016『製作:準備』
――誠に残念である。
昨晩一緒にセイラと自室で食事したせいなのか、十吾さんの認識がやはり怪しい方へと変化したようである。
先ずは朝三時半に様子を見に来ることは無くなったのだが、朝食時にいつでも温泉に入れると説明して来るようになってしまった……。恐らく彼の中ではこの温泉に逗留している私が、若い女性を見つけ連れ込んだ風になっていると思われる。
一応、セイラとは仕事の同僚で、ここで待ち合わせていたんですよと言っておいたが、どこまで効果があるか怪しいものである。
以前、私はそれと知らず栗駒ケ岳にある某有名不倫旅館に一人で宿泊したことがあり、その時の従業員達と同じ冷ややかな目で見られているのだ……。
さて気を取り直し今日はランプの制作に取り掛かる。これが無い事には夜に自由に動き回ることが出来ない。
朝食を終えた私は一階の自炊場に下り、先ずは菜種油の小瓶の蓋に釘を石で打ち付けて穴を開けた。そこへ、酒蔵から持ってきた麻紐を通し油に浸ける。
自炊場に置いてあった懐かしいパイプ印のマッチを擦り火を点けてみる……。
――うん、煤は多い様だが問題なく使用できる。
次にホヤ。
酒蔵で貰った四合瓶の半分まで水を注ぐ。
裏口から外へ出てそこで、上から大きく振りかぶり手の平を瓶の口へと叩き付ける!
ポン! と軽い音を立てて底が抜けた。
理由は良く判らないがこうすると結構きれいに瓶の底が抜けるのだ。よく宴会芸などでやっている。
石を擦り付けて切り口を整えておく。
短い木の棒へ針金を巻き付けて、瓶の口から針金を垂らしランプを瓶の中へと吊るす。針金の巻き上げ具合でランプを上下する。
長い木の棒を瓶の口に針金で縛り付け持ち手にして完成である。
後は残しておいた布をかぶせて光が目立たないようにしておく。
「器用ね」いつの間にか背後にいたセイラが声を掛けてきた。
「昔、工作でオイルランプを作ったことがあったから、その応用だ」
「ふーん……ねえ、どうしてそこまでしてマヒト様に会いに行くの?」
「本当のことを言えば色々聞きたいことがあるからだ」さらに言えば救出が来ない事を知っているからだが、これはセイラに語ることは出来ない……。
「何を聞くつもりなの?」
「色々だよ、この世界の事とか、アマヌシャの事とか、そして自分の事とか……」
「どうしてマヒト様にあなたの事を聞くの」
「……これは勘なのだが、マヒト様は私がどうしてここに来たかを知ってる気がしてならないんだ」
本当のことを言えば、ここに来た経緯についてマヒト様が係わっている可能性は25%くらいはあると踏んでいる。他の可能性としては、何かの事故や偶然の産物、そして外の人間の陰謀も考えている。だが、ここは可能性があるのだから聞いておくのが正解だろう……。
「ふーん、確かにここの異常性も含めて考えればあながち間違ってるとも言い難いわね……」
一応、これで潜入に必要そうな物はそろった。後は暗くなるのを待つだけだ。
ロビーへ行くと丁度十吾さんがロビー横の厨房で、お蕎麦を打っているのを見かけたので、そのまま手伝った。そして、私と十吾さん、女中の花さんとセイラの四人で一緒にお昼を頂いた。
――これにカモ肉と海苔を入れて、鴨南蛮そばにしてみたい……。
後片付けも手伝い自室に戻った。
明るい内に風呂に入れとセイラを説得し、その隙に夜に備えて仮眠を取って置くことにする。
布団を敷いて横になる。
時折窓に打ち付ける雨だれの音を聞きながら目をつぶる。
全身の力を抜き、ゆっくり静かに呼吸する。もし眠りに就けなくてもこうしておけば身体は休めることが出来る。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。さらに意識して全身の力を抜いて行く……。
徹底的に脱力させ身体を休眠モードにしていく……。
「……」
何かの気配を感じ薄眼を開けると、部屋の隅に浴衣姿のセイラが丸くなっていた。
――座敷童かと思った……。いつの間に入ってきたのだか……今は休養が必要なのでしばらく放置する……。
ゆっくりと休み、目を開けると振り子時計はすでに三時を指していた。
セイラはそのまま寝てしまったのかその場で横になっている。
私は布団を引っ張って行きセイラをその上に寝かせておいた。
そして、ロビー横の厨房に行き十吾さんたちを手伝い夕食の準備をした。
お米を研ぎ、
時刻は午後六時少し前。
セイラも目を覚まし様子を見に来たので、少し早いが皆でロビーのテーブルで夕食を取る事にした。
私は夕食を食べながら十吾さんに村の昔話などをいくつか聞いてみた。
ここは元々修験者たちが全国から集う場所なので、妖怪や幽霊の話は尽きない。特にこの周辺は河童や人魚の話が多い様子だが、全国的に有名なあのヌリカベや一反木綿も九州の妖怪だそうだ。
――ここでこう言った怪異譚を集めて本にすれば遠野物語ばりに売れるかもしれない……。
そして気になる話が出た。
あの墓所にあった黒穴。あの穴は古事記に出て来る死者の国・根の国に通じる穴だそうで、上から松明を投げ込むと中で蠢く亡者の姿が見れるという逸話があるそうだ。泡嶋神社は元はあの穴を祀る目的で建てられたそうである……。
セイラは何か言いたそうな顔をしながらも、静かに話を聞いていた。
食事を終え食器をかたずけて自室に戻る。外も次第に暗くなってきた。そろそろ出発である。
「ねえ、真、あなたはあの人たちの事をどう思ってるの」セイラが急に質問して来る。
「どうとは?」
「あなたはあの人たちと普通に接しているわよね」
「ああそうだな」
「でも、ここは夢の世界なのよ……」
「なあ、セイラ、君はあの酒蔵に積んであった伝票を見たか?」
「いえ、見てないわよ」
「品目、日時、金額、どれも違っていた。それをマヒト様がいちいち目を通したと思うか?」
「……、いいえ、思わない……目を通したとすれば桧垣……」一瞬セイラは思案をして答えた。
「だけど、ここが桧垣さんの夢の中なら、神社やダムも正確に再現されているのは可笑しい……」
「……、あなたはこう言いたのね、ここは一種の
〝集合的無意識〟 の世界だと……」
「どうかな、それを今からマヒト様に聞いて来るんだよ」
私はそう言って僅かにほほ笑み、そして、荷物をまとめ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます