第53話【9月28日その4】戦慄病棟で芽生える友情


 わたしは二年生の教室が並ぶ、二階の廊下を歩いていく。

 二年八組は自主制作映画で、今は上映中だったのでそのまま通り過ぎた。

 そして二年七組は『戦慄病棟』というお化け屋敷だった。

 そういえば外の呼び込みで聞いた覚えがある。冗談抜きで怖いとアピールしていたが、その効果なのかすでに入場待ちがいた。

 わたしが立ち止まっている間にも女子五人組が並んで「怖いらしいよ」「楽しみ」と話している。早くも噂になっているらしい。

 するといきなり教室の中から廊下にまで響く絶叫が聞こえてきた。

 歩いていた人もびっくりして足を止めている。


 しばらくすると前の扉からクラスTシャツを着た女子二人が出てきた。

 どちらも顔が上気していて息を切らせている。興奮した様子で「怖かったあ」と言いながら、それでも満足そうに笑い合っていた。

 それを見て受付の人が後ろの扉から次のお客を入場させた。こちらは中学生らしい私服の女の子二人組である。

 どうやら前のお客が中にいる間は、次は入れない方式をとっているらしい。

 だとすると入場待ちがいてもそれほど人気があるわけではないのかなと思う。しかしあの悲鳴は本物だった。

 わたしがそんなことを考えていると肩を叩かれた。


「有村さんも敵情視察?」


 振り返るとクラスメイトの一ノ瀬さんだった。

 ちょっときつめの顔だが美人さんである。勉強も運動もできるし、クラスの旗振り役的存在だ。つまりわたしとは接点があまりない。実際にほとんど会話をしたことがなかった。

 ちなみに今回のクラスの出し物、ケルト風お化け屋敷を考案したのも彼女である。

 しかし敵情視察とは仰々しい。やはり企画者の一ノ瀬さんとしては、ライバルであるお化け屋敷は気になるのであろう。

 わたしは首を振った。


「ううん、通りがかったら並んでいる人がいるし悲鳴が聞こえたから。あと外の呼び込みで、怖いの苦手な人はお断りみたいなことを言ってたから気になって」


「ああ、有村さんもあれ聞いたんだ。わたしはうちの呼び込みから連絡があって知ったのよね。自分たちでハードル上げるなんて大した自信じゃないと思って、わざわざ見にきたの」


