第72話「みこVS日連官房長官②」

 (負けられない、あの女だけには)

 日連芳子は、車の下から睨みつけてくるみこの姿を見ながら、胸の高鳴りをおさえきれなかった。それほどに、平安時代の藤原威子に対する思いは強かった、自分を差し置いて威子は宮中の人気を集めていた。

 そしてまたしても現代にて、神野みこという女は国中の衆目を集めていた。官房長官である自分を差し置いて、神野みこという藤原威子は完全に自分を上回る人気を持っている。


 「許せない」という嫉妬の思いが、日連の今の感情のほとんどを占めていたが、それでも一握りの理性が彼女を衝動的に反論することをおさえていた。まず現代において自分は官房長官で、みこは一介のアイドルに過ぎない。

 その二人がまっとうに討論したら、聴衆にどういう風に映るだろうか。

 

 言うまでもない。


 日連がヒステリックなババアとして映るだけである。みこは若さの時点で圧倒的に有利なのである、少しまっとうなことを言うだけで、聴衆は「みこちゃんすげぇ、ただのアイドルじゃねぇ」という風になるだろう。

 一方官房長官の自分はまっとうなことを言っても当たり前とうつるだけである。


 美貌の点で自分が劣っているとは思わない。

 昔、グラビアアイドルを興味本位でやった時には、それこそ今のみこ以上の人気を誇っていたし、知られてこそいないが大物有名人と何人ともロマンスを過ごした。


 せめて同じ世代で転生さえすれば、威子に負けたりはしないのに。

 何かを語る前から、日連は歯ぎしりをしていた。


 しかしそれでも、日連は現官房長官として、毅然とした態度でみこに立ち向かわねばならない。決してヒステリックになったり、感情的になったりしてはいけない。


「日連官房長官! 私はまだ、一回のアイドル、小娘に過ぎません。でも、いま多くの人の支持を得て、この応援演説に来ています、みんなが今私に立候補することを望んでいると少なくとも私はそう信じています。ですが、法律だけが、法律だけが私の立候補を阻んでいるのです。官房長官、ここは与党、野党。党利党略関係なく、なんとか法律改正をしませんか」


 マイクすら持たずに大声ダイアモンドで車の下のみこは、日連に向かってそう叫んだ。まったく日連の気持ちなどを考慮せずに。


(何が小娘だ、この平安の前から生きるくそばばあが)


 日連はそんな風に悪態をつく。もちろんみこだって、自分が転生者であるということが日連に知れていることは把握してるだろう。しかし、そのうえでこの二人は化かし合いの勝負をせざるを得なかった。


「それは確かに世論かもしれませんね、みこさん。あなたが国民の人気を得ている。それはね、そういう空気は感じています。でもね、政治というのはそういう空気みたいなものに動かされるわけにはいかないのです。あなたの人気には根拠がない、もしかしたらそれはマスコミが作った泡のようなものかもしれない。証明するために必要なものが何かわかりますか}

 日連は無表情に言う。それは本音を隠すためのアーマーかもしれなかったし、自分でも欺瞞であることがわかっているからかもしれない。政治は実際には空気で動く、そんなことは政治を裏から見続けてきた日連にはよくわかっていた。


「選挙の結果だといいたいのですか。確かなものは数字だけ、分かりますが、だからこそその選挙に参加できないのがおかしいって言ってるんですよ。大体そういうことでいうのならば、無理やり民自党と手を組んで無理やり多数派となった民政党が得た民意になんの根拠があるんですか?」

 と言った瞬間、観衆から歓声が上がった。やはり、いくら東日本大震災に伴う超党派の同盟だったとはいえ、納得いっていない国民は少なくないのである。

 ましてやここで、車上にいる日連ですら、この合併には納得がいっていなかったし、突如、自分が本当の足利義満だといって現れた麻野に対して、不信感がないわけではなかったのだ。

(大澤様、いや秀吉様は一体何を考えているのか)

 そう考えていた。

 少し言葉を詰まらせてから日連は答える


「……世論調査を見てませんか。依然として私どもの政権は50パーセントをもっています。過半数が私どもを評価しているのです。あなたが何を言おうともあなたの人気は一部の声の大きい人のものだと思います。私は、もちろん少数意見を尊重しますが、多数の私どもへの支持を信じます。それが政治です」

 すべての感情を抑え日連はそう答えた。

 多数派=政治

 それこそが真実。

 日連は余計なことを言わずに真実のみを伝えた。決して感情的にならなかった。若者は、日連を評価せずに、みこを喝采するであろう。

 だがそれでいい。


 ここで、みことガチの論争をすれば観衆もわくし、日連への評価も上がるであろう。論争自体は勝つかもしれない。少なくとも自分の方が政治経験は強いし、それに日連の予想では、みこは誰かのマリオネットである。 

 追求すれば論では勝てるかもしれない。


 だから、多くは語らずこれでいい。

 具体的な中身は言わないそれが吉である。


 そして日連がそう考えるタイミングで、みこの元へ警察官がやってきた。誰かがよんだのであろう。もちろん、民政党側は即刻電話をしていたし、よんでいなくても聴衆の誰かが呼んでいただろう。

 正当な許可なく、他人の選挙活動中に大声をあげることは選挙妨害に当たる。


 こうしてみこは、警察に任意同行を求められて、あっけない形で、みこVS日連官房長官の戦いの幕は閉じるのだった。





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