第14話【5月7日その3】伝わることがこんなにも
先輩たちの作品の合評が終わり、次はいよいよわたしたちの番だった。
「じゃあまずは亜子の作品からいくね」
早苗先輩が亜子ちゃんの作品を手に取ったのでほっとした。でもすぐに思い直す。嫌なことはさっさと終わらせるに限る。これはわたしの数少ない信条だった。歯医者や注射は早めに済ませたほうがいいのだ。
「よく書けてるよ、亜子らしい小説だと思った。主人公の女の子を見守る感じが伝わってくるんだよね。物語全体に温かで優しい雰囲気があるっていうのかな。
ただちょっと気になるのは話のスピードがゆっくり過ぎるかなあ。これ字数が足りなくて尻切れになったんじゃない?」
亜子ちゃんは小さな体をさらに縮めるようにして顔を赤らめていた。
「すみません。実はそうなんです。最初に書いたのは一万字を越えちゃって、そこからいろいろ削ったりしたのですが結局うまくまとめられなくて……」
「あはは、わかるわかる。四千字なんてあっという間でしょ。読書感想文だと原稿用紙十枚なんて絶対無理って思うけど、小説だといくらでも書けちゃうんだよね」
これはわたしもそうだった。書く前はそんなに書けるのかと思っていたのだが、実際にはあっという間に規定の字数を満たしてしまった。
「最初だから仕方ないよ。字数を増やすことより減らすことのほうが難しいってわかっただけでも収穫だって。結城はどう思った?」
結城先輩が亜子ちゃんを見た。
「鈴木と被るけど文章が丁寧で精緻に書かれているのが素晴らしいと思う。これは最近の小説全般にいえることだし、今回の読み合いの北条さん以外三人の作品もそうなんだけど会話で物語を進めていくことが多い。その方が簡単だしテンポがよくなるんだ。でもそれは地の文が書けていないともいえる。
この傾向は漫画やゲームの影響が大きくて、SNSでの短文のやりとりが拍車をかけたんだろうな。
たしかに北条さんの作品は展開がゆっくりだけどそれは長所だよ。地の文で話を進めるっていうのは難しいことなんだ。それができるのは才能だから今のままでいいと俺は思う」
「ありがとうございます」
亜子ちゃんは先程よりも顔を赤くしてお辞儀をした。
わたしが批評する番になったが、言いたかったことはまたもや先輩たちに言われてしまっている。それでもなんとか自分の意見を述べた。これって実は順番が先の方がよいのでは?
気づいたのは亜子ちゃんの作品に対する批評は当たりが柔らかだったことだ。やはり先輩たちは気を使っているのだろう。お互いの作品を批評している時のような鋭さはない。
わたしの作品もお手柔らかにお願いします。心の中でそう祈った。
「それじゃあ最後は瑞希の作品だね。今度は亜子からいってみる?」
いきなり早苗先輩が変化球を投げてきた。さっき順番が先の方がよいのではと思ったのを見透かされたようだった。
亜子ちゃんが頷いて感想を口にする。その次に早苗先輩が批評を述べた。二人とも好意的で高い評価をくれた。そのことに逆に不安になって聞いてみる。
「でもこれって『
「まったく問題ないでしょ。改元は転換点だと思うし、そもそも結城がこのお題を出したのも改元をヒントにしたんだし」
早苗先輩はそう言ってくれるが、みんなの作品はもっと直接的な事柄が転換点となって物語が進んでいる。
わたしの小説の場合は間接的だ。改元というのはあくまでも話の下地にすぎないので、そこが気になっていたのだ。
「それともうひとつ、これはいいのかなと思っていることがあるのですが」
「なに?」
「男の子と時代を越えて話ができた理由についての説明がまったくないんですが、それはいいのでしょうか?」
これについては結城先輩が答えてくれた。
「気にすることないよ。フィクションはひとつだけならどんな嘘をついても構わないと思っていい。いわゆる世界観っていうやつだ。ただしその世界観に反する嘘をついたり、矛盾するようなことは絶対にしてはいけない」
いまひとつ腑に落ちないわたしに先輩は説明を加えてくれる。
「たとえば
本来はそういうことをしてはいけないんだけど、物語の整合性よりも口あたりの良いストーリーを優先して平気で世界観を無視する作品も多い」
「そういうのあるよねー」
早苗先輩が腕を組みながらうんうんと頷いた。
「数年前にブームになった男女が入れ替わるアニメ映画があったじゃない。あれって話の重要なポイントに主人公たちが気がつかないのよ。現代に生きている人間がそんな明白なことに気がつかないわけがないだろうってSFマニアから総スカン食らったんだよね。おまえたちは原始人かよって」
「あれはたしかにご都合主義だったな。あの映画でいうなら男女の入れ替わりに文句をつけるのはナンセンスだけど、鈴木が指摘したところなんかは世界観を無視しているといえる。
有村さんの作品でいうと『時代を越えて会話ができる』ということが物語の核となる世界観なんだから、そのことについて合理的な説明をする必要はないよ」
「ありがとうございます。よくわかりました」
わたしはお辞儀をした。自分が気にしていたことはフィクションの世界では問題ではないらしい。一安心と思ったら、もっとも恐れていた時間を迎えることになった。
「それじゃあ最後は結城の番ね」
わたしは緊張に身を竦ませた。
「わかった。俺が今回の四作品の中で一番良いと思ったのが有村さんの『時代を超えた邂逅』だな」
わたしは自分の耳を疑った。
一番良かった? 一番悪かったではなく?
「人や物に愛情や愛着を持つのは普通のことだと思う。でもこの小説を読んで時間という形のないものにも愛着はわくんだと気づかされた。
平成という語感を馬鹿にされた時に主人公が思わず怒鳴る場面や、平成がどんな時代と聞かれて答えるところなんか本当に良いと思う。主人公が平成という時代に愛着を持っているということに素直に共感できたんだ。素晴らしい小説だよ」
わたしは言葉を口にできず、ただ呆然と結城先輩を見つめていた。
結城先輩が言ってくれたことは、わたしがこの小説でもっとも書きたかったこと、伝えたかったことだ。
それが結城先輩にたしかに伝わっている。そして共感してくれている。そのことがとても嬉しかった。たまらなく嬉しかった。
気がつくとわたしは涙を流していた。
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