第54話【9月28日その5】霧乃宮高校文化祭案内人派遣所


 わたしは二年七組の戦慄病棟をあとにして、二年生のクラス見物を再開した。

 本来の予定では二年五組で、早苗先輩出演のシャッフル劇を観る予定だったが、間に合わなくなってしまった。

 次の早苗先輩出演会までは他を見て回ることにする。


 そうやって二年二組まで見物して思ったことは、出し物の企画自体は一年生も二年生もそこまで差がないということだ。ただしクオリティに関して言えば二年生のほうが高い。同じ内容でも一捻りしてあるのだ。


 そして次は二年一組である。ここは結城先輩のクラスでデートボックスこと霧乃宮高校文化祭案内人派遣所をやっている。

 その教室前の廊下には結構な人が集まっていた。わたしもそこに加わる。

 教室の廊下側の曇りガラス窓はすべて取り外してあって、中の様子が見られるようになっていた。


 教室は窓側と廊下側の半分に区切られていて、その中央に一から五まで書かれたボックスがあった。

 結城先輩は試着室とたとえたが想像以上に立派で、ドアも付いており個室と呼んでも差し支えないものだ。大きさも十分である。

 現在はそのドアの二番と三番だけが閉まっている。


「さあ、残されたボックスはふたつだけ。今度こそサージャント吉田の出番はあるのでしょうか!? 子猫ちゃんたちも彼女に会いたいと願っています!」


 そうアナウンスしているのは燕尾服にバニーの耳をつけた女子だった。

 あれがオーガナイザー気質を持っている芹沢さんという人だろう。

 結城先輩は、適任だし本人もノリノリだと言っていたが、その気合の入った格好を見れば納得である。あれで下が網タイツだったら危ないお店だ。

 その彼女に子猫ちゃんと呼ばれたのは、お客さんの女の子三人組だ。中学生だと思われるが、ひょっとしたら小学校高学年かもしれない。

 女の子たちは「ヤダー」「そんなこと言ってなーい」「会いたくなーい」と抗議しつつも楽しそうに笑っている。


「彼女たちが選んだのは三番。それではいよいよ最後のオープンです!」


 芹沢さんの言葉にドラムロールが鳴る。

 女の子たちは両指を組み合わせてお願いのポーズだ。

 ドラムロールが鳴り続いて溜めに溜めたあと、シンバルの音といっしょにドアが開いた。

 三番のボックスから現れたのはモデルのように爽やかな男子生徒だ。

 女の子たちから歓声が上がる。

 そして二番のボックスから現れたその人を見て、わたしは固まってしまった。


 身長百八十五センチ、体重百二十キロとは聞いていたがもっと大きく見える。

 黄色いリボンの付いたおさげ髪は、まともに被る気のない完全なかつらである。

 セーラー服はディスカウントストアなどで買った安物ではなく特注品だろう、それでもわざとなのかサイズが合っていない。お腹の部分はボタンが止まらずに丸見えである。

 ミニスカートからのぞく脚は筋肉が盛り上がっていて、すね毛の処理などはしていないうえにガニ股だ。

 極めつけはメイクで、真っ赤なリップグロスは唇からはみ出しているし、ピンクのチークは塗りすぎ、まつエクは盛りすぎだ。

 その人――サージャント吉田さんのインパクトは、わたしの想像を遥かに超えていた。


「ちょっとー、いつになったら出番があるのよ。子猫ちゃんたちもそんな優男より、あたしのほうがいいわよねー?」


 女装のコスプレだからかオネエ言葉だった。

 女の子たちは綺麗に揃って「イヤ」と拒絶する。

 それを聞いて吉田さんはセーラー服の裾を噛んで悔しがっている。

 三番から出てきたモデルさんは、こんな人が霧高にいたのかというほど美形である。彼を見る女の子たちの目は完全にハート型だ。


「それじゃあどこに行こうか? リクエストはある?」

「どこでもいいでーす」


 また返事が綺麗に揃った。モデルさんはにっこり笑う。


「じゃあお化け屋敷を回ったあとにゲームをして、疲れたらどこかの喫茶室に入ろうか」

「はーい」


 そのあとはモデルさんと女の子たちの記念写真サービスだ。

 その最中に、クラスの出し物紹介用の撮影スタッフが同行しますと説明していたのだが、彼女たちの耳には入っていないようだった。

 これは結城先輩の説明にあった万が一のための保険だろう。


