第一話:「デスボイス(5)」

ハイウェイを下りた俺達の車は、途中にあるガソリンスタンドに寄る。


ハンナが買いたいものがある。と言ってきたからだ。


仕方なく、俺はガソリンスタンドの駐車場に車を停め、

併設されているコンビニエンスストアに寄った。


既にグロウサイドからは大分離れている為、辺りは雪で覆われており、

道路や屋根の下だけが、積雪を逃れ、一面真っ白な地面に黒い影を残している。


暖まっていた車内との温度差で身が縮むようだ。

ファスナーを開けていたボンバージャケットを、

両手で交差させて体に張り付けるようにし、

速足で、コンビニエンスストアの薄いガラス張りのドアを開く。


中は暖房が効いていて温かい。ハンナも、俺の後に続いて入って来る。


それ程広くない店内の壁や中央に置かれた棚には、

ぎっしりと食料品や生活用品、雑誌などが詰まっている。

レジの置かれているカウンター側には、ホットドリンクの自動販売機があり、

タバコやガム、ケースに入れられたドーナツなどが売られていた。


俺たち以外に、客はいない。


カウンターにも店員の姿は無い。奥にいるのだろうか。


不用心な。あれでは盗難が起きても気づけないのではないか。と思うが、

店内の天井に複数設置されたドーム型の小型監視カメラを見て、成程。と納得する。


確かこのタイプのカメラは、

設置者が指定した警備会社と直接リンクする機能を持っており、

もし万引きがあれば、後日その警備会社が直接赴くなり、

アテナの治安維持課に連絡をするなりして、問題解決に当たる事が出来る。


それがこんな小型のコンビニエンスストアにも設置されているとは。

時代は変わった。


人類の春で暴徒や略奪者が店や施設を襲う対策として導入されたと記憶しているが、

確か、それが人権やプライバシー保護の観点で問題があるのではないか、

と言う声も当時あった。


しかしそれも、結局は黙殺されたのだろう。


お上には逆らわず、自分の出来うる範囲で人生を豊かにするしかない。


ハイドラの統治する世界に住むという事は、そう言う事だ。


「車の中でも言ったが、早めに済ませろよ。」

俺はハンナにそう言う。


はいはい。とハンナは下を向いて、

着ているパーカーのファスナーを無意味に上げ下げしながら応え、

棚が並んだ店の奥に消える。


棚に並べられた菓子やパンを眺めながら店内を移動し、

壁に設置されたクーラーに詰め込まれている様々な飲料を一頻り見ていると、

はい。とハンナが商品の入ったカゴを差し出してくる。


「俺が払うのか?」

俺はカゴの中身を見ながらそう言う。

カゴには、チョコスナックやジュースなどの中に、

ペット用のレーザーポインターが二つ入っていた。

動物でも飼っているのだろうか。


「配慮してあげたの。昔の男は、女に金を払わせるの嫌なんでしょ?」


「この機械は?何故二個も入ってる。」

全く同じレーザーポインターを二つも買う意味が分からない。


「当然でしょ。賢明な人間は常に予備を持つものなの。

『予備こそものの上手なれ』だよ。」

言葉の意味が違うのではないか、とも思ったが、

面倒になりそうなので、俺は素直にいつの間にかレジに立っていた店員に、

会計がてらタバコとプレーンドーナツを頼もうとした。

しかし、そこでハンナが派手なピンクのアイシングの上に、

惜しげもなくカラフルなチョコがまぶされたドーナツをねだるので、

仕方なくそれも頼み会計を済ませ、ホットコーヒーを買って車に戻った。

