第56話「導火線」

 2011年9月、臨時国会が始まった。臨時国会は内閣が緊急で招集できるほか、衆議院参議院の4分の1の賛成をもって、開くことができる。臨時と名前はついているが、毎年開かれるのが通例であり、6月までで終わる通常国会ではとても予算案を決めるので精いっぱいなので、その他法案はこの臨時国会で決めるのが通常である。

 

 この年は、もちろん震災復興関連の法案で決めなければいけないことが山ほどあったのでこの臨時国会も相当長く開かれるだろうと予想されていた。

 さらに世論で高まっている被選挙年齢の引き下げについても話あわれるであろうといわれている。


 一方で、臨時国会が開かれる前に政治には大変化が起きていた。

 民政党と民自党の奇跡的な融合を経て、麻野が副総理のポジションに着くことで、内閣支持率は一旦は回復を見せたが、小菅首相の度重なる失言や震災に対する対策の不手際、そもそもの資質を問われ、国民をはじめ、内閣内からも首相おろしの声はおおきくなっていた。


そして8月27日のことである。


 『ニュースです、小菅総理大臣が辞任を発表しました』

 各メディアがすぐさまに、そのニュースを伝えると翌日国会はドラスティックな動きを見せた。本来では、与党第一党である民政党の党首(先日、民政党の党首選挙において民政党の新党首は野沢圭太に決まっていた)が次期首相として指名されるはずであったが、民政党と民自党で話し合いがついていたのか、なんと民自党の党首である麻野が衆議院参議院ともに首班指名を受けることになった。

 もちろん、日本革新同盟およそ50名の面々は日本革新同盟の共同代表である橋置に投票した。


 民政党のせいで下野されたはずの麻野が、再び民政党政権下の中で再び首相に返り咲いたのであった。


 民政党はこれを、『震災後の混乱をきっちりまとめ上げることができる人間を、党派を問わずに検討した結果、麻野元首相しかいないのだ』と説明した。これに関しては多くの国民が、民政党は過去のしがらみを捨てて、国民のための選択をしたと好印象を受けた。

 何よりあれだけ民政党に批判的だった、ネトウヨまでもが、民政党を評価した始めたことは世論の変化を顕著に示したといえる。


 一転して、今まで民政党に吹いていた逆風は追い風へと変わった。意外に民政党は国民のためにしっかり考えることができる党という声が出始めてきた。一方の日本革新同盟はみこや、川上の知名度に頼っただけのチャラチャラした党であるという声もちらほら聞こえるようになり、実にこのタイミングでの首相のチェンジは妙手だったと言えた。



 そして龍太、川上、大泉の3人は川上の東京の事務所にて集まり会談をしていた。


「意外と早かったな……小菅を切り捨てるのが」

 眉をしかめながら、川上はそういった。

「そして思った以上に世論が、このわけのわからない人事を評価してますね。正直予想外です」

 それに答えた大泉は川上を見ながら言う。

「そりゃあなあ、第一党の党首以外が首相の指名を受けるなど前代未聞ぜよ。そりゃあ、党利を超えた戦略だととらえられても不思議でもなかろうよ」

 龍太は、オレンジジュースを片手にしている。大泉、川上の二人のようにコーヒーをかたわらに起きたいところだが、味覚というのは精神ではなく身体に依存する、今だ小学生年齢に満たない龍太の体はコーヒーを受け付けないのだ。


「少し動きずらくなりましたかね、この首相交代で」

 どちらに聞くというわけでもなく、大泉が尋ねた。

「……そうとも言えんぜよ、確実に民政党側の議員には不満がたまる。本来大臣になれるかもしれない人間とか、そもそも民自党との融合に納得いってない人なんてごまんといる。逆に、今回無理やり麻野……義満が首相の座に就いたのは尚早だったともいえるかもしれんな」

 そう言って龍太はオレンジジュースを一気に飲みほした。


「そうだな、坂本さんのいうとおりだ、麻野の首相再選を受けて俺も橋置もさっそく民政党側のめぼしい人間に接触を始めている。特に議員歴の浅いやつだな、あいつらは口々に『なぜ麻野に?』って口にしてるよ、そりゃあそうだな、自らの手で政権から引きずり下ろしたのに、再び政権に戻すなんてわけがわからんよ」

 やれやれと川上は手を広げる。


「現民政党が無能だと認めてるようなものですしね……。そりゃあ、民政党議員は不満ですよね」

「逆に臨時国会中に、なんとか立候補18歳法案が通りそうなめどが立ったといえるぜよ。大泉さん、おまさんの方でも頑張って民自党の方から筋を見つけ出してくれ」

「……青年部の方では前から感触がいいですからね、党からの拘束がかからなければ、乗ってくれると思いますよ」

大泉は楽観的にそう伝えた。


「そりゃあ、麻野は党首として拘束をかけるだろう。反目する奴がいるか」

 眉間にしわを寄せ、川上が尋ねる。楽観的な大泉に不満なようである。


「……いまだ持って、私の父の力も大きいですし、何より今回の件で岩破議員は相当麻野に不満を持ってます。麻野への首相指名は民自党として当然の行為でしたが。内心は相当穏やかじゃないはず、というかはっきり本人からそう聞いてます。岩破さんは確実に動きますよ」

 岩派は民自党のベテラン議員であり、国防問題で強いことで有名な、実質麻野に次ぎ実力者と言っていい議員である。民自党の党首選ではたびたび出馬してるがいまだ党首になりえたことはない、ではあるが、地方議員や若手の支持は厚く、また大泉の指南役として頼れる兄貴的存在であった。

 

「岩破かあ……、うむ軍事オタクって印象しかないが、まあ確かに彼についてくる人は多いちゃ。衆議院3分の2は厳しいが、民自党のその辺の要素と、民政党の不満層を足せば、両議院過半数は案外とおりやすいかもな」

 顎を手に乗せ龍太は考え込む。

 

 法案を通す場合、参議院の反対があった場合は、衆議院の3分の2以上があれば再可決される。それゆえに衆議院の3分の2を集められれば安定与党と言われるわけだが、現状はそういう状況ではない。

 しかも今回のように、民政党、民自党が不可思議な結託をした不安定な状況の場合、票をまとめることは相当難しいといえる。

 スキならばかなりある状況と言える。


「参議院の方は特に、共産あたりは我々のスタンスに近いだろうし、MHKをぶっ壊したい連中には協力することもやぶさかではない。あとは金で動かせば十分過半数に届くだろう」

 川上がさっさっと数字の計算を行った。


「この辺の計算を義満ができてないとは思わんがな……まあ今はできることをするだけぜよ、おおむねこちらとしても計算通りじゃ」

 同じような話を三人は繰り返していたが、結局のところ進むしかないという結論に落ち着いた。忙しい3人であり、解散しようかという流れの中、関係のない話と断ったうえで、大泉が急きょ口を開いた。


「そういえば、なんでこの間クリスタルさんが川上さんを訪ねてたんですか?」


 ときめきの導火線に火が付いたようだ。

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