番外編3【9月28日その10】気になるアイツの誘い方
「早苗そろそろいくよー」
あたしはそれに返事をして、よっこらせと立ち上がった。
ようやく次で最後だ。
演者としてだけでなく裏方の担当も終わっているのでこれで完全フリーとなる。
長かったなあと一日を振り返った。
あたしのクラスではシャッフル劇を出し物としてやっていた。
五人でやる劇だが、ひとつの配役に八人が割り振られてそれを交代で演じる。
クラス全員参加で、毎回違う組み合わせを楽しめるというのが売りなわけだが、正直なところビミョーだと思っていた。いや実際にそうだった。
そもそもお客が毎回観るわけがない。
クラス全員と知り合いなら少しは楽しめるのかもしれないが、そんなの当事者であるクラスメイトしかいないのだ。
それでも劇の内容が良ければリピーターも付いたかもしれないが、はっきり言ってつまらない。短い時間に詰め込み過ぎなのだ。笑わせて、驚かせて、感動させて、泣かせようとしている。そんなの無理に決まっている。
なんでこうなったかなあと思う。
シナリオを担当したのは中学の時に演劇部だったという奴だが、オリジナルは初めてで、そもそも脚本や演出の経験もなかった。
みんなも「正直これどうなの?」と思っていたはずだが、自分に責任が回ってくることを恐れて口を出さなかった。
あたしもだ。そしてそれを後悔しているし、腹を立てている。
あたしは仮にも文芸部だ。自分でも小説を書いているし、物語を知っているということならクラスで一番だという自負もある。
演劇の経験はないし、小説と劇の脚本が別物ということも理解しているが、それでもシナリオに関わるべきだった。
まあ、すでに後の祭りである。
あたしは舞台裏からステージへと出た。
舞台に立つとまず客席を見渡す。
窓は暗幕で覆っていて照明は舞台に当てられているが、それでもお客の様子はわかる。座席は全部で十四。
初めは二十席だったのが、客入りが悪く空席が目立つので徐々に減らされ、この数になった。それでも毎回半分埋まればよいほうである。
あたしはそこにアイツの姿を見つけた。絶対来るなと言ったのに。
本当に来なかったらそれはそれで文句を言ったと思う。薄情者めと。
でも来たら来たで、やっぱり腹が立つ。絶対あとで何か言われるのだ。
結城はあたしが登場しても、表情ひとつ変えることなく澄ましていた。ホントにすかした奴だ。瑞希や亜子は興奮して手を振ってきたのに。
劇が始まる。
シナリオはいまいちだが、実のところ芝居には自信がある。みんなも上手い。短い劇と色々な組み合わせ、そのため繰り返し稽古をしたおかげだと思う。
さらに今日も全員が四回から五回の本番を経験している。場数を踏んでいるのだ。
もちろん客数が少ないから緊張しないというのもあるだろう。これが体育館の大舞台だとまた違うと思う。
しかしそれが油断となった。
あたしは思いっきりセリフを噛んでしまった。そして噛んだことにより、次のセリフが頭から飛んだ。
沈黙が流れる中あたしは咳払いをすると、セリフの最初からやり直した。噛みさえしなければ、セリフは口が覚えている。
自分のセリフが終わるとあたしは結城を見た。どうせ笑っているのだろう。
ところが結城は真剣にこちらを見ていた――のだが、あたしと目が合うとあきらかに笑いを噛み殺した。
頭に血が昇って、顔が赤くなるのがわかる。
あいつはセリフを噛んだことについては笑わなかったが、それを気にしているあたしを見て笑ったのだ。
あいつのそういうところが本当にムカつく。
劇が終わると、あたしは舞台裏で衣装を脱ぎ捨てた。本当は次の演者が使うから大切に扱わなくてはいけないのだけど、そんな余裕はない。
そして教室から飛び出して、廊下を歩いている結城を捕まえた。
「あんた笑ったでしょ!」
結城は振り向くと余裕の笑みを見せる。
「そりゃなあ。あんなに気にしてこっちを見られるとおかしくもなる」
