第11話【5月6日】『時代を超えた邂逅』


  『時代を超えた邂逅』                有村瑞希


 最初その声が何処から聞こえてきたのか分からなかった。

 すごく遠くのような気もしたし、耳のすぐそばで聞こえた気もした。

 わたしは辺りを見回す。しかし周囲に人影はない。自分の勘違いだと思ってわたしは再び手を合わせた。

 わたしが今いるのは家の近所の神社である。一応、手水屋や社務所もある大きさの神社だったが観光名所になるような有名な所ではない。初詣には家族と一緒に毎年ここを訪れているが、その他の時期に来たことはなかった。

 それなのに今日、わたしはここを訪ねてきている。これは単なる偶然というか気まぐれだった。

 長いゴールデンウィークなのにわたしのうちでは特に旅行の予定もない。わたしは今年高校に入学したので、休みの日に何処かへ出掛けるような友達もまだいなかった。かといって中学の時の友達に連絡を取るのも気が引ける。

 暇となまった体を持て余したわたしは散歩に出掛けることにしたのだ。そして近所をぶらぶらと歩いているうちにこの神社へとやってきた。せっかく来たのだからお参りをしていこうと賽銭箱の前へとやってきた。五円玉があればよかったのだけれど財布の中にはなかったので十円玉を投げ入れる。鈴を鳴らして柏手を打った。そこで何をお祈りしようと迷う。

 今日は令和初日だった。となるとやっぱり令和が平和な時代になりますようにかなと思って、手を合わせて目をつぶったところで声が聞こえたのだ。

 しかしその声の主の姿は見あたらなかった。変なのと思いつつ再び目を閉じたところでまたその声が聞こえた。

 わたしは目を開けて先程よりもしっかりと辺りを見回す。しかし何処にも人影は見当たらない。しゃがんで拝殿の床下を覗いてみたりもしたが猫の子一匹いなかった。

 こうなると少し薄気味悪い。これが夜だったら逃げ出すところだったが、まだ夕方にも少し早いといった時刻だ。恐怖よりも好奇心のほうが勝った。

 声はお祈りしようと目を閉じてると聞こえてくる。さっきまではびっくりしてしまって目を開けていたが今度はそのままでいようと思って、手を合わせて目を閉じた。

 するとやはり声が聞こえてくる。今度は目を開けずにその声に耳をすませた。若い男性の声だった。どうやら真剣にお祈りしているようだ。具体的内容はよく聞き取れなかったが、わたしのように令和が平和でありますようにというような抽象的なことではないようだ。

 わたしはそこでふと悪戯心に火がついて声をかけてみた。

「どなたですか?」

 すると真剣にお祈りをしていた声がぴたりと止まった。まるでわたしの声が聞こえたみたいだった。

 声の主はしばらく息を潜めて辺りを窺っているような気配がした。しかし気のせいだと思ったのか再びお祈りの声が始まる。

 わたしはちょっとおもしろくなってもう一度声をかけてみた。

「もしもし聞こえますか?」

 今度ははっきりとした返事があった。

「誰だ!?」

 これにはわたしも驚いた。まさかここまでしっかりと意思の疎通ができるとは思わなかったのだ。どうしようか迷ったけれど驚かせた罪悪感もあったので、正直に今の状況を話してみることにした。

「ここにお参りに来たのですけれど声だけ聞こえてあなたの姿が見えないんです。何処にいるのですか?」

 声の主からはしばらく反応がなかった。いなくなっちゃったかなと思った頃にようやく返事があった。

「俺もお参りに来たんだけど確かにあんたの声は聞こえるけど姿が見えないな。まさか幽霊とかじゃないよな?」

「失礼ね、わたしはちゃんと生きてます。そっちが死んでるんじゃないの?」

 声や喋り方からなんとなく同世代と感じて対応がフランクになった。

 しばらくお互いが黙ったままでいると相手がくしゃみをした。

「うう、さみい。幽霊を相手にして風邪でも引いたら馬鹿みたいだな」

 寒い? 確かに今日は午前中は雨が降っていたけれど今はあがっている。風邪を引くほどではないと思う。

「薄着で来たの?」

「ちゃんとコート着てるしマフラーも巻いてるぞ」

 コートにマフラー? よっぽどの寒がりなのかそれとも……。

「ねえ、何処にいるの?」

 しかし返ってきた答えはわたしが今いる神社の名前だった。ひょっとしたら違う場所にいる人の声が聞こえるようになったのかと思ったのだけれど。

 このまま無視して行ってしまってもよかったのだけれど、何となく名残惜しくてわたしはその場を離れられないでいた。相手も同じように思っている気がする。そこで聞いてみた、

