番外編7【12月2日その2】新本格第五世代にバカミスにイヤミス


 前の話題が暗い感じで終わったからか、結城はあたしの気を引き立てるためだろう。少し不自然なぐらいに明るい声を出した。


「他だと相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』、阿津川辰海『紅蓮館の殺人』、方丈貴恵『時空旅行者の砂時計』あたりは『本ミス』だと上位に入ってきそうだな。もっとも『文春』と『このミス』だと少し厳しいと思う。

 『紅蓮館の殺人』は鈴木が絶対に好きな設定だろう? ただ個人的にはいまひとつだった」


 『紅蓮館の殺人』もクローズド・サークルのフーダニットだが、結城があたしが絶対に好きだと言ったのには理由がある。

 この小説の舞台は山火事によって隔離された山荘で、登場人物は迫りくる火の手に怯えながら犯人捜しをすることになる。

 実はこの設定は、あたしが愛するエラリイ・クイーンの国名シリーズのひとつ、『シャム双生児の謎』とまったく同じ。つまりオマージュなのだ。

 ただ正直なところシャム双生児の出来はあまりよくない。そして残念ながら紅蓮館は、その点でも真似をしてしまったと思う。


「あたしもイマイチだと感じたなあ。トリックというか死体状況が不自然すぎるんだよね、推理にも穴があるし。そもそも描写と見取り図が合ってなくない?」


 結城が同意したので、二人でしばらく問題点を語り合う。

 そこで再び文句というか言いたい愚痴があるのを思い出した。


「阿津川辰海や相沢沙呼もだし、さっき話題にしていた今村昌弘や青崎有吾、あとはマリア&漣シリーズの市川憂斗もそうだけどさ、なんで最近の本格ミステリって登場人物があんなにオタクくさいの?」


 これは常々感じていたことだった。読んでいてどうにもげんなりしてしまう。そのせいで推理が頭に入ってこないぐらいだ。

 結城は苦笑しながら椅子に座り直した。


「歴史は繰り返すだな。新本格の頃も「人間が書けていない」と文句を言われていたんじゃなかったか?」


 新本格とは『十角館の殺人』でデビューした綾辻行人を始め、法月綸太郎、歌野晶午、有栖川有栖などの新世代が牽引した本格推理ムーブメントのことだ。

 しかし彼らの小説は上の世代の作家や評論家から「人間が書けていない」と批判されたという。結城はそのことを言っているのだ。

 もっとも今ではその新本格世代がミステリ界の主流となっている。あたしが挙げた若手作家は新本格第五世代だ。


「新本格とは別次元でしょ。たしかに人間が書けてないのはいっしょかもしれないけど、そこは純文じゃなくてミステリなんだからあたしだって許容するわよ。ただラノベじゃないんだから、無理やりキャラ立てさせる必要があるのかってこと」


「単純に書いている作家がラノベを読んで育った世代だからだろう。あとは若い読者を取り込むために、あえてそうしているんじゃないのか?」


「若い読者が本格ミステリなんて読むわけないじゃないの」


「……おまえ、自分のことをえらく遠くの棚に放り投げたな」


 結城が心底呆れたような声を出したが、あたしはそれを鼻で笑った。


「だって事実じゃないのよ。あたしみたいな偏狭な趣味の人間が各高校にひとりでもいると思う?」


「……いないな」


「ほらみなさい。せいぜい都道府県にひとりいるかどうかよ」


「……なんで自慢気なんだよ。おまえみたいな奴は放っておいても読むからいいんだよ。そうじゃなくて本格ミステリを読んだことのない、新規読者を取り込むためにってことだろ。若い世代に読んでもらわないと将来がないからな」


「冗談よ。そんなこと言われなくてもわかってるわよ」


 あたしがそう言うと、結城は仏頂面で音をさせながらストローをすすってドリンクを飲み干した。


「ちなみにあんたは、ああいったキャラ立ち登場人物は気にならないの?」


「俺は本格ミステリはパズルだと思って読んでいるからな。登場人物は単なる駒と見ている。だから人間性には興味がない。

 あとな、おまえが崇拝するエラリイ・クイーンの国名シリーズだってキャラ立ちじゃないのか?

