第13話【5月7日その2】合評二年生作品


 文章作法についての説明を終えた早苗先輩が椅子に座り直した。


「さてと、いきなり一年生が批評されるのは嫌だろうから最初はあたしと結城の作品からいこっか。合評も何を言えばいいかわからないだろうし、まずは二年から意見を言うってことでどう?」

「いいんじゃないか」


 結城先輩が返答するのにわたしと亜子ちゃんも頷く。先輩たちが気を使ってくれていることがわかるので異論があろうはずがない。


「じゃあ最初はあたしの作品からいくか。ということで結城どうぞ」


 結城先輩は「そうだな」と発すると腕を組んで黙考する。しばらくして考えがまとまったのか腕をほどいて早苗先輩を見た。


「主人公の心理描写はよく書けているし、話の展開も早くて上手いと思う」


 わたしはひそかにガッツポーズをした。結城先輩とまったくの同意見なのだ。これはちゃんと読めているという証拠だろう。しかし次の言葉には意表をつかれた。


「ただ根本的な問題になるんだが、物語の焦点ポイントが逆だと思うんだよな」


 場に沈黙が流れた。


「ちょっと意味がわからない。もう少し具体的に言ってよ」


 早苗先輩の意見はわたしの考えを代弁したものだった。結城先輩は作品を手に取ると見返しながら口を開いた。


「この話は小さな不満の積み重なりが少年の一言で臨界点を越えたことにより、主人公が新しい生活に踏み出すっていう話だろ?」


 早苗先輩が頷く。


「そこに至るまでの過程を書くよりも、その先を書いたほうが物語としては良いんじゃないかと俺は思う。つまりこの話の最後が作品の冒頭になるんだ。たとえば、『「おばさん、落としましたよ」その一言でわたしは新しい生活をスタートさせた。』こんな出だしから始まる物語のほうが良い気がする」


 今度は早苗先輩が腕を組んで考え出した。

 結城先輩の意見はなるほどと思った。たしかに早苗先輩の現状の作品はどちらかといいうとネガティブな要素が強い。読んでいて息苦しさを覚えたのは否定できなかった。もちろんそれは心理描写がよく書けているという証だろう。

 それが結城先輩の案だと出だしこそ哀愁があるが、そこからはポジティブな物語へと展開していく。ただ先輩の言うとおり物語が根本から違うものになってしまう。

 早苗先輩が顔を上げた。


「うーん、どうだろう。結城の言うこともわかるけどさ、あたし的にはあんたの否定した部分を書きたかったんだよね。それに結城のストーリーだと話の終わらせ方がわからない」


「鈴木がそこを書きたかったのならそれでいいと思う。どっちが正解なんてないんだからな。あと俺の言った話の終わらせ方は新生活が軌道にのったらでいいんじゃないか。そこは難しく考えなくてもいい」


 それでもなお早苗先輩は納得いかないように考え込んでいた。それを見て結城先輩が苦笑する。


「正解がないことで悩むなよ。一年生の意見も聞いてみよう」


 そう水を向けられたが、わたしの感想は結城先輩が最初に言ったことと同じだ。それでも表現を変えつつなんとか意見を述べた。


「なんか似たようなことしか言われないって、その程度の作品だったのかなあ」


 亜子ちゃんもわたしと同じような感想だったので、早苗先輩としては不満だったらしい。


「二人とも褒めてるんだから素直に受け取れよ。ほら、次は俺の作品だから鈴木が批評する番だぞ」


 結城先輩がとりなすように言う。早苗先輩はそれを聞くと気を取り直したように勢いよく口を開いた。


「まずさ、この不定形生物ってどんなやつなの? あとメタモルフォーゼ後の具体的描写をせずに終わってるけどそれが知りたい」


「それは各人でイメージしてもらいたいんだけどな。小説の良いところって個人の想像力で違いが出るとこだろ。たとえば絶世の美女って書いてあれば、峰不二子を想像する人間もいればメーテルを想像する人間もいる。それぞれが自分の中で最高の美人をイメージできるからいいんじゃないか?」