 そういえば一ノ瀬さんはお化け役でもある。わざわざ着替えて、メイクも落として来たわけだ。

 今はわたしも着ているクラスTシャツに体育用のハーフパンツという、早苗先輩もしていた軽装だ。スラリと伸びた脚が綺麗で羨ましい。

 そんなことを思っていると中から悲鳴が聞こえた。しばらくして先程の中学生たちが出てきたのだが、ひとりの子は泣いている。

 それを友達と中からいっしょに出てきた二年七組の女生徒があやしている。

 そこまで怖いのだろうか。思わず一ノ瀬さんと顔を見合わせた。

 次は五人組女子の順番だが一度に入れるのは三人までということらしく、まずは二人が中に入っていった。

 それを見送って一ノ瀬さんがこちらを向いた。


「有村さんはこれから何か予定があるの?」


「えっと、二年五組で先輩がやっている劇があるからそれを見て、その後は部活のほうに顔を出す予定。もちろん、受付の時間にはちゃんと戻るから」


「そっか、有村さんは受付だっけ。先輩の劇は見ないとだよね……」


 彼女が何を考えていたかわからないほど、察しが悪いわけではなかった。

 ちょっと意外だった。もっと強引な人だと思っていたのだ。ここは、こちらが歩み寄るべきだろう。


「大丈夫。先輩の劇は短い時間のを何度も公演するやつだから、あとでも見られるよ。わたしもひとりで入るのは怖いけど、一ノ瀬さんがいっしょだったら心強いし」


 一ノ瀬さんは驚いた顔を見せたがすぐに笑顔になって「ありがとう」とお礼まで言ってきた。

 そんな素直な対応をされるとは思わなかった。彼女のイメージを修正する必要がありそうだ。

 わたしと一ノ瀬さんが列に並ぶと、その後に続々と人がきて、あっという間に十人ほどが並んだ。良いタイミングだった。


 絶叫が聞こえたあと先程の二人が出てくる。順番待ちの友達三人を「ホント怖い」「ヤバイよ」と脅している。

 その三人も出てきたあとは怖かったを連発していた。

 いよいよわたしたちの順番である。

 わたしと一ノ瀬さんは頷き合うと中に入った。


 教室の中は暗幕で光が入らないようにしてあって暗い。

 それでも歩くには問題はないし周囲の様子もわかる。ベニヤ板に病院の廊下のような絵が描かれてあり、二人が並んで歩けるほどの通路が作られていた。

 意外とシンプルというか殺風景だなと思った。

 わたしと一ノ瀬さんはゆっくりと進み始める。


 教室の中を折り返すように通路は作られていた。

 どこに仕掛けがあるか、どこからお化け役が飛び出してくるかと警戒していたのだが一向にその気配がない。拍子抜けしてしまった。

 そのまま教室の半分ぐらいは進んだかなと思った時、何かが聞こえたような気がして足を止めた。


 最初は気のせいかと思ったのだが、やっぱり聞こえる。どうやら今通ってきた背後の通路かららしい。

 足音のようだが、何かを引き摺るような音が混ざっている。

 一ノ瀬さんと肩を寄せるようにして、少し足を速めて進みだした。


 そのあとも背後からの足音は、わたしたちを追いかけるように聞こえてきた。しかしその他には何事もなく、ゴールと思われる場所に着いてしまった。

 そこは今までのような通路ではなく、病室のようになっていて広い。どうやって運び入れたのかベッドまである。しかしそこは学園祭の出し物、病室と呼ぶにはクオリティ不足で、あえていうなら保健室という感じだ。

 問題はそこに出口がなかったのだ。


「途中で分かれ道なんてあった?」

「なかったと思う」


 一ノ瀬さんの疑問にわたしが答える。

 いくら暗く迷路のようにしても所詮は教室だ。どのあたりにいるかぐらいはわかる。現在地は前の扉付近だから、やはりここがゴールだと思う。

 その間にも足音は徐々に近づいてきた。

 その音がいよいよ大きくなったと思うと、曲がり角から何者かが姿を見せた。


 ボロボロの患者衣を着たそれは、いわゆるゾンビだった。

 顔のクオリティが高いのはメイクではなくマスクを被っているのだろう。

 右手が何かをつかんで引き摺っている。

 最初は同じ格好のゾンビかなと思ったのだが、よく見ると医者だった。

 医療ミスでゾンビになった者の復讐劇なのかなと、わたしは文芸部らしくストーリーを補完する。

 もっともその間にもゾンビは近づいてくるので、わたしと一ノ瀬さんは後退するしかなく。壁に追い詰められてしまった。


 わたしたちまで二メートルというところでゾンビは立ち止まる。

 ここで最後の仕掛けがあるのだろう。わたしは身構えた。

 案の定、ベッドの下と薬品棚の後ろから追加のゾンビが現れた。さらに引き摺られていた医者姿のゾンビも立ち上がる。

 しばらくフラフラと揺れていた四体のゾンビだったが、それがいっせいにわたしたちの方へと襲い掛かってきた。

 よし、これなら想定内だ。

 そう思った瞬間――背後から足首を思い切りつかまれた。


「きゃあああああああああ――――――――――――――!!!!!!」


 さすがの不意打ちに叫び声をあげそうになったわたしだが、出かかった声が途中で止まってしまった。

 わたしより先に一ノ瀬さんが絶叫していたのだ。


「やだやだやだやだ、ごめんなさいごめんなさい。怖い怖い怖い、もうイヤ!」


 言うなり一ノ瀬さんはわたしにしがみつく。

 あれ? 夏休みにも似たようなことがあった気がする。

 わたしは一ノ瀬さんの頭を抱きながら、目の前でパフォーマンスするゾンビたちを見ていた。

 自分より怖がっている人がいると冷静になってしまうのはなぜだろう?