 エラリイ(※作者と同名の主人公)と親父のドタバタのやり取りなんて、今のラノベみたいなものじゃないか」


 あたしは風向きが怪しくなってきたので強引に話を変えることにした。


早坂はやさかやぶさかは貸さなかったっけ?」


「『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』よりおもしろいなら貸してくれと言ったら、それならいいかなって言ったじゃないか」


 そういえばそうだった。

 早坂吝は『バカミス』の期待の新星だ。ちなみにバカミスとは「バカバカしいミステリ」の略だが、これは侮辱ではなく誉め言葉である。

 ロジックやトリック、その真相の意外性に驚愕して「そんなバカな!」と叫ぶことになるが、内容は大真面目で本格推理なのだ。


 『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』はメフィスト賞受賞の早坂吝のデビュー作で、タイトルからしてバカミスの匂いがするが、これはタイトル当てミステリでもある。

 そしてタイトルにはあることわざが入るのだが、最後まで読むとたしかにピッタリだと唸ってしまう。

 内容も真相こそバカミスだが、伏線はフェアだし納得できる。なによりちゃんとした本格ミステリだ。あたしは一読してファンになった。


 筆の速い作家なので今年も『殺人犯対殺人鬼』と『犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー 探偵AI 2』の二作を出したが、どちらも『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』には及ばない。結城にはそう言ったのだ。


「じゃあ『本ミス』には入らない、『このミス』や『文春』で上位にきそうなのはある?」


 あたしが聞くと、結城はちょっと考えて顔をしかめた。


「そもそも今年は不作な気がするな。これはというのが思い浮かばない。それでも横山秀夫の六年ぶりの新作『ノースライト』は確実に上位にくると思う。ただ、得意の警察小説じゃないし、ミステリ色が薄めなんだよな」


 横山秀夫は警察小説の大家だ。個人でなく組織に焦点を当て、元新聞記者ならではのリアルな警察組織の描写で一躍メジャーになった。

 現在の国産警察小説の礎を作った作家と言っても過言ではない。

 動機に重点が置かれた作品がほとんどだが、ストーリーが重厚でおもしろく、あたしも多くの作品を読んでいた。


「横山秀夫は久しぶりだなあ。読んだほうがいい?」


「どうだろうな。今も言ったとおりミステリ色はかなり薄いぞ。読みたいなら貸してやるが、無理する必要はないと思う」


「じゃあいいや。他にはどう?」


「前評判が高いのは奥田英朗の『罪の轍』だな。もっとも俺は読んでいない」


 なるほど、たしかに今年は不作なのかもしれない。結城ですらタイトルがなかなか出てこないとなると深刻だ。

 そこであたしはランキングの常連作家を忘れていたことを思い出した。


「そうだ! 米澤穂信はどう?」

「米澤穂信だと『Iの悲劇』か」

「あと『本と鍵の季節』もあるよ」


 結城は少し考えるように斜め上を見る。


「あれは今年だったか?」

「ううん。去年だけど集計期間には入ってる」


 ミステリ三冠は十二月に発表のために、いずれも前年の十一月から当年の十月までに出版された本が対象なのだ。


「両方ともノンシリーズの連作短編だな。その二作なら『本と鍵の季節』が個人的には評価が上だ。ただ、どちらも上位は難しいんじゃないか? 二十位以内は堅いだろうけどな」


「あら。厳しい評価ね」


「どっちも連作短編としての結末は予想できるし、各短編も小粒だったことは否めないからな」


 米澤穂信といえばミステリランキング常連の中堅作家で、『満願』で三冠を獲ったこともある。

 若い世代には京都アニメーション制作の『氷菓』の原作者と言えば伝わるかもしれない。

 その氷菓――古典部シリーズを始め、高校が舞台の青春ミステリを数多く書いているせいで誤解されがちだが、この作者の本領は後味の悪さである。


 ミステリ界には『バカミス』の他に『イヤミス』という言葉もある。

 これは「イヤな気分になるミステリ」の略だ。

 といってもスプラッタのような残酷描写があるわけではない。事件が解決してもハッピーエンドにはならない結末、読後に残る後味の悪さがイヤミスだ。

 米澤穂信の小説はそのほとんどがこのイヤミスである。古典部シリーズだって、結末はビターな味わいなものが多い。今年のランキング対象の二作もそうだ。

 すると結城がとんでもない爆弾発言を投げて来た。


「そもそも俺は米澤穂信をミステリ作家としてはあまり評価していないんだよな」


 あたしはびっくりして思わず結城を凝視する。

 世のミステリファンを代表してこの喧嘩は買わないといけない。

 あたしは不敵な笑みを浮かべるのだった。


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