やっぱりだ。こんなすかした奴をあたしはなんで――。
そうだ、計画があったんだ。少し頭を冷やそう。あたしは深呼吸をする。
「それで、劇の感想は?」
「良かった。みんな上手かったし、クラス劇としてはクオリティが高い」
予想外の高評価に驚いた。しかも本気で言っているようだ。
「でもさ、シナリオがいまいちだったと思わない?」
「あれでも悪くないと思うぞ、時間が短いと難しいからな。本格的に感想を聞きたいのならここだと通行の邪魔になる。中に入るか?」
結城が指さしたのは四組のメイド&執事喫茶だ。あたしとしても話があるので渡りに船である。
しかし結城のあとに続いて中に入りながら思う。やっぱりこいつはあたしのことを意識していないのだと。
文化祭の出し物とはいえ喫茶室である。そこに男女二人で入るのだ。知り合いだっているし、噂になるかもしれない。それを結城は気にしないのだ。
文化祭もあと一時間ほどなのに中は混んでいた。
あたしたちは隅の席に通されると飲み物だけ注文する。
在庫処分のためだろう、チュロスが半額だと薦められたが、あたしも結城も北条のおばさんのお弁当でお腹がいっぱいなので断った。
結城はコーヒーをブラックのまま口にすると話しだした。
「そもそも俺は、文化祭の出し物にクオリティを求めるのはナンセンスだと思っているんだ」
「なんか全生徒の努力を否定してきたわね」
結城は苦笑する。
「べつに努力を否定しているんじゃない。見方の違いと言ったほうがいいかもな。俺は文化祭の出し物は客が楽しむためじゃなくて、企画側の人間が楽しむためにあると思っているんだよ」
「……そういう意味か」
結城との付き合いはそれほど長くない。それでも密度は濃いと思っている。だからこれだけで何を言いたいかはわかった。
結城もあたしが理解したことを、わかったらしかった。
「そういうことだな。霧高祭なんだ、主役は霧高生であるべきだろう。もちろん結果として客を楽しませることができれば文句はない、だがそれはあくまでも結果で目的じゃないんだ。
文化祭の目的は生徒が楽しみながら、お互いの理解を深めることだよ。そう考えると全員が演者であるシャッフル劇は非の打ち所がない。楽しくなかったか?」
そういえば結城は、文芸部でクラスの出し物が何かを教え合った時から、シャッフル劇を評価していた。あれはこういう意味だったのだ。
「うーん、楽しくはなかったかなあ。でもまあ、あんたの言いたいことはわかる。相互理解ということもね」
実際に今まで接点のなかったクラスメイトともかなり話をした。それはあたしだけではない。これでクラスが一枚岩になったとか、仲良しこよしになったと言うつもりはない。それでも間違いなく文化祭前よりお互いのことを知っている。
「あと鈴木はシナリオに不満があるみたいだけど、極論を言えばストーリーさえわかればいいんだよ。あとは演者が楽しそうにやっていれば観ているほうも楽しめる。
草野球といっしょだな。観戦している人間は上手さなんて求めていない。どんなにひどいプレーでも、選手が一生懸命にやっていて楽しそうなら、応援もするしいっしょに楽しめるはずだ」
「できれば文化祭前に言って欲しかったわね。そうしたらクラス全員もっと気楽に楽しみながらできたのに」
本当にそう思った。
まったくこいつは物事の本質を見抜く天才だと思う。
「まあ、ありがと。やっている間は不満たらたらだったけど、あんたの意見を聞いて今は満足してる。それでこの後はどうするつもり?」
すると結城が顔をしかめた。
「有村に追い出されたんだよな。本まで取り上げられたんだぞ。誰かさんの薫陶が過ぎるんじゃないのか?」
「なに、あたしのせいだって言うの?」
瑞希がそこまで強硬手段に訴えるとはちょっと意外だった。
いや、そうでもないか。瑞希は良く言えば真っ直ぐ、悪く言えば頑固なところがある。こうと決めたらこちらが驚くような意志を発揮する。
