおまえの地元なんだよ。俺のところにだって神社はあるんだぞ?」


「あたしの地元だから選んだんじゃないわよ! 霧高があるからでしょ!」


「言っておくが家を出たのは、間違いなく俺が一番早いからな。その頃コタツでみかん食ってた奴に、文句を言われる筋合いはない」


「あたしは柑橘系は好きじゃないから、みかんは食べないわよ!」


 周りの注目が集まってきたので、わたしと亜子ちゃんは慌てて先輩たちのあいだに割って入った。

 まったく、お正月から喧嘩をしないでほしい。二人は新年の挨拶すらしてない。


 結城先輩が一番早く家を出たというのはそのとおりだろう。早苗先輩は市内在住だし、わたしと亜子ちゃんは私鉄で数駅だ。結城先輩はJRで乗り換えもあるし距離も遠い。

 しかしどこへ参拝に行くのがふさわしいかといえば、やはりここだろう。

 学校から近いというのもあるが、県内でも有数の神社なのだ。

 その歴史は古く、なんでも仁徳天皇のころに祀られたらしい。一宮いちのみやでもあり、こちらに参拝すれば県内すべての神社の御利益も受けられるそうだ。

 もっともわたしはこれまで訪れたことがなかった。学校からは近くても、私鉄の駅とは反対方向なのだ。


 わたしたちは拝殿に向かうための石段を上る列に並んだ。

 この石段は幅が狭く、急勾配で長さもある。安全のために三が日は上りの一方通行になるそうだ。

 列に並んで一息ついたと思ったら早苗先輩が結城先輩を睨む。


「まったく、誰かさんのせいで元旦から恥をかいたわよ」


「元旦っていうのは一月一日の朝のことだぞ。譲歩しても午前中までだな。文芸部なら言葉を正しくつかえ」


 再び喧嘩が始まりそうなので慌てて話題を変えた。お正月はどう過ごすかを聞いてみる。

 わたしと早苗先輩は明日、明後日と両親の実家へと帰省するが、結城先輩はひとりで留守番をするそうだ。


「高校生にもなって田舎へ行くと、お年玉の用意をしていなかった親戚が慌てるんだよな。俺としては祖母さんに顔を見せに行くだけだから、べつにお年玉はいらないんだが、そうもいかないらしい。