車のエンジンを掛け、再び目的地へ走らせる。


「頼むからこぼすなよ。」

走行中、俺は助手席で食べ物を頬張るハンナに言う。


その言葉に、ハンナは口に物を詰めたままもごもごと喋ろうとし出すので、

俺は、飲み込んでから話せ。と慌ててそれを制す。

全く、これで本当に今年で20なのか。


平均寿命が上がるにつれ、人が成熟する時期も比例して上がっているのではないか。

と彼女を見て思う。


それを題材に論文でも書けば、賞でも貰えるだろうか。


無意味な空想を頭に浮かべながら、

車のドリンクホルダーに入れたコーヒーを手に取り啜る。

もう、少し温くなっている。


コーヒーをホルダーに戻し、

視線を前に向けたまま、側に置いてあった俺の買ったドーナツを取ろうとする。


「あ、ハルのドーナツ食べちゃった。」

ハンナがそう言うので、横目で彼女を見る。

チョコのお菓子が結構甘かったんだもん。普通のドーナツが食べたくなったから。と彼女が悪びれもせずそう言うので、文句を言う気にもなれない。


仕方なく、ハンナの頼んだ派手なドーナツを掴み、一口齧る。


煮詰まったブラックコーヒーの苦みと、

ドーナツの押しつけがましい甘さが口の中で混じり合う。


この組み合わせも、存外悪くは無かった。



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グロウサイドの郊外は相変わらず雪で覆われている。


それでも人の生活に支障のない程度なのだが。

場所によってはそれもままならない地区もある。


統一以前から高級住宅街として人気であったらしいここは、

その後のグロウサイドの出現によりその華やかさこそ失ったものの、

現在でも郊外での暮らしを望む人間や、静かな老後を計画する者達を、

昔と変わらず受け入れていた。


街へ降りる為の長い坂道で、上から見下ろす形で街が見えた。

大きな通りを中心として、雪を纏った古典的な様式の家々が連綿と並んでいる。


品種改良により、異常な耐寒性と常緑性を手に入れた桂に似た木が、

柱の様に街道と道路を隔てる形で植えられている。


俺達が到着した時は通りを歩く人も無く、

灰色の空の中で、ただ雪と土気色のレンガが支配する街は、

まるで時が止まった様であった。


車を路上の駐車スペースに止める。

エンジンを掛けたまま、俺は上半身をひねり、体を助手席の方へ傾けた。


「それで、」

俺はハンナにそう言う。

ここに対象の家がある、という事しか聞かされていなかった為、

今後のプランを聞くつもりでいた。


「それで、これから、家に行こう。」

ハンナがそう返す。


「そうか。何処だ?」


「ここ。」

ハンナが両手を広げてそう言う。


「ここは、車だ。」

俺は当たり前のことを伝える。


「じゃなくて、この街。」

ハンナは伸ばした手をひらひらと動かす。


「この街の、どこだ。」

先程からのハンナの言動に、薄々感じていた嫌な予感が徐々に膨らむ。


「それは、これから探す。」

取り合えず外に出ようか。

そう言って、ハンナは車を降りる。


これは、長くなりそうだ。


俺は、ハンナがドアを閉める音が響く車内で、

ため息を隠すように、両手で顔を覆う。



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早朝に出発してから数時間は経過したとはいえ、まだ時間は朝のままだ。

