第一話:「デスボイス(4)」

「『デスボイス』、知ってる?」

ハンナはそう言う。


先程依頼の話を始める。と言った直後にこう話すので、

恐らく依頼に関係のある事なのだろうが、

俺にはその言葉の真意が分からない。


「音楽か?」

取り合えず、俺はその言葉で連想する物を言ってみる。


「二人でバンドでもやろう。って依頼ならそうかもしれないけど、残念ながら違う。

今回は、都市伝説の方のデスボイス。」

ハンナがそう言うも、やはりピンと来ない。


「知らないな。生憎、あまり他人と噂話に花を咲かせる性分じゃないんだ。」


「そうなの?ネットじゃかなり有名な話だけど。」

そう言って彼女は被っていたフードを頭から外す。

そこから覗いた彼女の容姿は、やはり少女のそれにしか見えない。

ハンナは青緑に染まった長い髪を整えると、此方を見る。


「機械はあまり得意じゃないんだ。車と端末と銃以外は機械を持っていない。」

そう言ってから、今は頭の中の装置も持っている機械に含まれるか。と考える。


「なんてこと。

ハル。一つ言わせてもらうけど、もう筋肉が人の優劣を支配する時代は終わったの。

今の時代、ネットくらい使えなきゃ。

今時、言葉を喋れない赤子でも、ブラインドタッチ位は出来るよ。」

ハンナが驚きながら、大きな瞳で俺を見つめてそう言う。

後半の単語の意味は分からなかったが、俺をからかっているのは理解出来る。


「分かったよ。年寄いじめはこれ位にして、

俺にそのデスボイスとやらを教えてくれないか。」

ブラインドタッチは後で練習しておくよ。と俺は続ける。


「了解。じゃあ、もし分からない事があったら、元気良く手を挙げてね。」

そう言いながら彼女は自分の両手をピンと垂直に伸ばして見せる。

変な女だ。と私は思わずにいられない。


そして彼女は件のデスボイスの話を始めた。

それはまさに都市伝説と言う言葉がぴったりの、陳腐な話だった。



ある男の家に、一つの荷物が届いた。

男がその荷物を開けてみると、中には小型の外部メモリが内包されていた。

手紙も添えられており、そこにはこう書かれていたそうだ。

「重要事項。至急、中身を確認されたし。」と。

その時、恋人と部屋で食事する予定があった彼は、

この荷物や手紙の内容に心当たりが無かったので、

これは間違えて送られてきたのだ。と

判断し、それを配達会社に伝えようと考えたものの、

ディナーの準備に追われていた為、結局その日は何もしなかった。


そして数日が経った頃、恋人や友人数人と

部屋で寛いでいる時、男はあの荷物の事を思い出す。


貰った当時は忙しく構っていなかったが、

その荷物に添えられていた文章を思い出し、

次第に中身を覗いてみたい。と言う欲望に駆られ、友人らにその事を話すと、

友人らも乗り気になり、早速彼らはその中身を確認することにした。


しかし、友人の一人は他人の物を盗み見る事を良しとせず、

途中で一人だけ居間に戻った。


彼が部屋を出る前、開いた外部メモリの中には、

ただ一言「VOICE」と書かれた音楽ファイルが入っていたという。


そして、真相は分からないが、恐らく彼らはその中身を聴いたのだろう。


なぜ、分からないのか。


それは、その後一人離れていた男の友人が彼らが集まっていた部屋に入った時、

もうそこにいた人達の姿は跡形もなく消えていたからだ。


その部屋の窓には格子が付けられており、

外に出るには男の友人がいた居間を通らなければ

絶対に出ることは出来なかったそうだ。


つまり、彼らは部屋の中で突如跡形もなく消えたと言う事になる。


その事実を理解した途端、彼は恐ろしくなり、

半狂乱になりながらその外部メモリを抜き取り、破壊を試みたが壊れる事は無く、

最後はそれを玄関から外へ放り投げたのだと言う。


友人の男はその後精神を病み、今も療養中であるらしい。


その呪われた外部メモリは、今でも人の手を渡り、

好奇心につられた人間を消し続けているのだと言う。


そしてもし、地元のジャンク屋で黒い中古の外部メモリを見かけたら、

無暗に中身を覗こうとはしない事だ。


一度呪いの音声を聴いたら最後、

そのデス・ボイス死に至る声から逃れる事は出来ないのだから・・・。



これがデスボイスと言う都市伝説の大まかなストーリーらしい。

他の都市伝説作品同様、

デスボイスにもバージョンの違う話がいくつかあるらしいが、

この話に載っている通り、

謎の外部メモリに入っている「VOICE」と

書かれた音楽ファイルが元凶らしいという事。

友人が生き残る事、そして友人以外は消滅する事。

今でもその外部メモリは存在している。という事は全ての話に共通している様だ。


ハンナはこの話に興味を持ち、

デスボイスに関する、ネット上のあらゆる情報を洗い浚い調べ、

遂にその現場となった家を発見した。という事らしい。


そしてそのフィールドワークに、俺を護衛兼運転手として雇いたい。と

言う事だった。


それにしても、こんなチープな都市伝説の調査をしているような女が、

ハイドラの監視対象になっているとはどういう事態なのだろうか。

カラードという言葉の意味も分からない。


ハンナかヘスティア。どちらかに裏がある事は間違いない。


全く面倒な事になった。

今すぐその外部メモリが俺の元へ送られてこないだろうか、と考えてしまう。

それを使って、この状況から消え去ってしまいたい気分だった。


とは言ったもの、結局、俺はこの依頼を受けた。

理由は分からない。


今思えば、俺はこの稼業を始めてからずっと、

まだ自分にも何か価値がある事を証明したかったのかもしれない。


重要なのは、俺がその証明を誰にするべきか、だった。