「真剣にお祈りしてたみたいだけど何をお願いしてたの?」

 しかし相手は躊躇している。よく考えてみればお願い事を初対面の人間に聞くのは失礼なことかもしれない。

「ごめん、言いたくなかったらいいよ」

「いや別にいいけど。実は婆ちゃんが病気でずっと入院してるんだよな、まあそれで元気になりますようにっていうのと、あとは俺が受験に合格できますようにって」

 合格祈願とは随分気が早い。

「お婆ちゃん良くなるといいね。受験って大学?」

「いいや、高校」

 ということはまだ中学生、一学年下だ。ちょっと気持ちに余裕ができた。

「婆ちゃん天皇陛下が崩御されたから余計に気落ちしちゃってるんだよな。まあ大正生まれだし仕方ないけど。受験勉強もラストスパートだし頑張らないとな」

 そこであれ?と思った。大正生まれのお婆ちゃんに受験勉強のラストスパートもおかしいと思ったけれど何より、

「天皇陛下が崩御?」

「なんで知らないんだよ!? 昨日亡くなって世の中大騒ぎじゃないか」

 確かに世の中は改元でお祭り騒ぎだけれど、陛下は上皇になっただけでお元気だ。不謹慎なことを言わないで欲しい。

 そこで気づいた。これってひょっとして……。

「ねえ、今日って改元初日だよね?」

「そうだよ」

「新しい元号って何だっけ?」

「平成とかって言ってたな。何か言いにくいし変だよな。軽いっていうかアホっぽい」

「そんなことないでしょ!」

 思わず怒鳴っていた。さすがにこれは頭にきた。変とかアホっぽいとは何事だ。平成はわたしが生まれて育った時代だ愛着がある。自然災害は多かったけれど平和でとても良い時代だったのだ。それを知らない人間に文句を言われる筋合いはない。

 そう、わたしは気づいていた。この相手がいるのは場所が違うのではない。時代が違うのだ。彼がいるのは平成初日のこの場所なのだと思う。

「なんだよ、いきなり怒って。悪かったよ」

 素直に謝られるとこっちも怒り過ぎたかと思う。確かにわたしも令和を初めて聞いた時には違和感があった。でもアホっぽいとかは思わなかったけど。

「平成は良い時代になるんだからね!」

 わたしが断定調で言い切ったので、相手もおかしいと思ったらしい。反撃してきた。

「なんでそう言い切れるんだよ」

「なんでって……」

 言ってもいいのだろうか。未来を教えるとタイムパラドックスとかで、未来の出来事が変わってしまうというのを映画などで見たことがある。

 それと同時に教えるべきなのではと思った。例えば三月十一日だ。あれだけの出来事だったから時間もはっきりと覚えている。午後二時四十六分だ。彼に教えることで東日本大震災の犠牲者を大幅に少なくすることができるのではないだろうか。

 もっともどこまで信じてもらえるかは疑問だったが。

 黙ってしまったわたしに対して彼も何か感づいたらしい。

「……さっき場所聞かれた時は同じ神社にいるってわかったよな。そうしたら今度はやたらと元号を気にするけど。はっきり聞くけどおまえがいるのっていつの時代なの?」

 どうしようか迷った末、わたしは答えた。

「平成が終わった次の日」

「……やっぱりそうか」

 わたしが彼が平成初日にいることを信じたように、彼もわたしが令和初日にいることを信じたようだ。

「でもさっき天皇陛下が崩御したって聞いて驚いていたよな。そっちも元号が変わったんなら陛下が亡くなったんじゃないのか?」

 どうしようか、でもこれぐらいなら言っても影響はないような気もする。

「平成天皇は生前退位をされたの。だからまだ御存命で上皇になってる。こっちではここ一ヶ月ぐらい改元の祝賀ムードが続いてて昨日から今日にかけてはお祭り騒ぎだよ」

「ホントかそれ!? 生前退位なんていうのがありなのか。上皇とかは歴史の授業でしか聞いたことないな。なにより祝賀ムードっていうのが信じらんねえ。こっちなんか陛下の体調が悪くなられてからずっと自粛自粛だぞ。亡くなられてさらにそれが続きそうだな」

「……そうなんだ」

 同じ改元でもだいぶ違うらしい。二人とも黙り込んだ。その沈黙が嫌でわたしから聞いてみる。

「平成の次の元号教えよっか?」

 しかし彼はきっぱりと答えた。

「いや、言うな。元号だけじゃなくて他のことも。夢みたいな話だけどおまえのことは信じる。だけど未来を知るのは良くないと思うんだ」

「そうだね。わたしもそう思う」

 わたし自身も未来のことを知るのは良いことばかりではないと思った。

「でもおまえ言ったよな、平成は良い時代だって。それぐらいなら聞いてもいいと思うけど、ホントか?」

「うん、ホントだよ。……つらいこともあるけど、良い時代だったよ。それは自信を持って言える」

「そうか、それならいいや」

 彼の笑い声が聞こえた。わたしは声だけでなくその表情も見えた気がする。

「それじゃあ最後にそれぞれの時代の平和を祈ろうぜ」

「いいね」

 わたしと彼はお祈りをする。そして同時に柏手を打った。

「おい」

 その声にわたしが隣を見るとコートを着てマフラーを巻いた男の子が驚いた表情でこちらを見ていた。しかしその姿はすぐにかすれていく。思わず伸ばした手は空を通り過ぎていった。

 しばらく呆然とした後、わたしは再び拝殿へと向き直り、もう一度深くお祈りをした。

 令和の平和祈願と平成への感謝をこめて。

                            〈了〉

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