第10話 ノース・サンズへ 3


「首長、傭兵を連れて来たよ」


 ジェーンはおざなりにノックして駅長室に入ると、中にいる人物に向けて声をかける。駅長室も薄暗く、あちこちに置かれたランタンで室内が照らされている。


「我々の呼びかけに応えてくれてありがとうございます。どうぞこちらにおかけになって」


 室内にいたのは上品そうな50代ぐらいの中年の白人女。


「初めまして、俺の名は深山、こっちは桐山、流れの傭兵だ」

「私はマリア、マリア・タリスオーニ。このノース・サンズの首長をやらしてもらっているわ」

「えっ!?」


 マリアと名乗った女性がノース・サンズの首長をやっていると自己紹介すると、桐山が驚いた声を上げる。

 ゲームではエリックという50代のおっさんが首長をやっていた。


「ふふ……女性が首長をやってるのが珍しかった? 本当は夫のエリックが首長だったんだけど……西のレイダーの襲撃で亡くなってね……」

「あ……えっと……ごめんなさい……御悔やみ申しあげます」


 マリアは桐山の驚いた理由が女性が首長をやっていることだと勘違いし、なぜ自分が首長をやっているか説明する。

 桐山は申し訳なさそうに頭を下げて謝罪とお悔やみの言葉を述べる。


「……ずいぶんと育ちのよさそうなお嬢さんね。こんな時代に他人を思いやれる心が残っているなんて……ありがとう、少し心が晴れたわ」


 マリアは桐山の謝罪の言葉を聞いて驚き、目じりに浮かんだ涙を拭う。


「それで、俺達に頼みたい仕事ってのは?」

「そうね、まずはそこから話しましょうか」


 マリアはノース・サンズの集落で起こっている問題を述べる。

 浄水器が故障し、工場跡地まで行って修理部品を探してくること、川からやってくるサブクアンの撃退、北部の交易ルートにできた巨大アリの巣の破壊、西に拠点を作ったレイダー討伐などゲームと同じクエスト内容の問題が起きていることをマリアは説明する。


「特に浄水装置の修理は最優先で解決してほしいわ」

「修理に必要な部品が分からないなら、私がついていく」


 マリアは最優先事項として浄水器の修理をしてほしいと言い、傍にいたセイが部品が分からないならついてくと述べる。


 ゲームではセイというNPCがついてくることはなく、クエストビーコンが修理に必要な部品がある場所まで案内し、その場所でアクションボタンを押せば修理部品が手に入る流れだった。

 この世界ではクエストビーコンとログが消滅するMODのせいでクエストがどう進行するかわからない。


「……護衛も含めるなら追加報酬を要求するぞ」

「必要ない、自分の命は自分で守る」


 護衛も含めるなら追加報酬を要求するとセイが護衛は必要ないと述べて、自分も戦えることをアピールしようとしているのか、小型の二連式ショットガンを見せる。


「正直修理に何が必要かわからないからついてきてくれ。ただし、現場では俺の指示に従ってくれ」

「ん、わかった」

「んで、浄水装置の修理部品を持ってきたら何をくれる? こっちの希望はチップ、弾薬、医療薬品、水と食料、仮の拠点のどれかだ」

「……成功報酬になるけど、部品を持ってきてくれたら300チップを払うわ。残りの希望は今後の働き次第ね」

「なら商談成立だな」


 俺が依頼を受けることを了承するとマリアやセイにジェーンが明らかにほっとした表情になる。


「それじゃあ、歓迎もかねて今日はごちそうにしましょう。ジェーンもセイも一緒に食べていきなさい。セイ、このカードを食堂に持って行って」

「わかった」

「OK、それじゃあ準備してくる」


 マリアはポンっと手を叩くと商談を終了させ、俺達を歓迎する晩餐を開いてくれる。

 ジェーンは折り畳み式の長テーブルを展開し食卓を用意する。

 セイはマリアからカードを受け取ると駅長室から出ていく。


 しばらくすると薄汚れたエプロンをかけたコック姿の住人達が駅長室に料理を運んでくる。

 蒸したジャガイモとトウモロコシ、申し訳程度の野菜や豆が添えられた焼いた何かの肉に黒パンがテーブルに並べられ、マリア自ら料理を取り分けて俺達の前に皿を置いた。


 年季の入ったマグカップに水が注がれるとテーブルの燭台の蝋燭に火を灯し、祈りを始める。

 祈りを終えると食事を始めるが、その味付けはすべてが薄い塩味だった。


「お口に合わないみたいね、桐山さん。やっぱり旅をするほど腕の良い傭兵のお2人は、美味しい物を食べ慣れているのかしら?」

「い、いえいえ。そんな……えっと……ごめんなさい」


 飽食の国日本の食事しか知らない桐山にとってノース・サンズの食事は粗食に思えたのだろう。

 あまりの薄味に桐山は戸惑ってしまい、それを見たマリアが申し訳なさそうに謝罪し、それを見た桐山は慌てて謝罪を述べる。


「とりあえず、今日泊まれる所が欲しい。できればしっかりと施錠できる安全な部屋を希望する」

「それなら……ジェーン、貴方の隣の部屋空いていたわよね?」


 重苦しくなった空気を入れ替えるのも含めて、俺は今日泊まれる場所が欲しいとマリアに提案する。

 俺の提案を聞いたマリアはジェーンの方を向いて、隣の部屋が空いていたはずとジェーンに確認をとる。


「ああ、それなりに広いから二人が泊まっても問題はないと思う」

「なら今夜はお二人をそこに案内してあげて」


 ジェーンはマリアの問いに応えながら俺と桐山を見て二人が止まっても大丈夫な広さだと答え、マリアはジェーンに俺達をその部屋に案内するように伝える。


「OK、食事を終えたら案内するよ」

「そうさせてもらうよ。明日の朝、工場跡に向かうぞ。セイそのつもりで準備してくれ」

「ん、わかった」


 その後は軽い談笑をしながら食事を続けた。



「ここがお前たちの部屋だ」


 案内されたのは地下街の店舗だったと思われる場所。

 陳列棚などを撤去して寝袋を置いただけの店舗だった。


「あたしは隣で寝泊まりしているから、何か用事があるならノックして。それじゃあ」


 ジェーンは俺達の寝床への案内を終えると隣の店舗に戻る。

 寝袋は薄汚れていて年単位で干してないのかくたびれており、以前使っていた住人の汗が染み込んだ匂いがしていた。


「深山さん……ベッド出してくれませんか?」


 桐山はさすがにこの寝袋で寝るのには抵抗があるのか泣きそうな声で俺にベッドを出すように求めてくる。


「ちょっと待ってろ……こいつでいいか」


 インターフェイス画面を開き、拠点モードを展開すると、俺は簡易ベッドと仕切り用のカーテンにコーヒーテーブルと電気スタンドを設置する。


「深山さんありがとうございます!」


 桐山は現れたベッドに横になるとごろごろ転がり始める。


「しかし、首長が変わっているとは……」

「ゲームだとエリックっていうNPCでしたよね?」


 案内された部屋で落ち着くと話題に上がるのはノース・サンズの首長についてだった。


「ゲームではマリアさんなんて奥さん、いなかったよねえ?」

「それどころか、ジェーンやセイと言ったNPCもいなかった。それ以前にあんな風に食料の調達部隊と出会うというイベントもなかったはず」


 思い返せばゲームではノース・サンズには普通には入れて、集落のNPCに話しかけたら首長がいる駅長室に向かう様にクエストログが更新されるだけだった。

 マリアとの会話内容はゲームでエリックがする会話内容とほとんど変わらない。所々ゲーム知識と違う出来事が起きているようだ。


「……エリックは不死属性だったよな?」

「うん、クエストをくれるNPCは不死属性で、HP0になってもしばらくその場に蹲るだけで死ぬことはなかったよ」


 エンドレスホライズンではプレイヤーキャラクターにクエストを与える重要NPCは不死属性解除MODを入れない限りは死なない設定だった。

 だがこの世界のエリックはもう死亡しており、ゲームには存在しなかったマリアという女性がいた。


「マーサー・ジェーン・キャナリーにマリア・タリスオーニ……偶然とは思えないな……」

「え? 何? 深山さん、あの二人知ってるんですか?」


 俺がぼそりと二人の名前を呟くと、横になっていた桐山ががばっと起き上がる。


「マーサー・ジェーン・キャナリーは西部開拓時代に実在した男装の女ガンマン、カラミティ・ジェーンの本名だ。そしてマリア・タリスオーニ……彼女はオペラ座の怪人に登場するヒロイン、クリスティーヌ役を演じる女優の名前だ。偶然かどうかわからないが、本来の首長エリックはオペラ座の怪人ファントムの本名だ」

「……深山さんって博識なんですねえ……」


 二人の名前の元ネタを説明すると桐山は感嘆した声を漏らす。


「何か関連があるかもしれないが、情報が足りない。まずは明日の浄水器の修理部品のクエストについて考えよう」

「確か……工場跡地の下水処理場に部品があったんですよね?」


 二人の名前については一旦脇に置いて、浄水装置修理のクエストについてどうするか相談する。


「クリーチャー強化MODの影響で工場跡地に何が出てくるかわからない。用心して可能な限り装備は整えたい。桐山、俺が持ってる防具着れるか試してくれ」


 俺は無限バックパックから物々しいメタリックな鎧を取り出す。

 ラミネートアーマーというファイバニウムとチタニウムの複合装甲の全身防具で、ゲームでは陸軍に正式採用された軍用防具という設定になってる。


「覗かないでね」

「興味ない」


 仕切り用のカーテンを展開し、桐山はそう言ってカーテンの向こうで着替え始める。

 仕切り用のカーテンが電気スタンドの明かりに照らされて、影絵の映画のように桐山が着替えているシルエットを映し出す。


「初めて見る鎧なのに着方が分かる……なんか気持ち悪い……」


 桐山は仕切りのカーテンをのけて、着替え終わった姿を見せる。


「……どうみても夏と冬の祭典でコスプレしてる女子にしか見えないな」


 感想を述べると桐山は俺に向かって枕を投げてもう寝ると言ってカーテンを閉めてしまった。

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