外の冷気を吸い込むと、鼻腔が凍り付く様な淡い痛みを覚える。


このまま頭の機械も凍り付いてくれればいいのだが。

水を掛ければ機械が停止したと言う時代が羨ましい。


この世界では機械に打ち勝てるものなど、何も存在しない。

例え水を掛けようと、きっとその水すら動力としてしまうのだろう。

そんな物は不気味で仕方ない。と俺は思う。


先程はこの依頼の行く末に一抹の不安を覚えたが、

人気の無い大通りをハンナと歩き、話をする内、徐々にその気持ちも和らぐ。


どうやらハンナ自身、既にこの街で調査を開始しているらしく、

幾つか場所の見当も付いているらしい。


そして、用意周到と言うべきか、

街の空き家を拝借して、調査の為の拠点も設けているのだと言う。


空き家を無断で利用するのは、

俺自身、仕事柄法を無視する事もあるので触れないとして、

たかが都市伝説調査の為にそこまでする事が出来るのは、やはり普通ではない。


ハンナも話を聞いている俺が、

そういった考えを抱いている事を雰囲気として察知したようで、

先ずは着いてからのお楽しみ。と言って、俺を件の秘密基地へ誘った。


大通りに面した周りの建物は、

まるで兄弟同士であるかの様にすべて似通っている。

違うのは些細な装飾の差異位だ。

ハンナは、その一つに近づいて行き、扉の前に立つ。


扉は、様式こそ古めかしいが、ドアノブの部分には

現代式の電子錠が取り付けられていた。


端末やC.M.Hに内蔵されたチップでIDを照合しなければ、鍵が開かないタイプだ。


ハンナは、「改装中」と看板が掲げられた扉に付いた電子錠を開け、

躊躇い無く中に入る。

俺も、その後に続いた。


中はアパートの様で、壁掛けの郵便箱のある空間を過ぎると、

中央に螺旋階段があり、左右の壁に扉が付けられた空間が現れる。


ハンナはその螺旋階段を駆け足で登り、三階にある扉の前に立った所で、

身体をこちらに向け、俺の方を見る。


「じゃあ、準備は良い?」

ハンナが、俺にそう尋ねる。


「何の準備だ?」


「世界を遍く真実を見つめる準備。」


「『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』、という事か?」


良い事言うね。とハンナは笑い、端末で電子錠を開け、俺を中へ招く。


俺は背を屈め、中へ入る。



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結論から言えば、その部屋には、何もなかった。


壁や床には透明のビニールが敷かれており、家具はおろかカーテンすらない。


正に、改装中の部屋。と言う説明がぴったり当てはまる。


「じゃあ、ちょっと見てもらいたい物があるんだけど。」

そう言いながら、ハンナはシートのひかれた室内を進む。


ほら入って、と彼女が言うので、俺はシートで滑らない様、用心して足を踏み入れるが、案外その心配は無く、ブーツでしっかり踏み締めれば滑る事は無かった。


そこは居間のようだ、やけに広く感じるが、それは家具が無いからだろう。

彼女はその奥の、壁を半楕円形に刳り取った様なアーチの中の部屋へ入る。


そこはキッチンの様だ。そこにも生活感は無かったが、

シリアルや缶詰などがシートを掛けられたカウンターに並べられている。


そして、そのキッチンカウンターには、PCが一つだけ置かれていた。

薄っぺらいそれは、多分に漏れず最新式のPCなのだろう。


「おはよう、ハニー達。」

彼女は部屋に入るや否や、PCの表面を指でなぞりながら、軽やかな様子そう言う。


その言葉を聞いてか聞かずか、部屋の、ハニーと呼ばれたPCが、起動を始める。


微かな起動音がし、表面に青いラインが点る。


そして驚くべき事に、突然先程まで日の光を通していた窓から、

一切の光が遮断される。そしてそのPCから、壁に向かって光が投影された。


「急に暗くなってびっくり?この窓、遠隔操作で遮光窓にしたり、

透過ミラーウィンドウにしたり出来るの。」

驚き辺りを見渡す俺の様子を見て、ハンナはそう説明してくれるが、

後半の意味は理解できない。


しかし、彼女がそう仕向けたという事が分かり、安心する。


最近流行ってるんだよね、設備は最新で外見は古典的。って言う住宅が。

と彼女が言う。そう言えば、ドアにも電子錠が付いていた。


