第51話【9月28日その2】精鋭揃いの文実委員


 開場と同時に来場者が進み始め、アーチのところで文化祭実行員が配るパンフレットを受け取っていた。

 その横では吹奏楽部が歓迎の演奏をしている。曲はビートルズの『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』だ。

 プラカードを持った呼び込みもいっせいにアピールを開始する。

 いよいよ文化祭が始まったのだ。


 わたしは人波に巻き込まれないうちにその場を離れると、校舎には戻らずに校庭へと向かった。

 せっかく外に出たのだから色々と見て回ろうと思ったのだ。

 野球グラウンドには所々に人が固まっていた。


 マウンド付近にいるのは野球部の人たちらしい。

 ホームベースのところには九つに区切られた的がある。ストラックアウトと

呼ばれるコントロールを競うゲームだろう。

 まだお客さんは来ていないから、所在なげにキャッチボールをしていた。


 外野のレフト付近にも人が集まっていた。

 地面にラインパウダーで〇と×が書かれているし、脇にはステージが作られて早押し台があることからクイズ研究会だとわかる。

 霧高のクイズ研究会は歴史もあるし強い。テレビの高校生クイズにも県代表として何度も出場している。


「クイズ研究会主催クイズトライアル午前の部受付中。参加希望者はこちらまでお願いしまーす」

 

 クイズ研部員の誘導に早くも参加者が集まっている。

 わたしと同世代ぐらいだが私服の人が多い、ということは霧高生ではない。しかし観察しているとクイズ研の人たちと親しそうに会話していた。

 どうやら交流のある他校のクイズ研究会の人たちらしかった。

 霧高のクイズ研が主催だから当然その部員は参加しない。結城先輩なら優勝できるのではと密かに考えていたのだが、さすがに他校の本職が相手だと先輩でも分が悪いだろう。そもそも結城先輩が出場するとは思えないが。


 ライト方向にも人が集まっていたが、そちらは遠くてよく見えない。

 わたしは事前に配られたパンフレットを取り出した。

 それによると機械工作部と科学部の合同屋外ショーらしい。演目にはペットボトルロケット、ドラム缶潰し、手作りドローン、液体窒素などが並ぶ。

 ちょっと見てみたいが開始にはまだまだ時間があるので諦めた。


 セカンドベース後方のグラウンドの中心にはブルーシートに覆われた櫓があった。

 これは後夜祭のファイアーストームで使うものだ。シートが掛かっているのは、念のための雨対策だろう。

 ここまで来たのだからと、わたしは陸上トラックへも足を延ばすことにした。


 霧乃宮高校には野球グラウンドの他に四百メートルトラックがある。他にもテニスコートが六面あるし、ハンドボールコートもあった。

 いちおう県庁所在地ではあるし街外れということもないのだが、前身の旧制中学校は明治に創立という歴史がある。その敷地は広大だ。

 もっともそのせいで移動距離も長いのだが。



 陸上トラックは野球グラウンドに比べても人がいなかった。

 少なくとも来場者らしき姿はまだ見えない。

 トラックの中のサッカーゴール付近にいるのは当然サッカー部員だろう。来場者とPK対決のゲームでもすると思われる。


 となるとトラックのストレートゾーンで入念にストレッチをしているのは陸上部だが、こちらはなにをするのだろうか?

 近づいてみるといきなり声をかけられた。


「お客さん第一号いらっしゃい! 百メートル競争で部員に勝ったら豪華景品。もちろんハンデ付きだよ。やっていかない?」


 冗談ではない。わたしは慌てて首を振った。

 太腿の発達した男子部員が爽やかな笑顔を浮かべて迫ってくる。


「基本ハンデ十メートルに女性ハンデ十メートル、服装ハンデが靴とスカートで合わせて十メートル。最初のお客さんだから特別に年齢ハンデの十メートルもつけよう。合計四十メートルハンデの大サービスだよ!」


 いやいやいや、それでも無理だ。

 自慢じゃないが足の遅さには自信がある。去年のスポーツテストの五十メートル走では九秒半ばだった。プラス十メートルと服装を考えると十二秒はかかるだろう。

 最近は日本人アスリートでも百メートルで十秒を切る選手が出てきている。高校生でも陸上部員なら十一秒台で走るのではないだろうか?