 下手に気を遣わせるのも嫌だから今年は留守番をするつもりだ」


 これにはみんなが「あー、わかります」と頷いた。

 小学生の頃は無邪気にお年玉だと喜んでいたが、中学生にもなると恐縮する。ましてや高校生ともなると肩身が狭い。かといって遠慮しすぎるのも失礼だ。

 わたしは去年受験で帰省しなかったので今年は行くことにしたのだが、来年はどうしようかと考えた。


 ちなみに亜子ちゃんは本家なので迎える側だ。すでに午前中から親戚が年始の挨拶に訪れているそうだ。

 わたしが「出てきてもよかったの?」と聞くと、「みんなお酒を飲んでいるだけだから」と亜子ちゃんは笑った。


 お正月といえば駅伝もある。今日は実業団で、明日と明後日は箱根駅伝だ。

 結城先輩は長距離ランナーであったから、やっぱり興味があるのだろうかと尋ねてみた。


「いや、飯を食っている時にちょっと観るぐらいだな。さすがに長すぎる」


 先輩は他人が走っている姿には、あまり興味がないらしい。

 たしかに長すぎるというのには同感だ。わたしの父も最初は真剣に観ているが、途中から寝ている。

 そんなことを話しているあいだに列が進んで石段に着いた。踏み外さないように慎重に上っていく。


 境内へと着いたが、さすがにこの混雑では手水ちょうずで清めるのは難しい。

 わたしたちは流れに沿って、そのまま拝殿へと進んだ。

 用意されたお正月専用の賽銭箱へと硬貨を投げ入れて、手を合わせる。

 隣に立つ結城先輩を横目で見ると、真剣にお祈りをしていたので意外に感じた。先輩は神頼みをしないタイプだと思っていたからだ。

 来年は受験だから合格祈願かなとも思ったが、実力勝負の試験で神頼みなどは絶対にしない人だろう。


 そこで気づいた。来年の今頃は先輩たちは受験の追い込みで、初詣どころではないはずだ。

 そう考えると早苗先輩が無理やりに誘ったわけも、結城先輩が文句を言いつつも了承したのもわかる気がする。

 このメンバーで初詣に来られるのは、今回が最後かもしれないのだ。

 わたしも目を瞑り、真剣に願い事をした。



 参拝が終わると、早苗先輩と亜子ちゃんは社務所にお札やお守りを買いに行くという。

 早苗先輩は毎年こちらで買っているそうで、亜子ちゃんはせっかく一宮にお参りに行くのならと、お祖母さんに頼まれたそうだ。

 わたしと結城先輩は境内の隅で待つことにする。このあとは開いているお店で、お茶をすることになっていた。プチ新年会みたいなものだ。

 待っているあいだに不躾かなと思ったが聞いてみる。


「真剣にお祈りしていましたが、なにを願っていたのですか?」

「家内安全だよ」


 その月並みな返事に最初は冗談かなと思った。だがすぐに、そうではないことに気づいた。

 結城先輩のお兄さんは不運な交通事故で亡くなっている。それこそ神頼みでしかどうにもならないことだ。

 わたしは自分の思慮の無さが嫌になった。謝罪することは簡単だが、下手に謝ると逆に気を遣わせるだろう。

 迷っているわたしに先輩が聞いてくる。


「有村はなにを祈願した?」

「えっと、文芸部が発展しますようにと……」

「さすが部長だな」


 結城先輩が笑うので、わたしは少しむくれた。


「馬鹿にしていませんか?」

「なんでだ? 純粋に褒めているんだぞ」


 それだったら笑わないでほしい。なんとなく素直に喜べない。

 そのあとは二人並んで、流れていく人波を眺めていた。

 わたしは沈黙が苦手なほうだが、結城先輩は気にならないらしい。ポケットに手を入れながらも姿勢よく立って、飄々と元日の風景を楽しんでいる。

 わたしが見つめていることに気がついたのだろう、視線がこちらを向いた。


「どうした?」

「いえっ! あ、そうだ。『イリヤの空、UFOの夏』を読みましたよ。とてもおもしろかったです」


 クリスマスのプレゼント交換会で、結城先輩が贈ってくれた本だ。


「それならよかった。ということは夏休みの宿題の答えも出たか?」

「はい」


 わたしは力強く頷く。

 もともと答えに自信はあったが、イリヤを読んだことで確信に変わった。


「じゃあ、あらためて聞こう。『ボーイミーツガールの定義』それは「少年と少女が出会い、そして別れる」その続きはなんだ?」


 わたしは真っ直ぐに結城先輩を見て、答えを口にする。


「そのことで少年が成長すること。です」


 これがガールミーツボーイなら「少女が成長すること」になる。

 わかってみればあたりまえのことだ。先輩が「無意識に理解はしているはずだ」と言ったのもわかる。

 だがこの定義は端的にボーイミーツガールを表している。逆に言えば少年が成長しないのならば、それはボーイミーツガールではない。まったくべつの話だ。

 結城先輩が不思議そうな表情でわたしを見つめていた。


「……ひょっとして間違っていますか?」


 そんなはずはないと思いながらも不安になる。

 すると結城先輩が優しく微笑んだ。


「いや、百点満点の答えだよ。随分と成長したなと感慨深かったんだ。入部当初「何を読めばいいのかわからない」と言っていた、不安そうな新入生と同一人物とは思えない」


「それはもう忘れてください!」


 わたしが叩くまねをすると、結城先輩は笑いながら軽やかにかわして「俺も『シアター!』を読んだぞ」と言ってきた。

 わたしは一気に緊張する。


「……どうでしたか?」

「二巻まででもおもしろかった」


 それを聞いて安堵の息を吐いた。

 そのあとはお互いの思い描いた結末を語り合った。特に話に花が咲いたのは、劇団員の恋模様についてだ。

 そしてわたしと結城先輩のストーリーはぴったりと一致していた。

 そのことで自信もついたが、それ以上に嬉しかった。結城先輩と同じ未来を思い描くことができたのが、単純に嬉しかったのだ。


「ごめん。お待たせ―」


 早苗先輩と亜子ちゃんが手を振りながらこちらへと歩いてくる。それに手を振り返しながら、澄み切った空を見上げた。

 わたしは文芸部の発展の他に、もうひとつ願いごとをしていた。

 この四人の関係がいつまでも続きますようにと。


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