第16話【5月23日その1】球技大会で活躍する人


 さてどうしようか。初戦で負けたわたしはいきなり暇になってしまった。

 中間テスト明けの本日は全校あげての球技大会である。霧乃宮高校には体育祭がなく、運動系のイベントはこの球技大会と冬にあるマラソン大会のふたつだけだった。運動が苦手なわたしにとってはありがたい。


 選択種目は女子はバスケットボール、バレーボール、ソフトボール、卓球。

 男子はバスケットボール、ソフトボール、サッカー。

 決まりとして現役部員は該当競技には参加できない。さらに暗黙の了解として中学での競技経験者も出場するべきではないとされていた。ちなみにソフトボールには野球部も含まれる。

 各クラス男女とも五、六人は掛け持ちが必要なのだが、試合時間が被った場合には登録者以外の出場が認められていてそのあたりはかなり融通がきく。

 運動が得意な人には活躍の場だろう。わたしはもちろんひとつだけ参加で一番楽そうな卓球を選んだ。


 団体戦だったがわたしは個人の試合にも負け、チームも敗退である。中学の頃だとあからさまではないものの責任論が出てくる状況だ。わたしは戦々恐々としていたのだが、みんなあっさりとしたもので「残念だったね」で終わりだった。

 これは高校生になって良くも悪くも大人になったからか、偏差値の高い学校だからなのかはわからない。胸をなでおろしたことはたしかだ。


 やることがなくなってしまったがチームメイトから他の競技の応援に行こうと誘われた。よく考えれば当然である。タイムスケジュールを調べて女子バスケの応援に行くことになった。

 クラスの応援中に隣の男子コートに目をやると見知った顔があった。結城先輩である。

 先輩はパスを受けるとドリブルから綺麗なレイアップシュートを決めていた。

 身長も高いしひょっとして中学の時はバスケ部だったのかなと思ったが、決まりごとを破るような人ではないだろう。


 その後も結城先輩の動きは際立っていた。もちろんシュートを外すこともあるのだが運動量が落ちないのだ。

 こうして見ているとバスケというのは攻守の入れ替えが早くて思いのほか運動量が多い。他の人が明らかに疲れて足が止まっているのに、結城先輩だけは汗を流しながらも縦横無尽にコートを走り回っていた。


「なーに見てるの」


 クラスメイトがわたしの肩に覆いかぶさるようにして声をかけてきた。


「あ、ごめん。ちゃんと応援しないとね」


 わたしは慌てて謝った。


「別にいいって。もう逆転できないでしょ」


 そう言われてスコアを見ると確かに点差が開いている。相手は三年生だ。中学の時の二学年差というのは大人と子供のように感じたが、高校になってもやっぱり上級生に一日の長があるらしい。


「熱心に誰を見てたの?」


 男子の試合を見ていたことはバレているのでこれは誤魔化せないだろう。


「部活の先輩が出てたから」

「へえ、どれ?」


 結城先輩を指さす。


「おー、なかなかカッコいいじゃない。好きなの?」


 わたしは笑って誤魔化した。

 結局わたしのクラスは負け、結城先輩のクラスは勝利していた。文句なしでMVPは先輩だろう。




 昼休みが終わるとクラスのみんなでグラウンドに出た。我が一年四組で勝ち残っているのは男子ソフトボールだけだった。必然的に全員で応援である。

 勝てば準決勝進出で相手は二年一組だ。

 こちらの後攻で始まった試合。幸先よく一、二番を打ち取って次に打席に入ったのが誰あろう結城先輩だった。文芸部員で球技大会の掛け持ちメンバーとはさすがである。


 第一打席で綺麗にセンター前ヒットを打った先輩だったが、圧巻なのはその守備だった。遊撃手ショートのポジションに入ったのだが守備範囲がとにかく広い。

 三遊間に飛んだ打球はことごとく捕られてしまう。深い守備位置なのだが強肩で送球も上手い。男子からは「あれ絶対野球部だったろ」という文句が出ていたが、それも頷ける。父が好きだからわたしも野球はそれなりに観ていたが、素人の動きではないと思った。

 応援から「引っ張るなよ」「流せ、流せ」というアドバイスが出るほど結城先輩は完全にマークされていた。


 そしてスコアは四対四で最終回を迎えた。

 二死走者ツーアウトランナー一塁で打席に結城先輩。我がクラスの取った作戦は敬遠だった。セオリー的にはあまりないと思う。

「おいおい一年逃げるのか」「霧高魂が泣くぞ」「あとで校章はずしておけよ」

 当然二年一組からは野次が飛んできた。それでも勝負に徹してボール球を投げ続ける。結城先輩もバットを担ぐようにして完全に打つ気がないようだった。

 ところがその四球目、あきらかに外角にはずれたボールだったがそれまでの三球に比べると若干甘かった。

 結城先輩は思い切り踏み込むと、山なりのボールをすくいあげるようにしてバットを振り抜いた。打球はあっという間にセンターを越えて、反対側の女子ソフトの試合をしているグラウンドに転がっていく。