「それで、何を見ればいい?」

俺はカウンターに腰掛け、ハンナにそう尋ねる。


「その前に聞きたいんだけど。ハルさ、この都市伝説、信じてないでしょ。」

ハンナは同じ様に俺の横に座ると、そう言う。


「ああ。俺は、理由が明確な物しか信じない。」


「それは本質主義者という事?」


「いや、そんな大袈裟な物でもないが。身に付いた習慣。と言った所だろうな。」


「ふーん。じゃあ、これを見たらどう思うかな。」

そう言って、ハンナはPCの表面を軽く指で叩く。


すると、照らされていた壁に映像が映し出される。


それは、PCのモニターに付けられているカメラからの映像のようだった。

奥にはベッドや、壁に貼られたビンテージのピンナップが写っている。


「何の映像だ?」

壁には無人の部屋が映し出されているだけで、何も起こらない。


「何って、この部屋に通す前に言ったでしょ。」


「これが、か?」

俺はスクリーンを指さし、ハンナを見てそう言う。


「まあ、そう焦らない。」

真実は一日にしてならず。と

またもや一部改変を加えた的外れな諺を呟きながら、

彼女はPCに指で円を描くように触れる。


すると、最初は分からなかったが、

その画面の中に猛スピードで動く人物が現れた事で、

映像が早送りされていた事を把握する。

ハンナが先程とは反対の方向に指を回すと、早送りは止まる。


スクリーンに現れたのは、20代前半ほどの若い男だった。

PCの前に座り、何やら郵便物らしき箱を漁っている。


まさかな。と口に出てしまう。

郵便物、と言うキーワードには思い当たる節がある。


そして、俺の思いを裏付ける様に、その若者は箱から黒い外部メモリを取り出す。

それは指で摘まめるほど小さい物で、PCに突き刺して使用するタイプの物だった。


スクリーンに映る若者は、その外部メモリをPCに差し込む。


フォルダが開いたようで、男の顔に白い光がかかる。


若者がマウスを指で押す、軽快な音が何度か鳴る。


その時、俺はハッ、と気づく。その映像には、音声が付いているのだ。


もしこれが、件の都市伝説の瞬間を映した映像であれば、そのデスボイス自体も収録されているのでないか。


おい。と俺はハンナに言う。


ハンナは、まあまあ。と言うだけで

音声を消す気配は無い。


その時だった。

スクリーンから、讃美歌の様な、しかし讃美歌と呼ぶには余りにも不気味な、

複数の男女の声が重なり合った様な音が聞こえる。

それは賛美の声の様であり、叫喚の声の様でもあった。

生理的な嫌悪感が走るような異常性を感じる音だ。


その音を聞いた若者も、普通ではなかった。

それ程大きな音ではないのだが、必死に両耳を押え、体を折り曲げる。


すると、その若者の全身が、

磁石に付いた砂鉄の様にギザギザとしてはまた戻るという状態を繰り返す。


そして徐々に体の輪郭が曖昧になる。


若者は必死に叫びその音を掻き消そうとするが、ついにそれは叶わず、

若者の体は半透明になると途端に、弾ける様に霧散した。


跡形も残さず、彼は消えた。


スクリーンには先程と同じような、無人の部屋が映し出されている。


そこで、映像は止まった。


ハンナがPCを弄ると、先程まで光を遮っていた窓が、本来の役割を取り戻す。


「どうやらデスボイスは、直接聞かないと効果がないみたい。」

ハンナが尚もPCの表面をなぞりながら話す。

出来れば事前にその話を聞いておきたかったが。


「これは、本物か?」

俺は率直な感想を述べる。

今時、これ位の映像は素人でも作れる。


「ちょっと。私が真贋も分からない映像を信じる訳ないでしょ。

しっかり編集された映像ではない事は確認済み。」


「しかし、これが本物だとして、

なぜ音を聞いただけで人が消える様な事がある?」

そんな物があるなら、もう俺は廃業だ。


「それを今から調査するんでしょ。」

ハンナはそう言って、はい。と俺に紙を手渡す。


アナログが好きなんでしょ?と言われ渡されたその紙には、

幾つかの住所が書かれている。

恐らく、あの現場である可能性が高い場所のリストだろう。


未だ事態を飲み込み切れない俺をよそに、彼女は玄関へ進む。


調査の道も一歩から。とハンナが背中を向けたままそう言う。

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