第一話:「デスボイス(終)」

取り合えず。とハンナが言う。


彼女はテーブルから腰を上げ、PCをベルトで首から吊り下げて、

俺の横に立っていた。


なるべく平静を保とうとしている様だが、

その顔や声からありありと緊張や恐怖が見て取れる。


俺自身もそうだ。


怖くて体や声が震えるなどと言う事は無いが、

得体の知れない未知の獣が、自分のすぐ側で眠っている様な恐ろしさを覚える。


今は平気だが、何がきっかけで起きるか分からない。


俺達二人は、目を合わせたまま動く事が出来ずにいた。


「取り合えず。何もしなければ平気。」

ハンナがそう言う。先程から、同じような事を何度も言っている。


「それは分かった。早くやる事をやってくれ。」

俺は痺れを切らしてハンナにそう言う。


「うん。分かってる。

これは爆弾処理と同じ。まず大事なのは、」

ハンナはテーブルに置かれたPCを見る。


「何だ?」


「何がトリガーで起爆するか、を理解する事。」

そう言って、ハンナは俺に視線を戻す。


「この場合、ディスクを起動しなければいいんだよな?」

俺はハンナにそう確認する。


「そうだね。ハルはPCに触らないで。私がリモートで操作するから。」

ハンナがそう言うので、俺はPCがあるテーブルに置いていた手をゆっくり離す。

そして降参した様に、体の横で、肩程まで挙げた手を開く。


「まず、音量をゼロにすればいいんじゃないか。」

俺はその姿勢のまま思った事をハンナに言う。

その言葉を聞いたハンナは、確かに。と言って、同意する様に何度も頷く。


「大丈夫。やる事は基本的な事だけ。いつも通りやれば問題ない。」

ハンナがそう自分に言い聞かせる。

手をぶらぶらと振ってストレッチをした後、ハンナが自分のPCを操作する。

すると、テーブルのPCの画面に色々な表示が現れ、その内矢印が勝手に動き出す。


ハンナが動かしているのだろう。と俺は思う。


矢印は、そのまま画面の下にある黒い帯の様な物の右端に付いた、

スピーカーから音波が飛び出している様に見えるアイコンに近づき、

それをクリックする。


すると、真ん中にバーがある白い長方形の表示が現れた。

そのバーのつまみを上下する事で音量を調節するらしい。


現れたバーのつまみは丁度真ん中の位置にあり、つまみを挟んで、

下側のバーには色が付き、

逆に上側のバーは灰色で色が付いていない。

つまり、つまみを上に動かせば音量が上がる。という事だろう。


そして一人で動く矢印はバーに近づくと、つまみを一気に上へ引き上げた。

何故だ?俺が間違っていたのか。と一瞬思うが、

引き上げた際つまみの横に現れた表示には「100%」と書かれていたので、

俺は困惑する。


「おい。どうした。」

俺はハンナを見てそう言う。


「誰かに入られてる。」

俺がハンナに呼びかけると同時に、

ハンナがPCを操作しながら切迫した様子で話す。


入られているとは、つまりハンナ以外の誰かがこのPCを遠隔操作している。

と言う事か。


それはまずい。


俺は咄嗟に、ハンナに急いで耳を塞いで逃げる様伝え、

PCを破壊する為腕を振り上げた。


しかし、一歩遅かったようだ。


PCからは、大量の男女が叫ぶ様な、狂喜する声の様な、

怖気の走る様な音が鳴り響く。


俺はその音に耳を塞いで座り込んでしまう。

決して、ただ煩いからそうなっている訳ではない。


その音を聞いた瞬間視界が歪み、一瞬で意識が朦朧とし、また鮮明になる。

それを何度も繰り返す。


水を引いたドラムを叩くと水が垂直に跳ねる様に、

体と言うドラムから意識と言う水が何度もくっついては離れる。

肉体から精神そのものが乖離しようとしているかの様な感覚だ。


恐らくハンナもそうなっているのだろう。

様子を確認したいが、そちらを見る余裕がない。


