015『研究施設:変化』
夕刻には大分早い時刻に帰ってきた私は、十吾さんに
と言っても資材置き場で見つけた油布を大体二メートル四方に切り、紐を通す穴を開けただけである。
これを頭からかぶり、首の前で紐を結びマントの様に上に羽織るのだ。――雨具完成。
残りの布は取って置く。
まだ夕刻までにも時間があるので、昨日の残りの酒瓶を持って温泉に向かった。
簡単に体を洗い、手桶に酒瓶と湯呑を入れて露天風呂に浸かる。
――ふぃ~……やっぱ温泉はいいな……。
湯呑にお酒を注ぎちびちびと……。
「ん?」
何やら宿の本館の方が騒がしい……。何だろう、女性の大きな声が聞こえる。 まあ、私が行っても仕方がないだろう、ここは十吾さんに任せよう……。
その時、大きな音を立て、乱暴に露天風呂の扉が開かれた。
「浅見真ー!」
セイラである。開口一番怒鳴られた。
――服を着たまま、風呂に入るなんて何と無粋な。しかも、涙目。
相当に無理してここまで来たみたいだ。杖を突きながら何とか歩いている。待っていれば明日迎えに行ったのに……。
「あなた、あそこが何か知ってたのね!」
セイラは相当に怖かったのか小鹿の様にがくがくと手足を震わせながら湯船の縁に仁王立ちしている。――器用な奴だな。
「いや、知らない。だから調べてみようとは思っていたが……で、何があった」
「ビーカー、フラスコ、試験管、それに大きなゲージに何かの標本! あれはいったい何! あそこは何をしていたの!」
――うん、まあ大体想像通りだな……。「何と言っても見たまんまだよ」
もし、軍の施設があるのならきっと目立たぬ場所にあると考えた。そして、あそこの場所なら一番南の蔵は醸造所で二番目は貯蔵蔵……そして北の蔵が怪しいと踏んでいた。
「……何かの研究施設ね……一体何を研究してたのよ!」
「ゲージの大きさは?」
「大型動物……まさか……いや、でもここは夢の中よ……何かが誇張されて……でもあれは人間の物だった…………」
長考に入った様なのでしばらく放置。
私は少しのぼせて来たのでセイラに背を向けて縁に座り、湯呑を煽った。
――こんなに交通に不便な所だから何かしら痕跡は残っていると思っていたが、そんなに一見して分かる物を残しているなんて、やっぱり、隠蔽が……。
「ん?」いつの間にか静かになってセイラはこちらをじっと見つめている。「何だ」
「なぜあなたは、こうも平然としてられるの」
「いや、別に平然としてる訳では無い、色々考えて行動してるだけだ」――それよりも早く風呂から出ていけ。そっちの方が恥ずかしい。
「あなた一体何者なの」矢継ぎ早に質問して来る。
「いや、ただのアルバイトの警備員だが……」本当に失業中のアルバイト警備員なのである。
「……」セイラは何やら疑り深かそうな目でこっちを見ている。「ねえ、そもそも、あなたどうやってここに接続してるのよ。そろそろ本当の事教えて」
「いや、本当に見学中に倒れて、気が付いたらここに居たのだが……逆に聞くがそのシグナスと言う装置が無いとここには来れないのか?」――だとすると、私の存在自体が疑問になって来る……。
「……事例が無い訳では無いわよ……元々、この装置は双子が夢を共有するというレポートから開発されたわけだし……でもそんな可能性……いえ、そもそもここがイレギュラーだし……救出も来ないし……もう、訳わかんない……」
――それについては私も同感だ。
「まあ、取り敢えず、明日の夜にマヒト様に会ってくるよ。そうすれば何かわかって来るだろ」
「……うん……」
「わかったなら、ちょっと男湯から出ててくれないか。服を着たいんだ」
「ご、ごめんなさい」今になって気が付いたのか、セイラは顔を赤らめて温泉から出て行った。
いつものように服を簡単に洗い脱衣所に行くと、セイラは隅っこで膝を抱えて待っていた。
――いや、外で待てよ……。
取り敢えず手拭いで体を拭き、浴衣に着替えた。
「私、あそこへは帰らないわよ……」
「ああ、もう夕方だ、今村に入ると危険だからな、私が宿の主人に言って部屋かりといてやる」
――酒屋の桧垣さんには悪いと思うが、今は連絡のつけようがない……まあ、日付が変われば忘れてしまうだろう。
私はセイラをつれて十吾さんに後日お金をまとめて払うと約束して、隣の部屋を貸してもらう事にした。
「でも大丈夫なの、ここ……」何故かセイラは私の部屋にいる。部屋の隅に丸くなり座っている。
私は部屋の反対側に布団を敷いてその上に横になった。「何が?」
「アマヌシャとかステイポイントを変える事よ……」
「アマヌシャはこちらから何かしなければ問題ない。あれは番犬みたいなもんだ。橋は渡ってこないだろう……」――多分。
「……飼い主はマヒト様……」
「ああ」――恐らく……。「それと気づいてないかもしれないが、ここの時間のループは少しづつ変化してるんだ」
「どうして、そう言えるの」
「私は最初、ここには崖から落ちて運び込まれたんだ。その事象がずっとループしていた」
「それが、どうしたの……」
「いや、正確に時間がループしてるなら、毎回私がここに居ない状態から始まらないと可笑しいだろ、それまで存在してなかったんだから」――運び込まれたという一文の記憶だけが翌日に持ち越されていた……そう丁度、メモ一枚分程度の簡単な記憶が少しずつ変化している……。やはりこのループには何か恣意的な物を感じる……。
「そう言う事か……そういえば桧垣もそうだったわね……」
きっと、セイラがここに来たことで十吾さんの今晩の記憶は変化するだろう……その事は少し心配だ。余り変な風にはなってほしくない。
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