第一話:「デスボイス(6)」

ちょっと待て。と俺はハンナの背中にそう投げかける。

そろそろ、この件に関する諸々を説明して貰う必要がある。

PCをリュックサックに入れながら歩くハンナは、俺の呼びかけに足を止める。


「この映像は?どこから仕入れた。」

俺は、居間にいるハンナに近づきながらそう言う。


「ネットだけど。」

ハンナは振り向き、当然でしょ。とでも言う様に肩をすくめてそう返す。


「そうか。俺が探してもすぐに見つかるのか?あの動画は。」


「んー、無理かな。少なくとも検索しても絶対に出てこないから。」

質問終わり?とハンナは続ける。


「この場所もだ。わざわざ、何故この場所に俺を連れて来た?

あのPCを持参して車の中で見れば良かっただろ。」

俺はPCから壁に投影された映像を見たが、

当然、あのPC単体でも動画を見る事は出来るはずだ。


だと言うのに、彼女は俺をここに連れて来た。

何か意味があるはずだ。


「あの電子錠も、どうやって開けた。

そもそも、だ。俺の事をどこで調べた?

『私に知る事が出ない事柄は存在しない』とは、どういう意味だ。」


「ワオ、質問攻めだね。

ハルって、あんまり依頼人の素性には興味ない人だと思ってた。」


「興味は無い。ただ、知るべき事を知りたいだけだ。」

これまでは余計な詮索を入れて疑われる事を避ける為もあり、

あまり疑問を挟まなかったが、

ここまで来て無関心を貫ける人間はそうそういないだろう。


俺はこの場で、知る必要がある事を全て聞き出すつもりでいた。


「えー、面倒だなあ。

質問を一つにまとめてよ。」

ハンナが俺を見つめてそう言う。


「お前は、何者だ?」

俺は彼女の目を見つめ返しそう話す。


「分かりやすくて良い質問だね。じゃあ、説明を兼ねて一つ質問していい?」

ハンナがそう言うので俺は首肯する。


「カラード、って知ってる?」

来た。と、俺はハンナの言葉を聞いてそう思う。


ヘスティアが狙っている人物とは、間違いなく彼女だろう。

俺はそう確信する。



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カラード(Color'd)。


一般的には世界規模のハッカー集団だと認識されている存在の名称。


実際にはカラードは、

ハンナの作り出した仮想ブレイン「ハニー」を統括するプログラムであり、

カラードに管理されたハニーが独自にクラッキングやハッキングを行い、

集められたデータ達を「スクラップフィールド」と呼ばれるデータの溜まり場へ

収集し、それをハンナがカラード名義でリークや「有効利用」をする事で、

世界的ハッカー集団「カラード」が成り立っている。


彼女は、十代の頃から独学でこれを開発、運用しているらしい。


仮想空間の中に仮想の知能を作り出すなど、俺には仕組みが到底理解出来ない。

実際、ハンナは俺向けにかなり噛み砕いてこれのメカニズムを説明していたが、

結局要領を得ることは出来なかった。


ともかく、ハンナはこれを使う事で俺の情報やデスボイスの映像など、

様々な情報を手に入れ、

それが原因となってハイドラの監視対象となってしまった。と言う訳だ。


最もハンナには国や世界に対する大義や思想と言ったものは無く、

ただ趣味でこれを作り、気の向いた時に使いたい方法で使うと言う、

完全な自己満足の範囲でのみこれを利用しているらしいが。


しかし、ハイドラにはそんな事は関係ないのだろう。と考える。


結局、人の行為は全て自己満足でしかない。

違いがあるとすれば、誰に得があり、誰が損をするか、という違いだけだ。


今回は、余りに大きすぎる勢力がこれにより損を被ってしまった、

という所だろうか。


そして、その皺寄せが俺に回ってきている。


全く厄介この上ないが、今更嘆いても仕方がない。


ヘスティアの人統課が、