俺はそのデスボイスに成す術なく蹲りながら、

この怨嗟の声の様な音に聞き覚えがある。とふと感じる。


そうだ。これは、あの時の声に似ている。


子供達の、空洞の様に見開かれた目と口が頭を過ぎり、

右手に握り締めた十字架の、手に焦げ付く痛みが蘇る。


これは、贖罪なのか。

俺は、今にも掻き消えそうになる意識の中で思う。

もしそうなら、このまま苦痛の中で死んでしまいたかった。


耳を抑える右手の痛みが一層酷くなる。

俺は、道すがらこの傷の事を聞いて来た、ハンナの事を思い出す。


俺一人ならば死んでも構わないが、

この非常識で生意気で、文字通り死ぬ程好奇心旺盛な女を、

俺の身勝手な償いに付き合わせる訳には行かない。


右手の痛みのお陰で、意識を保てる。

俺はPCから流れる音を掻き消すように、

雄叫びを上げながら立ち上がろうとする。


俺はその途中でPCが置かれた金属製のテーブルの脚を右手で掴むと、

そのまま一気に立ち上がり、テーブルを持ち上げる。


そして床に落ちたPC目掛けて、一心不乱にテーブルを振った。


力任せに、両手で何度も振り下ろす。

一度、テーブルが後ろにある棚にぶつかる。当たった棚は大きく拉げた。


頭の中の音を、思い出した過去を消し去る為、

無我夢中で床にテーブルを叩き付けた。



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一体、何時までそうしていたのだろうか。


ハル。と俺の名前を呼ぶ声に、我に返る。


声の方に振り向くと、ハンナが床に座っている。

PCの画面から漏れる光に照らされた顔が、心配する様にこちらを見ていた。


音はもう流れていなかった。暗くて良く判らないが、

恐らくデスボイスを流していたPCは破壊されたのだろう。


俺は息を切らしながら、テーブルを捨てて崩れる様に床に座り込む。

重い金属製のテーブルがコンクリートの床に落ち、大きな音を立てる。


ハンナが、息を荒らげる俺の側に寄る。


「大丈夫?」

ハンナがPCを床に置き、二人を照らす照明代わりにしながら、そう尋ねる。


「ああ。」

俺は息を整えながら、そう応えた。

本当に?とハンナが言うので、俺は同じ様に大丈夫だ。と答える。


「デスボイス。本当にあったんだね。」

ハンナは、破壊されたPCが散乱しているであろう場所を見やる。


「そうだな。それより、」


「何?」

ハンナは俺の方を見る。


「悪いな。多分、お前の端末も壊してしまった。」

俺はそう言う。


必死であった為、テーブルの上に照明代わりとして置かれていた

ハンナの端末の事を考えていなかった。


「やっぱり、壊れたかな。」

ハンナは怒る様子もなく、そう言う。


「ああ、もう光ってないしな。」


「そうだね。あ、じゃあ。」

ハンナはそう言って、親指で丸めた中指を俺の額に当てる。

細い指から繰り出されるデコピンは、驚く程全く痛くなかった。


「これで帳消し。」

そう言って、ハンナは笑う。


「ああ、良く噛み締める事にするよ。」

俺はそう言って額を触る。

不意に、短く息を吐く様な笑いが零れる。


「うわ。」

ハンナが驚いたようにそう言う。


「何だ。」


「初めて笑ったから。

感情の無い人造人間じゃなかったんだ。」

ハンナが、本当にその可能性も視野に入れていたかの様に話す。


「何だそれは。本当におかしな女だな。」

そう言って、俺は立ち上がり、破壊したPCの方へ歩く。


後ろから、ハンナがPCをこちらに向け照らしてくれる。


床には、かつてPCだったものが散乱していた。


ハンナの端末も探したが、どれがそれだか見当が付かない。

棚に置かれていた工具なども床に落ちている。


俺は屈んで、片手でそれらを掻き分ける。


すると中から、黒い円盤が姿を現した。


これが、デスボイスだろうか。俺はそれを掴み、PCの光に当てて眺める。


一般的なディスクは鏡の様に光を反射するが、

このディスクはそれとは正反対で、炭化したように黒く、マットな質感だ。


試しに折り曲げようとしてみるが、ビクともしない。

まるで合金板の様だ。


ハンナの所に戻ってPCを元に戻し、それをハンナに見せる。


「やっぱり壊れないんだ。」

ハンナは受けったディスクをまじまじと眺めながら言う。


「それ、どうするんだ?」

俺はハンナに尋ねる。


「さあ、取り合えず誰も触らない場所に保管しとかないと。

誰があのPCを操作してたのかも気になるし、これから私の家に行こう。」


「お前の家か?」


「うん。世界最大の情報の砦に。」


「そうか。砦なら安心だな。」

そう言った後。俺達はPCの明かりを頼りに地下室を出る。



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地下室を抜け、リビングに戻る。

リビングの中ほどまで来た所で道路沿いにある窓を見ると、

先程は無かった車が停まっている。


俺は不審に思い、ハンナに伏せるよう言うと、

途端に破裂するような音が鳴った。


銃撃だ。

車の二つの窓の中から、マシンガンの様な物で無造作に撃たれている。


窓際に置かれたソファーが白い中身をまき散らしながら形を崩し、

銃弾が当たったテレビがひび割れる。

俺は屈んだままハンナの服の襟首を掴み、テーブルを倒してその陰に隠れる。


幸い、壁やソファーを通った弾は

次世代プラスチック製のテーブルまで貫通はしない。


俺が伸したレッドホースの仲間だろうか。


このままでは埒が明かない。

俺は咄嗟にどうするべきか考える。


何事かとハンナが酷く焦っている。


「レッドホースだな。後を付けて来たのか。

いや、奴なら俺たちの居場所は簡単に特定できるか。」

俺は銃を取り出してハンナにそう言う。


「いきなり撃って来るなんて。」

ハンナは青ざめた顔で胸に手を当ててそう言う。


「その凶暴性が奴らのアイデンティティだからな。

撃たれたか?」

俺の言葉に、ハンナはぶんぶんと首を横に振る。


「まさに、一難去ってまた一難だな。」

俺は手元の銃を確認しながらそう言う。


「こんな時に諺を引用する余裕があるの?」

ハンナが呆れたようにそう言う。

元はと言えばお前のせいなのだが。


「取り敢えずは、相手が手榴弾を投げて来ない事を祈ろう。」


「ハル。ずっと戦場にいたんなら弾丸位受け止められないの?」

ハンナが真面目な顔で言ってくる。

出来るなら早くそうしてくれ、と言わんばかりだ。


「無茶言うな。お前も機械を長い間弄っているが、

データの世界に入ることは出来ないだろ。」


「環境に適応する事と、物質を非物質にする事は全く違うでしょ。」

こんな時でも彼女は議論の手を緩めない


「無理って事では一緒だ。」

そう言っている合間にも次々に弾丸が部屋中に撒き散らされる。

壁に掛けられた写真や絵は無様に砕かれ、壁には無数の穴が開く。


「よし、下手に動くなよ。」

俺は決心してそう言うと、またハンナの服の襟を掴み、

テーブルの浮いている足を持ってスライドする様に移動する。

幸い廊下とリビングを繋ぐアーチは広く、テーブルごと廊下まで移動出来た。


「じゃあ、これから言う事をよく聞けよ。」

俺はそう言う。


「今更何を聞くことがあるの?」

冷静さを欠いたハンナがそう言う。


「良いから聞け。俺に考えがある。」

一か八か。思い浮かんだ事をやってみるしかない。



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リビングにあるあらゆる物は全て撃ち抜かれたのではないかと言う程、

銃撃は長く続いた。


外から、車のドアを閉める音が聞こえる。恐らく奴らが出て来たのだろう。


「生きてるか?」

正面にあるドアの奥から、そう呼び掛ける声がする。


「ああ、幸いな。」

俺はその声に応える。


「まじかよ。

おい、俺らが誰か分かってるんだろ?大人しく出てこい。

そうすれば少しは寿命を延ばしてやる。」


「今すぐ殺されない保証があるのか。」


「まあ、さっきはすぐ殺す気だったが、気が変わった。

お前、素手であいつら倒したんだろ?それに今も生きてる。

中々やるじゃないか。ケジメをつけたら、俺たちの仲間にしてやってもいい。」


「そうか。それはありがたい。今から出ていくから、撃つなよ。」


俺はそう言って、銃をしまい、ドアを開ける。


外は相変わらず雪だらけだ。

久々の新鮮な冷たい空気が気持ち良い。


「聞いてた通り、デカいな。」

玄関に続く階段の下にいる、スーツの上にコートを羽織った男が俺を見て言う。

声からして、こいつが話していた男だろう。

口には髭を蓄え、黒い髪を後ろに流している。

顔つきからして、旧イタリア系だろうか。


その後ろには、男と同じような服装をする、

軍隊仕様のマシンガンを構えた男が二人いた。

あれは一回の装填で200発は撃てるタイプだ。銃撃が長いのも無理はない。


「お前の話は本当か。」

俺は下にいる男を見て言う。


「多分な。俺がどうこう言って決められることじゃないが。

だが、お前にはそれしか道もない。」

これは別だが。と言って、男は片手で銃を真似て自分の頭に当てる。


「そうとも限らないだろう。俺からも、一つ提案させてもらう。」


「驚いたな。そんな事出来る立場か?」


「俺がどんな立場かは、、俺の話を聞いてから判断しろ。」

俺は男の目を見てそう言う。


ふざけるなよ。と銃を構える男の一人が言うが、

旧イタリア系の男がそれを手で制する。


「良いだろう。聞かせて貰おうか。

だが、俺たちの仲間がもう直ぐ到着する。

そしたら、さっきの話も怪しくなるぞ。あいつ等はケダモノだからな。」


「そうか。俺の話は、こうだ。」

俺はそう言って、合図する様に拳を握ったまま頭の高さまで腕を上げる。


すると、銃を持った二人の男の額に赤いポインターが当たる。

男達は最初気付いていなかったが、イタリア系の男が2人を見て気付く。


これが、俺が咄嗟に思いついた作戦だった。


俺達が玄関に着いた時、

相手は俺達が移動した事に気付いていなかった様で、

ハンナを安全に2階に上げる事が出来た。


そして、それからは状況に応じてだったが、

ハンナが捜索していた2階のもう一つの部屋には、

道路に面している窓があったと言うので、

そこからハンナが買っていたレーザーポインターを使って、

相手にこちらには部隊がいると思わせ退却させる作戦だった。

確認できたのは4ドアの車一台だけだったので、多くても5人程しか乗れない。


5人もいた場合は難しかったが、ハンナから、窓越しには3人しか見えない。と

PCから端末を通じて連絡があった。


三人なら、二つのレーザーポインタで狙えばどうにかなるかも知れない。

そう思った俺は外に出て、賭けに出た。


「お前たちの増援も既に他の部隊が対処済みだろう。

レッドホースの目に付くのは想定外だったが、仕方がない。」

俺は銃を取り出し、目の前の男に向ける。


「何者だ。」

男は先程の余裕の表情とは裏腹に、険しい表情になっている。


「我々はヘスティアだ。任務でここに来た。」


「ヘスティア?アテナならともかく、お前らに厄介はかけていないだろうが。」


「間違いを訂正しよう。

我々にとって何が厄介かは我々が決める。

誰であろうと、我々がそう思えば、そうなる。」

俺は何処かで聞いた事を話す。


「なんだと。」


「我々はまだ任務中だ。お前たちに構っている時間は無い。

今直ぐ消えれば、追いはしない。」


男はどうすべきか考えている様だ。

口元に手を当てて黙っている。


暫く、無言の時間が続く。


「よし、じゃあ撃てよ。」

やがて、男は顔から手を放し、こう言った。


「何?」

俺は男の言っている事が理解出来ない。


「こいつらは下っ端さ。自分じゃ何も出来ないゴミだ。

その部隊とやらが本物なら、こいつらを殺して見せろよ。

そしたら真に受けてやる。」

男は両手を広げてそう言う。

ゴミと言われた男達は戸惑っているが、何も言わない。


「お前を狙う事も出来る。」

俺はそう言う。


「そうだな。じゃあ狙えよ。だが、少しでもこいつらのどちらかから照準を外せば、

そいつがあっという間にお前と仲間をハチの巣にするぜ。」


「俺が銃を持っている事を忘れたか?

三人とも同時に殺す事も出来る。」


「そうだな。じゃあどうしようもない。

ここで逃げたらどうせ組織に殺される。

やれるならやれよ。ほら。」

男はそう言うが、当然こちらは撃つ事が出来ない。

男はそれを察し、にやりと笑う。


「やっぱりな。嘘なんだろ。そうだと思ったぜ。

ヘスティアは自分じゃ動かないってのは有名な話だからな。」

詰めが甘いな。と

男は先程の余裕な様子を取り戻してそう言う。


「確かに、その通りだな。」

俺は観念してそう言う。詰めが甘かったのは事実かも知れない。

急だったとはいえ、肝心な事を失念していた。


「俺は一人だ。さっさと連れていけ。」

俺は男にそう話す。


「一人だと?あれは?」

男はレーザーポインターが伸びる場所を顎で指す。


「あれは何でもない。俺が操作してたんだ。」


「本当かよ。『噓つきは信じるな』って言うのが俺の家の家訓でね。」

そう言って男は仲間の一人を中へ入れようとする。


これでお終いか。俺1人で3人を相手に出来るだろうか。

銃弾の1発や2発なら何とかなるが、

200発も撃たれたら流石にひとたまりもないだろう。

だが、やってみるしかない。


俺がそう思っていると、左右に伸びる道路の奥が騒がしくなってくるのを感じる。

レッドホースの増援が到着したのだろうか。


男がほらな。と言わんばかりに愉悦を浮かべた笑みを見せる。


そして、車の走行音は徐々に近づき、

やがて左右を固める様に4台の走行車両が停車した。


増援に軍隊仕様の装甲車とは用意周到だな。と思い男の方を見れば、

男もこれ程までとは想像していなかった様で、

左右に停まる車両を交互に見ている。


そして、俺が抱いた若干の違和感は、すぐに解消する事になる。


「そこの4人。銃を放棄し手を挙げろ。

さもなければ、此方は武力行使も厭わない。」


装甲車の一台から拡声器の様な物でそう話す声が聞こえるや否や、

4台の車両から黒ずくめの武装した十数人の部隊が一斉に辺りを包囲する。


男達はそのアナウンスに戸惑い、

階段を上がろうとしていた、銃を持つ男の一人はその通りに銃を捨て、

これ以上ないと言う程手をまっすぐ伸ばして降参の合図をする。


もう一人の銃を持つ男は、パニックになっているのか、その言葉を無視して

辺りを囲う戦闘員達に銃を突き出している。


「おい、どういう事だよ。お前ら組織の人間じゃないのか。」

旧イタリア系の男が狼狽しながら手を挙げてそう言う。


「組織の人間さ。ハイドラと言う組織のな。」

装甲車から聞こえる声がそう言う。

何処かで聞き覚えのある声だ。


「ハイドラ?どういう事だ?」


「どうもこうも無い。

お前らが俺達の作戦に対し妨害行為を行った事は分かっている。

そこでクソと銃弾を漏らしそうになっている男を早く落ち着かせて、投降しろ。」


そう言われた旧イタリア系の男は銃を持つ男を抑えようとするが、

男は周りの声が聞こえていない様だ。顔を紅潮させ銃を振り回している。


あれでは銃を乱射するのも時間の問題だろう。


埒が明かない。


俺は拳銃をその男に突き付け、頭部を射撃した。


乾いた発射音が、場の空気を支配する。


眉間に弾丸を食らった男は何も言う事も無く、

頭の部品を散乱させながら呆気なく地面に倒れた。


そして俺は銃を捨て、手を上に挙げる。


それを見た旧イタリア系の男は激昂し、俺に向かって来ようとするが、

周りの戦闘員がそれを制する。

二人に抑えられ、男は何かを喚きながら地面に伏せる。

もう一人の男も、抵抗する事無く取り押さえられる。


「合理的な行動だな。良いぞ、市民君。

このハイドラの任務遂行に貢献した老人は特別に、

不法侵入と殺人罪を免除にしよう。」

装甲車の声がそう言う。

その後、その声がした装甲車から、スーツを着た人間が2人降りて来る。


一人は男で、一人は女だ。


そして、その女の顔を見た瞬間、俺は流石に驚きを隠し切れない。


その女は、今日の朝、俺のベットに寝ていた女だった。


女は、もう一人の不真面目そうな長い髪を弄りながら歩く男と、

こちらに近づいて来る。


「私の代金がこれだけ?」

近づいて来た女はそう言って数枚の札を懐から取り出し、

俺のジャケットのポケットに詰め込む。


もう一人の男はその様子を見て、感動の再開だ。と言ってにやにや笑っている。



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「よお。元気にしてたか?ダーリン。」

男は片手を挙げてそう言う。その言葉で、俺は相手の正体を察する。


「これは何だ?」

俺は、玄関外で顔を突き合わせるスパイクと女にそう尋ねる。

こいつらに目を付けられてから、意味の分からない事ばかりが続く。


「何だ。も何も、助けてやったんだろ?

大変だったぜ。お前らの足取りを追うのもそうだし、

お前が騒ぎを起こした連中を特定して、そいつらの動向を監視して対処するのもな。

お陰で部署には請求書の山だ。」

スパイクがそう応える。


「この女は?」

俺は女の方を見て言う。

切れ長の目をした利発そうな顔をしている。

その表情は、感情を持たないロボットの様な、無機質な印象を覚える。


「こいつは俺の部下さ。お前が目覚めた時、記憶が消えてないとか、

そう言う不測の事態に備えて待機して貰ってた。全裸で、お前の横にな。」

こいつは凄いんだぜ。特に「足技」は一級品だ。とスパイクは付け加える。


「フェイリー・カブラギ。」

スパイクの横に立つ女が、抑揚のない声でそう名乗る。


「ヘスティアは、自分達じゃ動かないんじゃなかったのか。」

俺はそう言う。


「そうか?それは誰談だよ?俺たちはそんな事言ってない。

お前が勝手に『恐らくそうなのであろうな』と思ってただけだろ?