「……言いたいことはわかるけどさ、たとえが古くない?」


 早苗先輩は呆れたというより若干引いているみたいだ。

 わたしにも峰不二子は『ルパン三世』に出てくるグラマラスな美人だとわかる。でもメーテルがわからなかった。


「俺が言ったんじゃない。昔から使われている有名なたとえだぞ」


 結城先輩は憤慨している。


「それはそういうことにしておいてあげる。あたしはさナメクジみたいなのを想像したんだよね」

「ナメクジは不定形生物じゃなくて軟体動物だろう」


 今度は結城先輩が呆れている。


「手塚治虫の『火の鳥』に文明を発達させたナメクジが出てくる話があった気がするんだよね。あれを思い出してさ」

「……それは未来編のことか? どっちが古いんだよ」

「うるさいわね。じゃあ二人がどんなのを想像したか聞いてみようじゃない」


 早苗先輩に問われて、わたしはアメーバのようなものを想像したと伝えた。


「まあ普通はそう思うよな。俺もそういう描写をしたつもりだし」


 結城先輩は非難するような目を早苗先輩に向ける。


「まだ亜子がいるでしょ!」


 早苗先輩としては自分の読解力に関わると思っているのかムキになっている。

 三人の視線を受けた亜子ちゃんは恥ずかしそうに口を開いた。


「わたしもアメーバのようなものを想像したのですが――」

「が、なに? 遠慮せずに言っちゃえ、言っちゃえ」


 早苗先輩がけしかけた。もはや合評ということを忘れている気がする。亜子ちゃんは申し訳なさそうに続けた。


「具体的にクトゥルフに出てくるやつを想像しちゃて……」


 それを聞いて結城先輩が少し考えた後に口を開いた。


「……それはひょっとしてショゴスのこと?」

「……はい。それで、そのイメージが頭から離れないで、あんまり主人公に感情移入できませんでした。すみません」


 亜子ちゃんは結城先輩に頭を下げた。


「いや、謝ることじゃないよ。だけど痛いところを突かれたな。たしかにショゴスを思い浮かべたら感情移入はできないよなあ。これは想定しておくべきだった」


 ショゴスというのがどんなものなのかは知らなかったが、亜子ちゃんの感想は結城先輩から一本取るものだったらしい。


「ナメクジでも感情移入できなかったんだけど」

「だからそれはおまえのイメージが悪い。昆虫だったら感情移入できるんだけどな『風の中のマリア』とかはすんなりと入りこめたし。さすがにアメーバだと無理か、ひとつ勉強になったな」


 結城先輩は早苗先輩を軽くあしらうと、独り言のように呟きながら納得している。そしてわたしが批評する番になった。


「質問みたいになるのですが、この話のあとってどうなるのでしょうか?」


 実はこれが気になっていた。

 結城先輩は連休前に物語は完結することが大切だと言っていた。だけどこの作品はここで終わりでいいのかなと思ったのだ。


「それは主人公を含めた不定形生物の種族がどうなるのかってことかな?」

「はい、そうです」


 頷いたわたしに結城先輩は穏やかに笑ってみせた。


「つまり有村さんはこの小説は完結してないと言いたいわけだ」


「いえっ、そういうわけじゃ……。すみません、そうかもしれません」


「たしかにそこは書いてない。だけど結末を完全に読み手にゆだねる『女か虎か』に代表されるリドル・ストーリーでもない限り、どんな小説でも作者には想定している結末があって作中にはそこに至る描写がされているはずだよ。

 もちろん俺のこの作品でもそう。試しにみんなに聞いてみよう。主人公のメタモルフォーゼは無駄で不定形生物の種族は滅んだと思う人?」


 わたしを含めて誰も反応しなかった。


「じゃあ逆に種の存続が続いたと思う人は?」


 早苗先輩が真っ先に手を上げ亜子ちゃんがそれに続いた。わたしは物語のその後をはっきりとは想像していなかったけれど、おそらくそうじゃないかと思って手を上げた。そうあって欲しいと言う願望かもしれない。


「うん、だろうな。というかそうじゃないと困る、俺もそういうつもりで書いたから。具体的には主人公を引き止める恋人や友人との会話で、その時になれば彼に続く仲間が出るであろうことや、種全体にもそういう機運があることを匂わせている。結果をはっきりと示さなかったのはそれが蛇足で、読み手にはこちらの意図が伝わっていると思ったからだよ」


 結城先輩はそう言い切った。

 わたしはそこまで考えて読んでいなかった。これから本を読むときにはもっと深く読み込まなくてはと胸に刻んだ。


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