任務の為に特定の退役軍人や犯罪者を自らの駒として利用し、

自分達はそれをただ眺め、必要な後処理をする部署だ。と言う噂は、

ヘラ(情報機関第六首)にいた時の同僚から耳にしていた。


何時かは自分もその対象になるのではないか、とは薄々感じていた所であった。


最後の仕事にしては、中々面白そうな仕事だ。

自分の行く末を理解した上で、俺はただそう思っていた。


「成程。」

俺は、居間でハンナの説明を聞いた後、そう言う。

実際には理解しきれない事もあったが、概ね知りたい事は知る事が出来た。


それにしても、こんなにも簡単に教えて貰えるとは思っていなかった。


「まあ、催促されなくても最初から話すつもりだったけど。」

ハンナは足を伸ばして床に座った姿勢でそう言う。


「そうなのか?」


「うん。ハルが信頼できそう。って言うのは調べた時から分かってたし。

そろそろパートナーが欲しいと思ってたし。」


「パートナー?」

ハンナの言葉に思わず疑問が漏れる。


「そうだよ。私の仕事を補佐してくれるパートナー。駄目?」

ハンナが俺を見上げ、首を傾げてそう言う。


「さあな。取り合えずこの仕事を終えてから考える。」

余り深く考えず、俺はそう応える。


ハンナはわーい。とワザとらしく喜んだ後、立ち上がる。


「そう言えば、ちょいちょい前から気になってたんだけど。」

ハンナがそう言う。


「なんだ?」


「その右手の痕、何?」

ハンナが俺の右手を指で示しそう話す。


「これか。戦争で付いた傷だ。」

俺はそう言って、右手の平に付いた火傷痕を見る。

皮膚が、十字の形に焼け爛れていた。


不意に、当時の事を思い出すが、すぐに気を取り直す。


「それ十字架の痕でしょ。どう言う経緯で付いたの?」

ハンナはそう尋ねる。


「何でも知ってるんじゃないのか?」

俺は深く詮索されるのを避け、そう茶化す。


「それはほら、ファーストインプレッションは大胆に。って言うでしょ。

それに『知ってる』んじゃなくて『知る事が出来る』の。」

ハンナはそう言った後、電子化された事柄はね。と小さく付け加える。


「そうか。じゃあ知らない事を知りに行くぞ。」

そう言った後、俺達は部屋を出る。



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「あのさ。」

部屋を出、螺旋階段を下る途中、ハンナが俺に話しかけて来る。


「なんだ?」


「いや、ハルがさっき質問してた事の中で、

一つ応えてなかったのがあったな、って。」

ハンナが、普段の嫌味な程はっきりとした口調とは違い、

おずおずと言った様子で話をする。


「ああ、ここにわざわざ来た理由か。」

そう言えば聞いていなかった。と俺は思う。

カラードについての専門的な話を飲み込むのに必死で忘れていた。


「そう。それなんだけどさ。」

やはり、ハンナはいまいちハッキリとしない。


螺旋階段で一階まで降りた後。

ハンナの言動に俺が、ハッキリしないな。と言いかけた所で、

前方に付けられた電子錠付きのドアが開く音がする。


まずい。と思うが隠れる場所もなく、俺は入って来る相手を迎えるしかない。


入ってきたのは三人の男だった。一様に黒を基調とするスーツを着ているものの、

その人相や、手にした拳銃や牛追い棒などの武器から、

決して穏やかな人間でない事は容易に察知できる。


男達は入るや否や階段付近に立つ俺達を見付け、何やら喚いている。

俺はハンナに上に上がっている様伝え、男達に対処する準備を整える。

ハンナは俺の言葉に従い、駆け足で階段を上がる。


「お前、なにしてやがる?」

男のうちの一人が、ガラの悪い口調で俺に尋ねる。

三人は肌の色こそ違えど身長は一定である為、恐らくC.M.Hであろう。


そう言った後、

俺が相手をC.M.Hだと見抜いたのと同様に、

相手も俺がロウであると察知したのだろう。

相手は一様に一層警戒した面持ちになる。それも当然か。


C.M.Hにも生身の体と同じく、運動やトレーニングで筋肉量を増やす事が出来る。

しかし、それもあくまで比較的、に過ぎない。


第三世代は、努力次第である程度までは人間以上の身体能力を有する事が出来るが、

俺の様な良くも悪くも規格外な人間には、

違法改造でも施さぬ限り近づく事は出来ない。


つまり、第三世代が数人寄り集まった所で俺の膂力に適う事は出来ない。

拳銃や武器を持っていても、決して広くは無いこの室内であれば、

此方の動き次第でたやすく無力化出来る。


もう一つ違いを上げるとすれば、俺は十年もの間激戦地を生身で戦って来た。

老いたとはいえ、その経験は消えない。


「それで良いのか?」

俺は男達にそう言う。


何がだ、とその中の一人が言った。

男達は髪型も服装も一緒なので、三兄弟のようにも見える。


「まずは『お前は誰だ。』だろうが。」


男達が戸惑う一瞬の隙を突き、俺は動く。


まず、先頭の男に近づき、右脚の膝を正面から斜め下に力の限り蹴る。


その衝撃で相手の右脚は真ん中から普段曲がる方向とは反対にひしゃげる。


声にならない叫び声を上げ悶絶する男の肩に、文字通り腕を振り下ろす。

C.M.Hの人工骨が砕ける音がし、男は倒れた。


するとそれを見ていた三兄弟の一人が、雄たけびを上げ拳銃をこちらに向けていた。


俺はその男に先ほど倒した男を、

相手のスーツジャケットの襟を掴み片手で放り投げる。


撃つべきか、避けるべきか、

どちらかの選択を迫られた男は、結局どちらも果たせず、

投げ放たれた男の体をもろに食らい共々倒れ伏す。お互いに気を失った様だ。


残った男が牛追い棒をかざし向かってくるので、俺はそれを軽く叩き落とす。


武器を失った男は尚も果敢に四肢を用いて俺に打撃を与えるが、

申し訳ない事に何一つ効果がない。


俺は兵役時代、治療の名目で様々な強化インプラントを埋め込まれている為、

この程度の打撃で応えるような体ではないのだ。軍属の特権と言った所か。と

説明したい所だったが、相手は言った所で聞いてくれはしないだろう。


相手の胴を拳で軽く打ちよろめかせた後、首を掴み、壁に叩き付ける。


首を掴まれた男は、

息苦しそうに悪態を突きながらばたばたと宙に浮いた足を動かす。


「お前たちの質問に答えもせず、

無礼なのは分かっているが、聞かせてくれ。

お前たちは何者だ?」

俺は、必死に俺の腕を殴ったり腹を蹴ったりしている男に問いかける。


男は尚も、俺の質問に答えず悪態を突く為、

俺は男の首を絞め居ている手の力を強める。


男は呼吸が出来ず、顔を赤くし鯉の様に口をパクパクと開く。


やがて男は抵抗を止め、俺の腕を叩く、降参の仕草をするので、俺は手を放す。

男は床に倒れ込み、苦しそうに咳をしながら、何度も大きく息を吸う。


「何者だ?」

俺は、もう一度男に尋ねる。


「それは、こっちが聞きたい。」

男は呼吸もやっとと言う様子でそう話す。


その言葉を聞いて、俺は男の前で屈み、

男が地面に付いている腕の一つを無造作に握る。

手の中で、相手の腕を構成する様々な物質が、千切れ、砕け、潰れるのを感じる。

その痛みに男は絶叫する。


「痛みで気を失いそうか?そうしたら、

もう片方の腕を握り潰して起こすから安心しろ。」


「なんなんだ、お前は。」

一通り叫んだ後、男が痛みに呻きながらそう言う。


「もう一度だけ聞く。何者だ?」

そう言って、俺は男のもう一つの腕を掴む。


「俺はデメトリ。レッドホースだ!」

デメトリと名乗った男が、必死の形相でそう言う。


「レッドホース、マフィアか。何故ここに?」


「ここは、俺たちの所有物だ。

誰かが無断で侵入した形跡があったからここに来た。

お前たちか?」


「成程。」

俺は相手の質問には答えずそう言う。


「畜生。仲間を殺しやがって、この先どうなるか分かってるだろうな。」


「さあ。俺は占い師じゃない。それにお前の仲間は死んではいない。」

そう言って、俺は相手の懐を探り、端末を取り出すと、救急に電話する。


「何をしてる。」


「傷がひどいだろ。病院で診てもらった方が良い。」

俺のその言葉を聞いて、デメトリは狼狽する。


「病院は駄目だ。捕まっちまう。」


「だろうな。」

俺はそう言うと、電話に出た相手に住所と、至急救護車を送るよう伝え、

電話を切る。

そして、端末を手で砕く。


「くそっ。ツイてない。

画廊の件もおじゃんになったし、もう俺たちは終わりなんだ。」

デメトリは床に倒れたままそう嘆く。どうやらレッドホースは最近災難続きらしい。


「まあ、生きていれば良い事もある。」

俺は心にも無い事を言って、男が持っていた牛追い棒を手に取り、

出力を上げ、男に押し当てる。

電撃を食らった男は体を痙攣させ、気絶した。


念の為、既に気絶している二人にも牛追い棒を当てる。

すると案の定、仲間の体に押しつぶされた男は気を失った振りをしていた様で、

牛追い棒を当てた途端、短く痛みに呻くと今度こそ気を失った。


俺は牛追い棒を捨て、上にいるハンナに、終わったぞ。と呼びかける。


恐る恐る降りてきたハンナは、まず広がっている惨状に驚き、

倒れている男を慎重に跨ぎながらこちらに近づく。


「うわー。突然ゴリラが現れてここで暴れだしたの?」

ハンナが良く判らない例えを口にする。

まあな。と適当に俺は返す。


「それにしても全く、災難だったな。」

俺はハンナにそう言うが、何故かハンナからの返事は無い。


俺は不思議に思いハンナの顔を見るが、

ハンナが頑なに視線を合わせようとしない。

その様子を見て、俺は勘づく。


「ミスをして、相手に侵入がバレたんだよな?」

俺はハンナにそう尋ねる。むしろ、そうで無ければならない。


「まあ、ミスと言えば、ミス?」

ハンナは歯切れの悪い口調でそう返す。


「ワザとではないよな?」


「ワザと、の言葉の定義によるかな。」

ハンナは首を傾げながらそう言う。


「おい。」

俺は憤りを抑えてそう言う。


「いやでも、どこの所有か調べてたし、ちゃんとプランBも用意してたし。」

ハンナが手をぶんぶんと振りながらそう言い訳する。


「だからと言って、ワザとマフィアを呼んで戦わせるようなマネを普通するか?」


「だけど、実際どのくらい強いのか知りたかったし、

相手は田舎の三流マフィアだし。

大丈夫かなって。」


「三流マフィアだと?相手はレッドホースだぞ。」

レッドホースは比較的新参とはいえ、

かなりの勢いでその勢力を増していたマフィアだ。

決して三流ではない。


「え?ここの所有者はレッドノースじゃないの?」

ハンナは意表を突かれた様子でそう言う。

レッドノースは、マフィアとは名ばかりの田舎の三流マフィアだ。

どうやら、本気で間違えていたようだ。


「全く。ホース(Horse)とノース(Norse)を間違えたのか。」

俺を試す為にここに連れてきた事も呆れるが、相手の名前を見間違えるとは。

最早、大掛かりなジョークにすら思えて来る。


「名義人が何者なのか調べられるのが、

カメラに写った手書きのメモの情報しかなくて、

解像度も悪い上に字が下手だったから。」

ハンナはそう弁明する。


「言いたい事はそれだけか?」

俺はそう言う。

その間違いの説明より、もっと根本的な過ちについて謝罪すべきではなのか。


「何が?別に勝ったんだからいいじゃん。もう言う事なんてない。」

ハンナはそう言って速足で電子錠付きの扉を抜け、外に出る。

その様子は、まるで拗ねた子供だ。


全く。と俺はドアが閉まり切る前にそれを掴み、外に出る。

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