 ゾンビさんとマスク越しに目が合って、思わず会釈してしまった。交代制ではあるだろうが、毎回これをやるのは大変だと思う。


 わたしに挨拶をされたからではないだろうがゾンビさんたちが引きあげていく。

 つかまれていた足首も開放された。同時に後ろのベニヤ壁の一部が開いて、そこから女子生徒がふたり顔を見せた。


「おつかれさまでしたー。楽しんでもらえたかな? ちなみに足をつかんでいたのはわたしたちで、男子じゃないから安心してね」


 なるほど。アフターケアもばっちりである。


「口コミは大歓迎だけど、最後のネタバレはなしでお願いね」


 彼女たちに見送られて、わたしたちは前の扉から廊下へと出た。

 暗さに慣れた目には外が眩しい。

 待機の列を見ると先程よりもさらに増えている。わたしたちの――正確には一ノ瀬さんの悲鳴も、さらなる客寄せとなったのだろう。

 その一ノ瀬さんはまだ小さく震えている。

 早苗先輩で学んだが、怖いものが好きな人は同時に苦手でもあるらしい。


「大丈夫?」


 わたしが背中をさすってあげていると、ようやく落ち着いてきたようだ。


「ありがとう。有村さん怖いの平気なのね。まったく動じていなかったでしょう? 凄いわ、尊敬する」


 いや、十分怖かったし動じていた。一ノ瀬さんがそれ以上だっただけである。


「それにしても――」


 一ノ瀬さんは悔しそうに爪を噛んだ。


「考えてあるわね。ずっと何もないように思わせておいて最後で畳みかけてくるなんて。入場が一組ずつというのも待機列ができて繁盛しているように見えるし、待っている間にあの絶叫を聞けば、いやがうえにも期待も不安も高まるもの」


 やはり企画発案者としては色々と比べてしまうらしい。


「仕方ないよ、二年生は去年の経験を活かせるんだし。でもうちのクラスだってポップなハロウィンを予想して入った人にはギャップがあって怖いと思う。

 それと今からでも入場制限はできるんじゃないかな? すいてる時は一組ずつにして、混んでる時は複数入れるっていうように柔軟に対応するとか。

 ここって待ち時間は長いから、そこはあきらかなマイナスだと思うし」


 わたしがそう言うと一ノ瀬さんは不思議な物を見るような表情をした。何か変なことを言ってしまっただろうか。


「うん、たしかにそうね。戻ったら相談してみる。……有村さんって準備の時に興味なさそうだったから、企画に反対だと思ってた。ちゃんと考えてくれてるのね」


 今度はわたしが驚いて一ノ瀬さんを見つめてしまった。

 わたしが準備の段階でまったく企画に関わろうとしていなかったことを、彼女は知っていたのだ。

 先程は一ノ瀬さんが素直にお礼を言った。ならば今度はわたしがちゃんと謝るべきだろう。


「ごめんなさい。実はわたし、企画の頃は部活のことで頭がいっぱいだったの。それが落ち着いたあともなんとなく後ろめたくて手伝いもほとんどしなかった。本当にごめんなさい」


 わたしは深々と頭を下げた。本来ならクラスのみんなに向かって頭を下げるべきだろう。

 一ノ瀬さんがわたしの手を握ったので、わたしは顔を上げた。


「気にしなくていいって、誰にだって優先順位はあるもの。有村さん以外にだって部活を優先した人はいっぱいいるし。

 クラスのほうは、クラスを優先できる人がやればいいのよ。でしょ?」


 なんとも寛大な意見だと思う。

 わたしは小さな声で「ありがとう」と返すことしかできなかった。


「それで有村さんの部活ってなに? 今ここにいるとしたら発表は午後?」

「ううん、わたしは文芸部。だから発表とかはないの。代わりに文集を売ってる」

「……文芸部。文集ってことは何か寄稿しているの?」

「うん。小説を載せてる」


 一ノ瀬さんは驚いたような、感嘆したような声を漏らした。


「有村さんの書いた小説かあ。それは興味があるなあ。どこで売ってるの? あとで買いに行くから」

「図書室前の廊下で売ってるけど、わざわざ買わなくても図書室に寄贈されるよ」


 結城先輩から、友達へ義理での購入はさせないように言われていた。

 しかし一ノ瀬さんは朗らかに笑い飛ばす。


「じっくり読みたいんだから買わせてよ。それじゃあわたしは一旦クラスに戻るけど、あとで買いに行くね」


 わたしはそれに頷いて手を振った。

 しかし一ノ瀬さんは三歩ほど進んですぐに引き返してきた。そして両手で再びわたしの手を握る。

 何事かと思っていると、彼女は真剣な表情でわたしを見た。


「あとさ……。わたしが怖がったのってみんなには黙っててくれない?」


 わたしは思わず笑いそうになって、なんとかそれを堪えた。


「わかった。誰にも言わない」


 一ノ瀬さんは照れたようにお礼を言うと、そのまま人混みの中に消えて行った。

 たしかに怖がる姿は彼女の颯爽としたイメージには合わないだろう。そのギャップも可愛いとわたしは思うけれど。

 旗振り役もなかなか大変らしい。

 わたしはほっこりした気持ちになって文化祭見物を再開した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます