第二話:「獣(2)」

翌日。


私は、朝になるまでベッドに横になっていた。

と言っても、ネストに日が昇る事は無いので、

時計からの情報で判断するしかないのだが。


寝る事が、この体になってからあまり出来ない。

週に1度か2度、1時間程眠りに落ちる事が出来るだけだ。

それはごく単純に、私の脳がそれしか休息を必要としていない。という事だろう。


ベットの横にあるガラス張りのサイドテーブルに置いていた端末が、

誰かから連絡があった事を体を揺らして教える。


誰かと思い端末を手に取って見れば、私の仲介者であるスクモからだった。

端末の画面に表示されたメッセージを読む。


それを確認した後、私はベットから体を起こし、

端末があったのと同じサイドテーブルに置いてあるPCを開く。


すると、スクモから映像が送られているので、私はそれを再生する。


その映像を端的に説明すれば、処刑動画だった。

先日、私が元虎門の女を殺した時のものだ。


地面に女を足で押さえつけ、両腕を引き千切る私の姿が、車の中らしき場所から撮られている。

彼女が私に話しかける所から、その動画は始まっていた。


端末で受け取ったメッセージには、

これがネストのある情報屋が運営するサイトに上げられ、

一部のユーザから人気を集めているらしい。と言う趣旨の内容が書かれていた。


メッセージにはURLが載せられているので、私はそれを端末で開く。


それは私の盗撮動画を無断で取り上げた記事の様で、

見出しには、「謎の美人殺し屋が活躍!殺し屋界のダークホース登場。」と

大きな文字で書かれている。


撮られていた事も気付かなかったが、まさか私の記事まで出来ているとは。


記事には、私の名前やランク。私の二つ名の由来や、直近の活動内容まで、

多分な憶測や私見を交えて大袈裟に掲載されている。


面倒な事になった。私は、殺し屋として依頼をこなして暇を潰したいだけであって、

活動の重しになるような名声や注目は必要としていない。


対象が私の事を知って警戒を強化する事もあり得る。

それは、場合によっては私にとって利益になるかもしれないが、

私の知らない人間が私の事を知っていると言うのは、どこか気持ちが悪い。


何よりこの体になってからと言う物、些細な事で怒りが沸くようになった私には、

無用な他人との接触はトラブルにしかならない。


私が、記事を見ながら今後を憂いていると、スクモから連絡が来る。


「黒づくめの殺し屋は、その冷厳な美貌とは似つかぬ煮え滾るような凶暴さを持つ。

謎の殺し屋ヒソミ。彼女は、一体何者なのだろうか。

その怪しげな秘匿性が、我々の興味を惹きつけて止まない。」

スクモが語り部の様な口調で、ワザとらしく件の記事の内容を抜粋して話す。


彼女は、こうやって人を嘲る事に人生を捧げている人間だと言ってもいい。

私の仲介者になる前は、人の醜聞を専門とする情報屋であった事も大いに頷ける。

今も、私が短気である事を知った上でこうした怒りを煽る様な行為をしているのだ。


「読み聞かせが上手だな。今すぐ仕事を変えたらどうだ。」

私はスクモに、自身の苛立ちが悟られぬ様平静を装って話す。

私が怒りを露わにすれば、相手の思うつぼだ。


「あなたも映りが良いわね。女優になれば?ドレスでも買ってあげるわよ。」

彼女は、私にとても実のある提案をしてくれる。


「いいや、この仕事が気に入っているんだ。

今すぐにでも殺したいくらいさ。誰かを。」


「そう。釣りの依頼は無いけど。

所で、この虎門レディ。周囲に自分は近々殺し屋になる。とか宣っていたらしいわ。

きっと、あなたを倒す気満々で、証拠を撮ろうとしたんでしょうね。

結果は見ての通りだけど。」

余程暇なのか、情報屋の性なのか。

既に彼女はこの件について色々調べているらしかった。


「そしてそれを依頼された人物が、小銭欲しさに動画を売った。と言う所か。」

私はそう言う。


「かも知れないわね。そう言えば、

あなたの事を話題にする専門の掲示板が出来たらしいわよ。今URLを送るわね。」


「そうか。だが名残惜しいが、これから舞台の準備をしないといけない。

もう切るぞ。」


「そう。おひねりは幕が下りるまで拾っちゃ駄目よ。」

そう言って、彼女は通話を切る。


スクモとの不快な会話を終え、私はPCを閉じる。


面倒だが、今後は周囲の傍観者にも気を張らねば。

見つけ次第殺害する様にすれば、やがて収まるだろうか。


私は立ち上がり、冷蔵庫の中身から必要な栄養を摂取すると、

またベットに横になる。


仕事が無い時は今の様に服も着ずに、大体こうして過ごしている。


世界で唯一の純粋な戦闘仕様C.M.Hには、

戦いに必要無い器具は付いていないので、

服を着ようが着まいが大して変わらないのだが。


法とモラルに反するので、外では仕方なく着ている。


私はまた天井を見上げ、脳が睡眠を欲するのをじっと待つ。



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時計に目を向けると、既にその画面は日付の表示を変更している。

昨日も眠る事が出来なかった。


私は起き上がり、自分の体がきちんと機能しているか確かめる。


私は自分のC.M.Hについて、換装時に受けた説明以外の事は知らないのだが、

これは換装から百年以上経った今も一切の不調を起こしていない。


それもこれも、

あの異常な科学者の賜物であると考えるのは余り気分の良いものではないので、

私はいつもこの体について深くは考えない。


動き続ける限りは生きる。

動かなくなれば、死ぬだけだ。


体の確認を終えた私は、兎に角急速に栄養補給を行える事を謳う、

大きなストローが取り付けられた銀色の容器の、ゼリー状の栄養食品を手に取る。


ストローに付けられた蓋を取り、口に咥えると、

中身を吸いながら銀色の容器を潰す。

口の中に、潰れた冷たいゼリーが勢い良く流れて来るので、それを飲み込む。


この数秒の行為で一日に必要な栄養が取れると言うのだから、楽な物だ。


私は空の容器をゴミ箱に投げ入れ、サイドテーブルにあった端末を取り、操作する。


すると案の定、仕事の要請がスクモから来ている。


本来であれば、殺し屋自身が仲介者が持ってきた仕事の中から、

自分のやりたい仕事を選ぶのが普通だが、

私は仕事の斡旋から選択まで全てスクモに任せていた。


スクモは私の好みをある程度把握しているし、

実際受けたくない依頼であればその場で断ればいい。

評判など知る所ではないし、どんなランクでも、

殺し屋をしている限り仕事に困る事は無い。


何故なら、殺し屋のランクがどうあれ、殺し屋と言う屋号自体が、

ネストから選ばれた精鋭のみが所属出来る完全実力主義の組織なのだから。


互いに群れる事は無いが、個人で他の戦闘員の数十倍以上の戦力を有している。

それが殺し屋だ。


と言っても、中には自身の見栄を最優先に、

簡単な依頼ばかり受ける間抜けな奴もいるらしいが。


基本的に殺し屋は、自らの殺し屋としての矜持を忠実に守り生きている。

しかし、私は殺し屋と言う物に利便性以外のものを求めていない。

殺し屋でいる事が枷になる日が来れば、何の躊躇いも無くそれを手放すだろう。


ただ、自分の中に巣食う虚空を紛らわす事が出来ればいい。


だから私は、スクモが受けた依頼を遂行する為、服を着て外に出る。



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依頼は、ネストで人体改造の大手として君臨している、

「アイソトープ社」の役員の男を殺害すると言う依頼だった。


どうやらこれは、そのアイソトープ社が直々に依頼してきた事らしい。

普通、社内の争いなどでは、それが表沙汰になるのを避ける為、

殺し屋ではなく暗殺屋を雇うのが一般的なのだが。


しかし今回は、アイソトープ社の極秘情報を盗んだその役員の死を持って、

裏切り者の末路を見せしめとして大々的にアピールしたい。と言う

思惑があるようだ。


通常の企業であれば考えられない事だが、所詮商い屋の大企業と言えど、

結局、同じネストの土から生えて来た物である事には変わらない。

この無法地帯が必要としているのは、より大きな力と利益だ。


それを保持し、それが提供できる事を証明し続けなければ、

この社会で生きては行けない。


今回はその証明を手伝う為に、

先の盗撮動画によってにわかに話題となった私に白羽の矢が立った。と言う訳だ。


今回の依頼には仕置き人の知名度は関係ない。であれば、

動画の通り容赦がなく、支払いも比較的安価な私が適任という事だろう。


まずは、男の居場所を探らなければいけない。

例の如く、先方は男が持つ情報の内容や逃走の理由については一切教えない為、

相手がネストに留まっているのか、それとも地上への脱出を目論んでいるのか。

そこから調べなければならない。


私は外を歩きながら片耳に小型のヘッドセットを付け、スクモを呼び出す。


「輝けるライジングスターが、私にどんなご用件?」

通話口に呼び出されたスクモが、独特の甲高い声でそう言う。


「男の素性と、行先は?」

私はそう言う。

この女と話す時は、相手の無駄な言葉を無視して話を進めるに限る。


「えー。今回のお魚は、ダニエル・マグワイア。36歳の第三世代。

若くして大企業の役員だなんて、凄いわね。

その仕事ぶりは優秀で、将来が期待されていたけど、

妻と子供を失った事でそれは一変。

仕事の内容に疑問を持つようになり、その果てに極秘情報を盗んで逃亡。

現在は、凶暴なシャチに背後から噛み付かれる寸前。ってとこね。」

スクモは、恐らく自身のPCを操作しながらそう応える。


「行方は?」


「私の情報に気の利いた返しくらい出来ないの?男にモテないわよ。

そのダニーの居場所は知らないけど、会社の元同期で、

家族の死後も交友がある人間がいるから、その人から当たってみれば?」

私はスクモからその人物の名前と居場所を聞いた後、無言で通話を終える。


私は家が入っているビルの路地裏に置いていたバイクを使い、その場所へ向かう。


そのバイクは昔、依頼で殺した男から拝借した物だ。


私は機械に興味が無い為、具体的な事は分からないが、

そのバイクはかなり大量の改造が加えられているようで、形状記憶装甲や、

数秒で時速400kmを超える事が出来るなど、

かなり高性能なマシンである事は間違いない為、

私はネストの中ではこれを主な移動手段としている。


目的地は現在地のリグリアから大分離れていたが、

安全よりも移動効率を重視した走行をしたお陰で、

予想よりも早くマリアナに着く事が出来る。


マリアナは比較的穏やかなリグリアと違い、あらゆる面で派手で凶暴だ。

その巨大な繁華街で目的を果たす手段は4つ。

権力、魅力、財力、暴力。この何れかだ。


今回は、その中の4番目を使う事になりそうだ。


私は、地区と地区を繋ぐトンネルを通る。


頭上に等間隔で並ぶオレンジ色の照明が続く道を抜ければ、

途端に、鮮やかなネオンや、暗闇を穿つように伸びる摩天楼が姿を現す。


その姿は、統一前の旧アメリカにあった街を彷彿とさせる。

グロウサイドの整然とした街並みとは違い、

その建物の持ち主の地位や財力を誇示し、競う様に、

それぞれのビルは協調する事無く、身勝手に伸びている。


この姿こそ、ネストと言うものの在り様を如実に表していると言えるだろう。


私はそのビルとネオンの海を抜け、目的地の前にバイクを停める。

そこは、フロアごとに様々な店舗が入っているビルだった。


そこの8階にある、C.M.Hの整形加工を行う店へ向かう。

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