 モデルさんと女の子たちが立ち去ると次のお客さんの番だ。

 今度は小学生の賢そうな男の子とそのお父さんらしき組み合わせだった。

 芹沢さんがマイクを持って男の子と視線を合わせる。


「よく来てくれました。まずはお名前を聞かせてください」


 しかし男の子は躊躇している。

 芹沢さんは笑顔で首をかしげるようにして返事を待った。

 それで男の子がようやく口を開く。


「……知らない人に名前を教えたらいけないって」


 観衆から笑いと「たしかに」「えらい」という同意の声があがる。

 芹沢さんも一本取られたというように苦笑した。


「あー、これはお姉さんが悪かった。たしかにそのとおりだね。でも名前がわからないと君のことを呼べないから、下の名前だけでも教えてくれないかな?」

「……タケルです」

「タケルくんは何年生?」

「小学三年です」

「霧乃宮高校の文化祭にはどうして来たのかな?」


 そこでタケルくんは再び躊躇したが、芹沢さんを見てはっきりと答えた。


「ぼくも霧乃宮高校に入ろうと思っているから。お父さんもそうだったし」


 観衆から「おー」という声が上がる。

 この歳から志望校が決まっているとは凄い。


「タケルくんが霧高に入ってくれたらお姉さんも嬉しいなあ。そしてお父さん、卒業生なのですね?」


 芹沢さんに聞かれて、タケルくんのお父さんは頷いた。

 一見してお医者さんか法曹関係かなと思っていたのだが、霧高のOBだったのだ。タケルくんがしっかりしているのも納得である。

 するといきなり芹沢さんが直立不動になった。


「一同気をつけっ! 伝統を引き継いでくれた先輩に挨拶。ありがとうございます!」

「ありがとうございますっ!」


 二年一組の関係者だけでなく、観衆の生徒も芹沢さんに倣ったので、わたしも慌てて追随した。

 霧高では先輩に対するこんな慣習があるのかと思ったが、どうやら芹沢さんのアドリブらしい。お父さんも周囲のみんなも笑っている。

 タケルくんはお父さんがいきなりみんなに挨拶されたので目を丸くしていた。

 しかしみんなノリがいいし素晴らしい一体感だ。こういう場面に出会うと、世間の霧高のイメージは堅すぎるなあと思う。


「それでタケルくんは、どんなことを見物したいのかな?」

「えっと、外でやる予定の実験ショーは見たいです。あとはよくわからないので、ここに来ました」


 タケルくんのいう実験ショーというのは、野球グラウンドで行われる機械工作部と科学部の合同屋外ショーのことだろう。

 事前チェックをきちんと済ませているあたり、やっぱり優秀である。


「じゃあ普段から興味があることとか、趣味はなにかな?」


 芹沢さんの質問にタケルくんは恥ずかしそうに、それでも少し得意気に答えた。


「僕プログラミングが得意なんです」


 観衆から感嘆の声が上がった。

 わたしも同様の声を漏らしていた。文系であるわたしにとってプログラミングというのは完全に未知の世界だ。

 たしか来年度から小学校でもプログラミング授業が必修化されるそうだが、タケルくんはその先をいっている。


「プログラミングが得意とは凄い! スマホアプリも満足に使いこなせないわたしにとって、タケルくんは神様みたいなものです!」


 やっぱり芹沢さんも女子らしく、そちら方面は苦手らしい。


「そのタケルくんの運命の人は誰になるのか? それでは五人の案内人に登場してもらいましょう!」


 芹沢さんがマイクと反対の手を広げると、奥から五人の男女が現れた。もちろんサージャント吉田さんもいる。

 美人の女生徒さんがタケルくんに手を振ると、その隣の吉田さんも負けじと手を振ってアピールする。しかしタケルくんはそのどちらにも興味がないようだ。

 そして案内人とボックスを隠すようにカーテンが引かれた。厚手の生地で、床との接地面にも隙間がない。これだと向こうの様子はまったくわからない。

 カーテンが開くと、そこには一から五までのボックスだけがあった。


「それではタケルくん、番号を選んでください!」

「二番でお願いします」


 タケルくんは迷う様子もみせずに即断した。

 これには芹沢さんも驚いたようだ。


「タケルくん素晴らしい決断力ですね! 迷う様子がいっさいありません。なぜ二番を選んだのでしょう?」