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店を出た後、ハンナが示した場所に、俺の車で向かう。


俺の端末や俺自身よろしく、旧式の半自動運転車である俺の車に対し、

ハンナは性能や管理状態に関して文句を言っていたが、

乗ってしまえば素直なもので、助手席でダッシュボードの上に足を乗せ、

端末を弄りながら静かにしていた。


彼女が車内で口を開いたのは、丁度ロウ・タウンを出て、

目的地へ向かう為のハイウェイを通っている時だった。


「あ。ねえ、ラジオ付けて。ニュース聞きたい。」

ハンナが、自分の端末を見ながらそう言う。


「ラジオ?ニュースならそのガラス板で見れるだろ。」

俺はハンナが持っている、

恐らく最新式の物であろう半透明の端末を顎で指してそう返す。


「そうだけど。どう伝えられてるか声で聴きたい時もあるでしょ。」

彼女はそう言うが、俺はそんな事を思った事が無いので曖昧な返事しかできない。

端末で気になるニュースでも見つけたのだろうか。


ほら早く。とハンナがダッシュボードの運転席と助手席の間付近に

嵌められているボタンやつまみを勝手に弄ろうとするので、

俺はそれを制し、カーラジオを付け、適当にチャンネルを合わせる。


チャンネルを合わせると同時に、

ダッシュボードの両端に付けられたスピーカーから、

生真面目そうな男性の声が聞こえて来た。


「おはようございます。モーニングトピックの時間になりました。

ニュースをお伝えします。」

どうやら、定時のニュース番組が始まったばかりの様だ。

男性の声が、そのニュース番組の名前であろうワードを言っている。


ニュースに興味は無かったが、

時間が来たなら仕方ない。と運転に集中しながら、耳を傾ける。

ハンナもかかっているラジオチャンネルを示す表示を見つめ、

流れる声を静かに聴いている。


ラジオからは、先日起きた少女による集団自殺や、

ロウを狙った連続レイプ殺人事件の続報。

数年前に世界的にヒットし、

今や全人類の6割は手にした事があると言われる程絶大な人気を集めた、

天使の少女が主人公の絵本の話題などが流れる。

しかしどれも、特に目新しいニュースでは無かった。


「目当てのニュースはあったか?」

ニュースが終わったタイミングで、俺はハンナに尋ねる。


「うん。」

ハンナはそれだけ言うと、また手元の端末に意識を向ける。


その後暫く、沈黙が続いた。


彼女がもう一度口を開いたのは、

目的地までの道のりの中ほどまでを走行した時だったろうか。


「ねえ、兵士の時は、特攻隊にでも入ってたの?」

相変わらずダッシュボードに足を乗せたまま、

飽きもせず端末を弄っていたハンナが、

突然俺の顔を見て口を開く。


「入っていないし、そんな隊は存在しないが。どういう意味だ?」

俺は前を見たまま、質問に答えた後そう尋ねる。


「いや、少し気になったから。兵士はいろいろ大変なんだね。」

ハンナの言葉の意図が分からない。


「もう兵士じゃない。ただの年寄りだ。」

俺は車を、下に降りる道に続く車線に移し、ハイウェイを下りる準備をする。


「とか言って、ただの年寄りがそんな髪型しないでしょ。」

ハンナが呆れたように笑うとそう話す。


ハンナはにやにや笑いながら、

俺の、中央の髪を縦一直線に残して他を全て剃り上げた髪型を、

手で自分の頭に鶏冠を作るようなしぐさをして揶揄する。


単に、

兵役時代から続けてきた髪型を変えるタイミングを逸してしまっただけなのだが。


片手で自分の頭を撫でる。


「ところでさ、さっきのニュースどう思う?」

その会話から少し間を置き、ハンナがそう話す。


「どのニュースだ?」


「ほら、『天国に行きたい天使』のニュース。」

天国に行きたい天使とは、先程流れていた大人気の絵本の名前だったはずだ。


「ああ。人気らしいな。」


「それだけ?読んだことないの?」


「ああ。」

人気だと言うのは知っていたが、わざわざ読む気にもならなかった。


「ふーん。じゃあ何も知らないんだ。」


「何をだ。」


「何って。あれが流行ったのが、ハイドラの陰謀だ。って話。」


「そうなのか?」


「そうだよ。ハイドラは昔から、天使のモチーフを色々な所に使っているの。

ハイドラの息がかかった様々な大企業のロゴに天使の姿が隠されてたり、

ハイドラが発行している紙幣にも天使が隠されてるんだよ。

噂では、その天使の姿を市民に植え付けて、

自分達の存在をより高位な物だと思わせる心理操作を図ってるんじゃないか。と

言われてる。

この絵本は、その洗脳をより強くする為に、

『天使』と言われて連想する姿の共通認識を強める狙いがあるんだろうね。

まあ、ハイドラがそう言った裏工作をするのは、

人が息をするのと同じ位当たり前に常習化されている事なんだけど。」

ハンナは、俺が聞き返した事以上の話を早口で捲し立てる。


その話を聞きながら俺は、この女は本当に噂話が好きなのだな。と関心にも似た感情を覚える。


しかし、彼女がそのハイドラに要注意人物としてマークされている事実がある以上、

その話にも一定の信憑性が生まれてくる。


ハイドラやヘスティアにも謎が多いが、

このハンナも、かなり大きな謎を抱えているようだ。


話しているだけでは、ただの生意気なオカルト好き少女にしか思えないのだが。


俺はその彼女の話を半信半疑で聞きながら、車を走らせる。


そして俺達の乗る車はハイウェイを下り、目的地へ続く道を進む。

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