「せっかくだから文化祭見物すればいいじゃない。そうだ、後夜祭はどうするつもり?」
あたしはさりげなく、それを話題に出した。
「去年は星霜を燃やすために残る必要があったけどな。今年は用もないし、さっさと帰るつもりだよ」
結城が言っているのは、名前の入れ替えられた星霜をファイアーストームで燃やしたことだ。去年はそれが終わるとその場で別れたのだ。
「せっかくだし、残ればいいじゃない。あんたもさっき言ってたでしょ、楽しむためにやるんだって」
「楽しむと言ってもな。火を囲んで大音量の音楽かけて騒ぐだけだろ?」
「最初にフォークダンスがあるわよ」
あたしは内心では緊張していたが、それを表には絶対出さないようにする。
「高校生にもなってフォークダンスなんかしたいか? あれだろ、三木さんて人が小倉アイス食いすぎてホモになっちゃった」
「……オクラホマミキサーね。いいじゃない。あんた、まともに文化祭見物してないんでしょ? 最後ぐらい参加しなさいよ」
「鈴木がひとりで行けばいいじゃないか。毎年女子の参加率が悪くて文実が苦労しているらしいから喜ばれるぞ」
よし、掛かった!
あたしが
結城の欠点は何にでも理屈を付けることだ。自分は感情では動かないとクールを気取っているのかもしれないが、それは弱点でもある。
今も行きたくないから行かないと言えばいいのに、女子の参加率という理由を付けてきた。結城のことだからこう反論してくると予想していた。
それを逆手にとる。
「だったら文芸部みんなで参加しようよ。そうすれば男女比一:三じゃない。かなり貢献しているわよ」
「それだったら三人で行けばいいじゃないか」
「あんたね、エスコートするっていう気遣いもないの?」
ふふん。紳士気取りでもあるあんたは、これにも逆らえまい。
「……わかったよ。有村と北条も参加するなら俺も行こう」
「おっけー。ふたりにはあたしから聞いておくから」
瑞希と亜子ならあたしが誘って、結城も行くと言えば絶対に断らないだろう。
結城と廊下で別れると、あたしは自分の口元が緩むのを感じた。
傍から見ると「にへら」と笑っていただろう。慌てて引き締める。
これで文化祭での個人的最大タスクは完了した。あとは本番だけである。
結城とフォークダンスを踊る。それが目標だったのだ。
あいつも言っていたが、およそ高校生らしくない。まるで中学生か、下手をすれば小学生並みの願いだ。
だがこんな機会でもないと結城と手を繋ぐこともできない。
あたしが内心でスキップしながら文芸部の設営所に戻ると、瑞希が興奮した様子で迎えてくれた。
なんでも遠野司が来訪して、さらに謝っていたというのだ。
だが個人的には「ふーん、それで」という感じだ。
あたしにとって遠野司は接点のない先輩、ただそれだけだ。良い印象もないが、悪い印象もない。その才能は認めるけど、去年の事件にも関係していない。
むしろ瑞希がなんでこんなに興奮しているのか、そちらが不思議である。
謝ったというが、べつに謝られる理由もない。引退時期を決めるのは自由だから、去年文芸部に在籍していなかったことに責任を感じることもない。
あたしがそう言うと、瑞希は困ったような表情を浮かべた。
どうやら瑞希は遠野司に思い入れが強いらしい。
「とにかくあとはあたしが店番をするからさ、瑞希も自由にしていいよ」
「いえ、早苗先輩のほうが自由時間少なかったですし」
「あたしはこの後のために体力を温存しておく」
すると瑞希は不思議そうに聞いてきた。
「この後って、もう文化祭も終わりですよね?」
「ああ、それなんだけど。結城と話して後夜祭に文芸部で参加しようってことになったの。瑞希も行くでしょ?」
「ええ、先輩たちが行くのなら」
よしよし。これであとは亜子だけだ。
あたしは瑞希を送りだすと鼻歌を歌いながら店番についた。
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