 勝てるわけがなかった。

 いや問題はそこではない。

 なぜ文化祭でわざわざ苦手な徒競走をしなくてはいけないのだ。

 わたしは激しく手を振って後ずさった。


「やっぱり同性相手じゃないと燃えない? 女子はまだ着替えてるんだよね、急いで呼んでくるからちょっと待っててくれるかな」


 わたしはそれを断ると、逃げるようにその場を去った。



 危ないところだった。校舎の側まで戻ってようやく息をつく。

 正門から校舎へと続く道は来場者でいっぱいだった。各団体の呼び込みも喧噪に負けないように、必死に声を張り上げている。


「事務棟四階、第二パソコン室にてe-Sports同好会活動中。格闘、FPS、MOBA、カード、各種ゲームの挑戦受けます。腕に自信のあるかた是非」


「格技場で競技かるた部活動してまーす! 今日はいつもの教室と違って格技場なので間違えないでくださいね。対戦者熱烈歓迎! 初心者講習もありますよー」


「有志企画、霧高逃走中。ハンターから無事に一時間逃げきることができたら豪華景品。ただいま第一ピリオド受付中。残り三名!」


「第二会議室でアニメ同好会による京アニ応援展示をやってます。ハルヒ、らき☆すた、けいおん!、Free!、ヴァイオレット・エヴァーガーデン、他全作品。いっしょに語り合いましょう!」


「流しタピオカいかがっすかー」


「将棋部、教室棟一階空き教室でガチ対局及び指導対局やっています。十時二十分からは第二体育館にて早指し一分切れ負けの対局もやります。こちらは新入生歓迎会部活動紹介でのリベンジマッチとなります!」