情報に踊らされて。」


「そうか。それで、これからどうするんだ。」


「何をだよ。」

スパイクは俺の言葉にそう聞き返す。


「俺はもう用無しだろ?脳の装置で殺さなくていいのか。」

俺は頭の後ろを指で叩く。


「ああ、その件か。あれは、全部嘘だ。」

スパイクが、あっけらかんとした様子でそう言う。


「何?」

俺は予想外の言葉に思わずそう尋ねる。


「良く考えてみろ。その装置があるって言う証拠は、頭の傷と、俺の言葉だけだろ?

レントゲンでも見せたか?埋め込んだ時の映像でも見せたか?見せてないな。

お前は、勝手に俺の言葉を信じただけだ。またもや、情報に踊らされて。

そもそも、だ。何故俺らが真実を話してると思い込んだ?

俺が言った全てが嘘の可能性だってあると言うのに。」


「どこまでが嘘なんだ?」


「さあな。だが、彼女にはまだやって貰いたい事がある。

それまでは、お前が彼女を守れ。この言葉は疑わなくていい。」


「お前らの命令を聞く必要がどこにある。」


「お前はシャイで初心なフェイちゃんの脚と尻を触っただろ?

彼女の心を傷つけた詫びはして貰う。」


「なんだと?お前があの女を裸で俺の横に寝かせたんだろ。」

俺はそう言う。

当のフェイリ―と言う女には全く動じる様子は無い。


「お前が女心を踏み躙る極悪漢である事は大目に見るとしても、

俺の言う事は聞いて置いた方が良いと思うがな。」

スパイクは俺の言葉を無視して続ける。


「何故だ。」


「この世が終わる瞬間に、自分の行いを後悔したくないだろ?」

スパイクがそう言うが、俺は言葉の意図を理解できない。

リーダー。もう時間です。と、フェイリ―がスパイクに伝える。


「どう言う事だ。」


「いいから、お前はお得意の『恐らくそうなのであろうな』の精神で

適当に解釈して、素直に俺の言う通りにしろ。

俺たちの事は彼女には内緒だぞ。」


そう言うと、二人は足早にその場を去る。


2人が装甲車に乗った途端、

瞬く間に集団はレッドホースの連中を連れ姿を消した。


嵐が去った後のように、街はまた静寂に包まれた。


「大丈夫?」

後ろのドアが開いたと思えば、

2階にいたハンナが心配そうな顔でこちらに駆け寄ってきた。

俺はハンナの言葉に、ああ。と応える。


「さっきのは?ハイドラって言ってたけど。」


「らしいな。レッドホースの奴らを連れて何処かへ行った。」


「ハルは?何を話してたの。」

ハンナは2階でこちらの様子を窺っていたようだ。


「ああ、俺が発砲して男を殺した事について、今回は特別に大目に見るが、

今後はなんだかんだと、お役所的な忠告を受けただけだ。」

俺はそう嘘を付く。


「そう。なら良いんだけど。」

ハンナは腑に落ちないと言った様子だったが、これ以上質問はしなかった。


「じゃあ、とっとと此処を出るか。」

俺はそう言って、階段を降りようとする。


「待って。」

ハンナはそう言って俺を呼び止める。


「何だ?」


「ごめん。私のせいでこんな事になって。私が浅はかだった。」

ハンナが珍しく素直に謝る。


「まあいいさ。銃撃された時、昔を思い出して楽しかった。」

俺はそう言う。

多少誇張してはいるが、嘘ではなかった。

命を危険に晒された時だけは、自分が生きている事を実感できる。

本能的に、死にたくない。と思える貴重な時間だ。


「楽しかったの?私は只々怖かったけど。」

ハンナはそう言って、その時の事を思い出したのか、

両手で自分を抱きしめる様にする。


「そうか。その内に慣れる。」


「もう御免だよ。」


「ああ、そうだな。」

俺はそう言って笑った後、階段を下りる。


ハンナも、横に立ってそれに続く。


車のカギを開ける時、手に降りた雪が、体温でゆっくりと溶けていった。

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111(November_first) adhuc @adhuc

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