「あの変な人がさっき入っていたのが二番だから。連続で同じ番号はないと思って」


 これにはスタッフ、観衆全員から「おおっ!」という声が上がった。

 わたしはこの企画のからくりを知っているから、何番を選んでも結果はいっしょだということがわかっている。

 しかし純粋にお客で来たとしたら、選ぶのにかなり迷ったはずだ。タケルくんには本当に感心させられる。


「タケルくん本当に凄い! 頭が良いだけでなく、駆け引きまで完璧です! 彼が入学してくれれば霧高も安泰でしょう。それではボックスオープンです!」


 まず五番の扉が開けられ、さっき手を振っていた美人さんが出てくる。

 次は四番でこちらも女生徒。眼鏡をかけた学級委員タイプの人だった。

 そして一番。先程の爽やかモデルさんとは系統は違うが、文句なしのイケメンさんである。

 残ったのは二番と三番だ。

 さすがのタケルくんも緊張した様子で見守っている。


「さあ運命の瞬間。二番のボックスに入っているのはどちらか? いざオープンです!」


 ドラムロールが鳴りやんで扉が開いた。

 二番から出てきたのは眼鏡をかけた理系タイプの男子生徒だった。

 わかっていても思わず安堵の息を吐いた。観衆からも拍手がおきている。

 タケルくんもお父さんを見上げてほっとしたように笑っている。

 ひとり不満そうなのは吉田さんだ。


「キーッ! なんでタケルは嬉しそうなのよ! 毎日カエルの解剖をしていそうなそんなネクラ男より、あたしのほうがいいでしょ!?」


 そんな吉田さんにタケルくんは冷ややかな目を向けて言い放つ。


「初対面で呼び捨てにするような人は嫌いです」


 この切り返しには観衆も大喝采だ。本当に賢い少年だと思う。

 吉田さんはすがるようなポーズで倒れていた。その格好だとスカートの中が丸見えで目のやり場に困る。さすがに女性用下着ではなくボクサーパンツだけれど。

 案内人の理系さんはタケルくん親子に丁寧に挨拶をしたあと、タケルくんと視線を合わせた。


「プログラムが得意だそうだけど、そんなタケルくんにお薦めの企画があるんだ。コンピューター研究会は公式には自作ゲームの展示しかやっていない。だけど裏の企画としてCTF(キャプチャー・ザ・フラッグ)をやっている。君ならこれが何のことかわかるよね?」


 近くにいたわたしにもその会話は聞こえていたが、CTFがわからない。

 しかしタケルくんは興奮したように頬を紅潮させ目を輝かせる。


「知ってる! ハッキング大会だよね!?」


 ハッキングというとコンピューターに不正アクセスするあれのことだろうか?

 なんとも不穏である。しかし理系さんは満足そうに頷いた。


「そのとおり。だけど頭の堅い大人や、コンピューターに弱い連中はハッカーとクラッカーの違いもわからない。だから霧高祭でも表向きはCTFはやっていない、あくまでも裏企画なんだ。

 でもハッカーはセキュリティ技術の向上のためにも現代では必須の職業だ。将来性もあるし国産ハッカーの需要も高い。コンピ研がCTFをやるのも当然だね。

 どうだい、興味はあるかな?」


「うん!」


 タケルくんは元気よく返事をする。

 逆にわたしはうつむいてしまった。恥ずかしいことにハッカー = 悪と決めつけてしまった。反省しなくてはならない。


「でも僕、CTFのルールやハッキングのやりかたなんて何もわからないや。どうしよう……」


 急に不安になったらしいタケルくんの肩に、理系さんが手を置いた。


「大丈夫。参加人数は一チーム三人まで認められているんだ、お父さんと僕も加わるよ。もちろん僕たちはフォロー役だ、基本的に口は出さない。メインはタケルくんだけどそれでいいかな?」


「もちろん!」


 タケルくんは再び元気に返事をした。

 その後の記念撮影のあいだも、タケルくんは早く出発したいらしく催促をしていた。なんとも微笑ましい。

 さすがは結城先輩発案である。裏企画のデートボックスにばかり気を取られていたが、表企画の案内人派遣所のほうも良企画だと感じた。

 タケルくん親子と理系さんが教室を出るのに合わせて、わたしも二年一組をあとにした。


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