第56話【9月28日その7】招かれざるお客たち


 わたしは二年五組の教室をあとにする。

 早苗先輩出演のシャッフル劇を見た感想は「ちゃんとお芝居だった」である。

 もちろんプロみたいにとはいかないが、早苗先輩も他の出演者もきっちりと役をこなしていた。正直なところクラス劇であそこまで演じるのには驚いた。

 反面、生意気に論評するとシナリオがいまひとつだったと思う。短い時間なのに詰め込み過ぎだと感じた。

 これは結城先輩の評価も聞いてみたいところだ。



 自分のクラスである一年四組に行くと、クラスの出し物であるお化け屋敷の受付につく。

 役割としては教室前の廊下で入場案内と、列ができた時の整理をする。

 わたしといっしょに担当するのはクラスで仲の良い友達だ。彼女もお化け役には魅力を感じなかったらしく、率先して受付をしている。


 相談してわたしが接客で彼女がインカムを担当することにした。このインカムは客層を中のお化け役に伝えるためにある。

 お客さんが霧高生なら多少の無茶をしてもいいし、子供や大人には控えめに対応する必要がある。女性相手にはセクハラまがいのことも注意しなくてはいけない。


 わたしが一ノ瀬さんに提案した入場制限も設けられていた。

 すいている時は一組ずつ。混んでいる時は間隔を空けつつ三組までと設定された。妥当なところだろう。

 この時間になると来場者も多く、嬉しいことになかなか盛況である。

 忙しく働いていたらあっという間に一時間が過ぎていた。交代まではあと三十分だ。


 するとお客さんの切れ間に、インカム担当の友達が廊下の先を見て動きを止めた。目を丸くして「なにアレ?」と呟いている。

 わたしもその視線を追って、同じように固まってしまった。

 六人の集団が廊下をこちらへと歩いてくる。そこだけモーゼが海を割ったように、自然と人が避けていた。


 六人のうち五人は髪を染めて着崩した服装に、アクセサリーをいたるところにつけた男性集団だった。年齢的には同世代だろう、一見してヤンチャな人たちだとわかる。普段なら霧高とは縁が薄いと思われるタイプだ。