 センターが打球に追いついた時には結城先輩は悠々と三塁を回っていた。ランニングホームランである。

 裏の攻撃で点数は入らず、試合は六対四で負けてしまった。


 全競技が終わっての表彰式では二年一組は総合三位だった。

 団体競技はひとりの活躍で勝てるものではないと聞くけれど、結城先輩がいなかったら三位は無理だったんじゃないかなと思った。





 放課後、わたしは図書室へと向かっていた。

 中間テスト期間中は全部活が休みだった。今日も球技大会があったから、夏の大会が近い運動部でもない限り休みだ。文芸部もである。

 わたしの目的は部活ではなく、図書室で借りた本を返しに行くことだった。返却期日はまだなので明日でもいいのだけれど、週末も含めると一週間も図書室に行っていない。初戦負けのわたしには体力も余っている、それで足を延ばしたのだ。


 図書準備室の前までくるとなんとなくドアを引いてみた。

 当然閉まっていると思っていたそれが、すんなりと開いたので驚いた。中を覗くと結城先輩が座っており、いつものように本を読んでいる。


「今日も来るなんて熱心だね」


 わたしを見上げて苦笑する。


「いえ、部活に来たつもりじゃなくて本を返却にきたのですが。結城先輩こそどうして?」

「俺も同じだよ。借りていた本があと少しで読み終わるからここで読んでた」


 それなら図書室でもいいような気もするが、実質受験生のための自習室みたいなものだから遠慮したのだろう。

 これは街の図書館でもそうだが、読書をするという真っ当な理由の人間が肩身の狭い思いをするというのはどうだろうと思う。わたし自身、市の図書館で受験生に席を譲れと言われたことがあった。


「わたしが居てもいいですか?」

「もちろん構わないけど、読み終わったら俺は帰るつもりだよ?」

「その時にはわたしも御一緒します」


 結城先輩は怪訝そうにわたしを見た。


「何か用があるなら先に聞くけど?」

「いえっ。遠慮せずに読んでください」


 結城先輩はしばらくこちらを見ていたが、何事か納得したのかひとつ頷くと再び本を開いた。今日のタイトルは『サンクチュアリ』フォークナー。

 わたしは返却する本を開いた。読み終わっているのだが他の手持ちがない。明日には早苗先輩から勉強会の時に話題にでた『十二国記』を借りる予定なので、図書室から新しい本を借りるのもタイミングが悪い。


 パラパラとページをめくって読み返していたがそれほど時間はかからなかった。結城先輩は読むのも早い。本を閉じると先輩から声をかけてきた。


「ソフトボールで恨みを買ったかな?」

「聞こえてましたか?」

「そりゃあねえ」


 結城先輩は苦笑している。

 試合が終わった後も男子は「元野球部がいたら駄目だろう」とか「暗黙の了解なんて意味ないじゃん」と文句を言っていたのだ。


「すみません」


 わたしは深々と頭を下げた。

 わたしが文句を言ったわけではない。だが憶測で決めつけるのはよくないと男子を注意することもできた。その勇気がなかったのだ。


「有村さんが謝る必要はないよ。男子も文句を言うってことは悔しいってことだから、変にサバサバしているより俺はいいと思う」


 結城先輩がそう言ってくれて少し気持ちが楽になった。


「実はバスケの試合も見ていたのですが運動得意なんですね。実際のところ中学の時は何部だったのですか?」

「俺は陸上部で長距離が専門だったよ」

「陸上部ですか。でもソフトもバスケも上手かったですよね」

小学生ガキの頃はずっと外で遊び回っていて草野球もよくやってたからね。バスケは……兄貴が部活をやっていたからその影響かな」


 お兄さんがいるのだ。陸上部は予想外だったが長距離専門というのはイメージできる。本に没頭する結城先輩を見ていると黙々と走る姿と重なる気がするのだ。


「高校で陸上部に入らなかったのには何か理由が?」


 もし怪我とかで断念したのならデリカシーのない質問だったかもしれない。


「俺は競技に向いていない性格だからね」

「それは他人と競うことが嫌いということですか?」


 それを聞いて結城先輩は笑いだした。


「いや、逆だよ。どうも俺はムキになりやすいらしい。前を走っている奴がいれば追いつこうとする。抜かれたら抜き返す。顧問には自分のペースを守れといつも怒られていた」


 意外だった。どちらかといえば争うことは嫌いかと思っていた。

 でも、と思い直す。結城先輩は言うべきことは口にするし、自分の考えを持っている人だ。競技の場になるとそういうところが表面化するのかもしれない。


「そうなんですね。今も走ったりしています?」

「雨でも降らないかぎりは」


 思ったとおりだ。バスケの試合でみせたあの運動量は日々の鍛錬のたまものだったのだ。


「ちなみにどれくらいの距離を?」

「今の季節だと七キロ弱かな」


 季節で距離が変わるところなど本格的である。

 しかし七キロとはわたしには絶対無理だ。でもそろそろ衣替えだから少し痩せたい。そもそも運動不足だと感じている。

 勉強もしなくてはいけないし運動もしたい、もちろん本も読みたい。やりたいことが多いなあと、わたしはそっとため息を吐いた。


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