ゴドーはなぜ死んだか

「待ち人来ず」だってさ。人生最後のおみくじがこんなんだから、僕の死にたくなる気持ちもわかってくれると信じてるよ。


「人は選択することが苦手だ。だから運に頼ったりするんです。

「自己表現ってのは人生の切り売りなんですよ。

「常に自分自身をすり減らして、削り取って、切り取って作られるんです。そういう意味じゃ表現ってのは分身ですよね。


 さあ?

 彼の言葉がその時は全くわからなかった。

 話を聞くに、彼は売れない芸術家をやっているらしく、時に文学者であり、作曲家でもあった。

 で、そんな彼がこうして電話をしてきて自殺の相談をしている。アーティストは基本的に頭がおかしくなりやすい人種しか成れなるものではないと勝手に思っているので、きっと彼もそうなのだろうと勝手に推測したりしている。

 もう三時間同じ話が続いてる。

 電話を管理している上司は特に何も言ってこない。三時間も同じ奴と電話をしていることが異常なのだと普通は思うんだろうけど、ここじゃ異常そのものが常に正常なものとして扱われるので、当然とも言える。本当はおかしいんだ。

 

「売れ時をずっと待っているんです。

「もうすぐ来るはずなんです。

「友人も待ちに待って、ようやくこの前有名になることができました。その人の友人は三冊目の本を出したそうです。その作家の従兄弟が個展を開いて有名になりました。その奥さんなんですが、これがまた有名なバレエ・ダンサーでして。その方の知人は世界的にも有名な小説家で。その方が弟子を取ったことを聞きまして、その弟子がハリウッド映画でも活躍したデザイナーらしいんです。そのパートナーはその道の権威的存在と言っても過言ではないほどの


 他人が話す他人の話を延々と聞かされる。三時間も。

 薄く引き伸ばしたような味のないガムをずっと噛んでいる。

 飴のなくなった飴付き棒をまだ舐めている。

 氷が溶け混ざり味がしなくなった僅かなジュースをストローで啜っている。

 肉を食えるだけ食べ尽くした後の骨付き肉をしゃぶっている。

 そういう蛇足を味わう気分。会話自体はいいさ。だが内容がこれっぽっちも中身のない、売れないとは言え芸術家と名乗る割には、彼の話は自分で組み建てていった芸術的理論と、知人たちを羨む無限ループだけ。自分が何を作ってきたか、何を作っていきたいのかについての話が全く無い。

 何も生産的な会話が起こらない。何かを生み出そうと思えば、彼がこの電話の三時間の中で使ってきたフレーズを、これでもかというくらいにシャッフルして再構成すれば、真逆の意味に捉えることができる名文にすらなるんじゃないか?

 俺も確かに芸術を極めようと思ったことはあったし、自分が表現者として世界に何かを残したいと思ったこともあった。気持ちはわかる。他人が羨ましくなるその気持ちは。隣の芝生が確実に青いと確信を持ってしまうその気持ち。自分の庭には芝が無い人間にとって、隣の芝生は青いなんてレベルには映らない。砂漠と草原のレベルで違う。隣にお邪魔して芝生の青さに与りたいとさえ思う。だから気持ちはわかる。気持ちは。

 だが何もできていないんじゃ意味がない。机上の空論だけで個展は開けない。

 それはデジタル化しようとしてもなお無理だ。自分の頭の中でしか再現できないものを、情報化するために変換しなければならず、変換するためには脳を持つ自分自身が動かなければ意味がない。意味を持たせるためにデジタル化しようとて無理だ。自分から動かないんじゃどこまで行っても空想は空想のままだし、頭でどれだけ精巧に設計図を書いても、アウトプットできないんじゃ無駄だ。

 作品の生み出しに行き詰まると、人は死ぬ。高確率で死ぬ。なぜなら、表現者を自負しておきながら何一つ作品を生み出せない苦しみによって、アイデンティティそのものがダメージを食らうからだ。アイデンティティがブッ壊れ、自己を保てなくなり、正常な判断をできなくなる。

 その隙間に「作品を書けない自分は表現者には値しない」という文言のバグが入り込む。洗脳状態に陥って、「表現者でないならば人間ではない」というような詭弁を受け入れてしまえるような気分に、表現者が成ってしまったら。

 いよいよだ。身近な人間の名声と、自己の憐憫や嫌悪に押しつぶされる瞬間だ。

 それがそこまで来ているのだ。

 毎度毎度思うのだが、なぜ電話なのか。なぜ音だけなのか。

 実際に見たくてたまらないものを、どうしていつも音だけで味わわなくてはならないのか。

 電話口で発狂が聞こえる。

 もうすぐだ。


「なあ、助けてくれよ。どうすれば作品を作れて、有名になれる? 


 神はいないが死神はいる。

 何故ならすぐそこまで来ているからだ。

 自己憐憫と自己嫌悪と自分以外への嫉妬が作りだした、壊れたアイデンティティの破片を纏った死神が!

 質問に答えてやろう。

 今すぐ飛び降りることだ。


 死神が背中を押す音が聞こえ、電話は切れた。


 何も生み出せなくて苦しむ表現者が行き着く先にある究極の表現は死だ。

 死は、究極であり、極限である。

 ただ一つの苦しみからの解放。

 生めぬ苦しみを解消するとともに生む悦びを同時に味わうたった一つの方法。

 破壊と再生。挫折と再起。終生と誕生。

 何もかも一緒くたにして味わい作り出せるたった一つの冴えたやり方。

 この世界でたった一つのあなただけの作品を、歴史に残す最高の手段。


 それが”死ぬ”ことだ。


 自殺をしろ。

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