 ちなみに霧高の文化祭には意外と他校の生徒は来場しない。

 私立の女子高などとは違って、チケット制でもなければ入場制限もないのだが、県内トップクラスの進学校というのは敷居が高いらしい。

 逆に「霧高なにするものぞ!」と反発して訪れる人もいる。


 その五人の中に見事な金髪で背が高い男性がいるのだが、問題は彼と腕を組んでいる人物だ。

 その金髪さんより背が高くおさげ髪にセーラー服、ミニスカートからはガニ股が覗いていた。

 サージャント吉田さんである。


「ねえ~ん。次はどこいく~?」


 吉田さんは媚びるように金髪さんにしなだれかかっている。


「てめえキモいんだよ! 離れろって言ってんだろうが!」

「もう照れちゃってえ。か・わ・い・い」


 金髪さんは組まれた腕を振りほどこうとするが、いかんせん対格差とパワー差がありすぎてどうにもならないようだ。

 他の四人は笑いながらその様子をスマホで撮っている。

 そして一行がわたしたちの元へとやってきた。


「ここお化け屋敷みたいよお。入りましょ」

「ざけんなよ! なんでおまえなんかと――」

「二名でお願いね」


 吉田さんが金髪さんを遮って、わたしに微笑みかけてくる。

 うーん。やっぱり至近距離で見ると迫力が違う。


「はい。今ならすぐに入場できますのでどうぞ」


 わたしが精一杯の愛想を振りまいて返事をしている間に、友達がインカムで客層を伝えていた。


「ええっと、高校生……カップルです」


 彼女は小さな声で言ったのだが、金髪さんが耳ざとくそれを聞きつけた。


「てめえ! 誰がカップル――」

「さっさと来る!」


 食ってかかろうとした金髪さんを強引に引き寄せると、吉田さんは教室の中へと消えて行った。

 そしてわたしたちが息をつく間もなく、


「きょええええええーーーーーーーーーー!!!!!!」


 怪鳥けちょうの断末魔のような叫びが聞こえてきた。

 わたしと友達は顔を見合わせる。

 今のは金髪さんの声だが、あれほど驚くような仕掛けはうちのクラスにはない。

 どういうことだろうと訝しんでいたら、言い争う声が聞こえてきた。


「て、てめえ。どこを握ってるんだよ! おいっ! ゆ、指を入れるのはやめっ」

「いや~ん。こわ~い♡」

「んほおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!」


 ……金髪さんに合掌する。

 その後も絶叫は続き、ようやく二人が出てきた時には金髪さんは息も絶え絶えで、ぐったりしていた。

 待っていた四人は笑いながらそれを撮影している。


「……も、もう勘弁してくれ」


 金髪さんのギブアップ宣言に、吉田さんは顎に指をあてて考えている。


「うーん。たしかにあなただけにサービスするのは不公平よねえ。次はこっちの四人にしようかしら」


 それを聞いて今まで笑い転げていた四人が凍り付いた。

 反対に金髪さんは息を吹き返す。


「おう、それがいい! よかったなおまえら、吉田ねーさんの御指名だぞ!」


 しかし四人は完全に腰が引けていた。


「いや、俺らはゲンミツには客じゃないしな」

「そうそう、それはルール違反だと思うぞ」

「吉田さんだって迷惑だろうし」

「俺らなんかじゃ釣り合わないしな」


 だが今まで散々笑われていた金髪さんとしては、自分以外にも犠牲者を出さないと気が済まないらしい。


「うるせえ! ごちゃごちゃ言ってないでジャンケンでもして決めろや!」


 そう言われても四人は渋っている。まあ当然だろう。

 すると吉田さんが満面の怪しい笑みを浮かべた。


「ジャンケンがイヤってことは、あたしが選んでいいってことよね」


 その一言は覿面てきめんだった。


「よおーし。ジャンケン勝負な!」

「おお、恨みっこなしだからな!」

「負けても文句言うんじゃねえぞ!」

「泣きの一回とかなしだからな!」


 これ以上ない気合の入りようである。

 そしてまずひとりが勝ちぬけた。


「いよっしゃああああああああ!!」


 膝立ちで両手はガッツポーズだ。まるで大舞台で決勝点をあげた選手並みの喜びようである。

 その彼の耳元で吉田さんが囁いた。


「あら傷つくわあ。そんなにあたしとのデートがイヤなのぉ?」


 すると一転して床に拳を打ちつけ始めた。


「ちくしょう! なんで俺は勝っちまったんだ。せっかく吉田さんとご一緒できるチャンスだったのに。くそぉ!」


 そこまであからさまに態度を変えられるのも凄い。

 結局負けたのは四人の中ではもっとも背が低く、顔立ちが可愛らしくもあるピンクメッシュの人だった。

 それを見て吉田さんが舌なめずりをする。


「あら、可愛い♡ うーんとサービスしてあげるわねえ」


 ピンクメッシュさんは冷や汗を垂らしている。


「いや、大丈夫っス。それに、ほら、吉田さんも同じのを二回見物してもつまらないでしょ」


「あら、優しいのね。でも平気よお。お化け屋敷はここ以外にもあるから、そっちへ行きましょ」


 それを聞くとピンクメッシュさんは脱兎のごとく逃げ出した。

 しかし巨体からは想像できない素早さで、吉田さんが彼の襟をつかむ。


「さ、行きましょ!」


 腕を組むというよりは引き摺るようにして、吉田さんはピンクメッシュさんを連れて行く。

 他の四人は笑いながらその様子を撮影していた。金髪さんも外野に回れば楽しそうだった。


「な、なんか凄い集団だったね」


 友達の感想に頷きながらわたしは考えていた。

 おそらくだけど、金髪さんたちは吉田さんのおかげでこの文化祭を楽しめていると思う。彼らだけで校内を移動すれば腫れ物に触るような対応をされただろう。

 それよりも、好奇の目で見られながらも、吉田さんといっしょに馬鹿騒ぎをしたほうが楽しいはずだ。

 吉田さんは問題を起こしそうな人たちへのジョーカーであると同時に、そういう人たちにも楽しんでもらうための存在でもあるのだ。

 結城先輩は吉田さんのことをユーモアセンスがあって空気が読めると評していたが、それはそういうこと込みなのだろう。

 結城先輩は絶対にそこまで計算していたはずだ。


 そんなことを考えていたため、新たなお客さんに気づかなかった。

 友達の「いらっしゃいませ」の言葉に慌てて振り向いて、わたしは固まった。

 そこにいたのは両親だった。

 わたしが無言で動きを止めたからだろう、友達は不思議そうにわたしと両親を見比べている。

 すると父が彼女に頭を下げた。


「瑞希の父です。娘がいつもお世話になっています」


 母も同じように頭を下げる。

 友達もそれで合点がいったと、笑顔で頭を下げた。


「こちらこそ、いつも瑞希さんには仲良くしてもらっています。霧高祭にお越しいただいてありがとうございます」


 先輩たちもそうだったが、霧高生はみんな如才がない。

 わたしは父を睨んだ。


「来るなんて言ってなかったよね?」

「言ったら、絶対来るなと言われそうだったからな」


 ……たしかにそうかもしれない。


「先に文芸部のほうへお邪魔したんだが、そこでこの時間ならクラスで受付をしていると聞いてな」


 それで思い出した。わたしは父へと詰め寄る。


「結城先輩となにを話したの!?」

「なにって普段の様子を聞いただけだよ。瑞希は学校のことをあまり話してくれないからな」


 そんなの高校生なら普通だと思う。亜子ちゃんの家のほうが特殊なのだ。


「だからってよりによって結城先輩と話さなくてもいいでしょ!」

「なぜ? 彼は快く話してくれたし、瑞希のことをとても褒めていたぞ」


 父の言葉に母も頷いている。


「とっても感じの良い人だったわよ。あなたのことを凄く評価してくれていて、お母さん嬉しくなっちゃった」 


 結城先輩の外面そとづらが良いのは北条家で経験済みだ。うちの両親も見事に騙されたらしい。普段の部活での愛想のなさを見せてやりたい。

 それでも先輩がわたしのことを褒めていたと聞くと、抑えようとしても顔が赤くなるのがわかった。

 友達がにやにや笑いを堪えてわたしを見ているのに気づく。

 助け船は両親の後ろから来た。お客さんが並んだのだ。

 わたしは両親をさっさとこの場から退場させることにした。


「どうするの? 入る?」

「そうだな、せっかくだから入らせてもらうよ」


 扉を開けて両親を中へと送り込む。

 友達がインカムで「有村さんのご両親でーす」と伝えていた。

 わたしはやれやれというように大きく息を吐いた。


 

 出てきた両親にこれからどうするのかと聞くと、せっかくだからもう少し見て回るつもりだという。

 それならとわたしは二年一組を紹介した。あそこなら両親にも満足のいくものを紹介してくれるはずだ。

 続けざまの予想外のお客で疲れてしまった。

 わたしは気合を入れ直して受付を再開した。


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