「二年七組戦慄病棟。冗談抜きに怖いので耐性のあるかたのみでお願いしまーす」


「地学講義室で有志による全ガンダムランキングやってます。国営放送なんかには負けません! 君は刻の涙を見る!」


 クラスや部活だけでなく、同好会や有志の企画が多いというのも本当らしい。

 公式ではとりあげられないものも多いから、結城先輩のクラスの『霧乃宮高校文化祭案内人派遣所』のような企画も成立するわけだ。

 わたしは昇降口から校舎に入った。こちらにもまだそれほど多くはないが来場者の姿が見られるようになっていた。


 渡り廊下を歩いていると中庭のほうから綺麗なハーモニーが聴こえてくる。

 この曲は知っている。絢香×コブクロの『WINDING ROAD』だ。アカペラの定番曲で、上手い人がよく歌っているイメージがある。

 見ると揃いのTシャツを着た男女五人組が歌っていた。

 わたしの他にも足を止めている人が多くいる。二階や三階の窓からも聴衆が顔を覗かせていた。


 歌い終わると周囲から拍手がおこった。わたしもいっしょになって手を叩く。

 思わず聞き入るほどの上手さだった。

 男女五人は礼をすると手を振ってそれにこたえる。


「ありがとうございます、アカペラ同好会でした。一時からは第二体育館の午後の部トップバッターで歌います。よかったら聴きにきてください」


 なるほどアカペラ同好会なのだ。たしかにTシャツにもそう書いてある。

 聴衆が解散していき、わたしも歩き出そうとして足を止めた。

 アカペラ同好会の人たちに近づいていく女子生徒がいる。その腕には腕章。文化祭実行委員だ。


「中庭でのパフォーマンスは禁止されています。初回ですから警告だけで済ませますが、次からは生徒会へ報告をあげます。よろしいですね?」


 アカペラ同好会の人たちは素直に頭を下げて謝る。

 文実委員さんもそれ以上は追及しなかった。

 杓子定規な取り締まりのようだがそうではないだろう。この文実委員さんは、わたしが足を止めた時にはすでにいた。

 つまり歌の途中でやめさせることもできたのだ。それを最後まで歌わせ、宣伝までさせてあげている。温情のある臨機応変な対応だと思う。


 ちなみに文化祭実行委員――通称『文実』は委員会としては圧倒的な人気があるそうだ。

 文化祭という一大イベントに運営として携わるということは、一度経験してみると病みつきになるほどの魅力があるらしい。

 そのため他の常設委員会に入っている生徒でも、助っ人として手伝う人がいるそうだ。必然的に意識が高い優秀な人材が集まる。

 もっとも文実は仕事量が多すぎると、楽な選挙管理委員を選んだ結城先輩みたいな人もいるのだが。


 わたしは教室棟に向かおうとした足を方向転換させた。

 アカペラ同好会が話題にした、体育館も見ておこうと思ったのだ。

 霧乃宮高校には体育館がふたつある。

 第一体育館はバスケットコート三面分の大きさで、二階には卓球場もあった。

 第二体育館はその三分の二の大きさだ。校舎からも少し離れた場所にある。


 今日の文化祭では第一体育館はメイン会場となって、ステージ発表が行われている。

 文化祭の花形である演劇部、合唱部、吹奏楽部、創作ダンス部の他に、弁論部と英語部の発表もある。

 年齢が高い来場者は、この第一体育館のステージ発表が目当てという人が多い。学校側としても霧高らしさを安心して紹介できる内容だ。


 逆に第二体育館は若者向けである。霧高生の人気もこちらが高い。

 午前の最後には男装女装コンテストが、午後の最後は軽音楽部のライブがある。

 以前はミス、ミスターコンテストだったのが、数年前に男装女装コンテストに変更されたらしい。これも時代の流れだろう。

 それ以外は申込み制だ。

 各団体や個人で発表したい演目を文実に申請する。これは毎年抽選になるほどの申込みがあるそうだ。

 文実は事前にそれらをチェックして、あきらかに内容や練度に問題があるものには辞退してもらってから厳正な抽選を行う。

 したがって一定の質は保証されているらしい。

 午前は主に演芸とパフォーマンス、午後は歌や演奏だ。先程のアカペラ同好会さんはその午後の部の最初というわけだ。

 聴きに行きたかったが受付当番とちょうどかち合う。残念だ。



 第一体育館の前には来場者はほとんどいなかった。

 すでに最初の演目である創作ダンス部のステージが始まっているからだろう。基本的に演目の途中での出入りはできない。

 扉の前にはインカムを付けた文実委員が入場規制のために立っていた。

 これはわかっていたことだ。わたしはそのまま開放廊下を歩いて第二体育館へと向かった。


 しかしこちらの扉前にも文実委員がいた。第二体育館の演目は第一に比べるとひとつひとつが短い、それほど待つことなく入れるとは思うのだが。

 わたしはパンフレットで今なにをやっているのか調べようとした。

 するといかにも体育会系という、いかつい文実委員さんが声をかけてきた。

 

「今は三年男子の二人組が漫才をやっているよ、コンビ名はポチョムキン。受験生なのに余裕だね。あ、今の皮肉じゃなくて純粋な誉め言葉だから。

 次は落語同好会で演目は『芝浜』、また渋くて難しいのを選んだなあ。そもそもあれってちゃんとやったら長いよね。どこを削って持ち時間に納めるつもりかな?」


 そう聞かれても答えようがない。

 ちなみに霧高生はみんな博識だ。見た目が体育会系だからといって油断してはいけない。落語や歌舞伎に造詣が深くてもなんら不思議ではないのだ。


「おっと、ごめん。静かにだったら入ってもいいよ」


 気さくな文実委員さんはそう言って扉に手を掛けた。どうやら入れてもらえるらしい。ここらへんの融通が利くのは第二体育館だからだろうか。いや、第一でも言えば入れてくれたのかもしれない。

 それはともかくどうしようか?

 今から入っても漫才は途中からだし、次の落語は長いらしい。

 わたしは丁寧にお礼を言って辞退した。


 愛想よく手を振って見送ってくれる文実委員さんにもう一度お辞儀して、わたしは第二体育館をあとにした。

 あの人は中でやっている演者と演目を完璧に把握していた。なるほど、たしかに文実には情熱と責任感のある人が集まっているらしい。


 わたしは文集制作でこの文化祭に誰よりも真剣に臨んだという思いがあったが、それを反省しなくてはいけない。

 裏方の文実委員の人たちだって真剣なのだ。もちろんステージ発表をしている生徒だってそうだろう。

 どうも最近、自分が調子に乗っていると思う。

 誰も見ていないことを確認してから両頬を叩いた。

 よし、気合を入れ直して文化祭見物を再開しよう。


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