第52話「信長と龍馬①」
「おまさんが織田信長か。噂通り派手好きが現れたような部屋ぜよ」
2010年12月5日、龍太は川上に招かれて、川上の要望で作らせた大阪のホテルのスイートルームに来ていた。
川上と山西クリスタルが夜を共にした例のホテルである。外見のぼろさとは打ってかわって内装は、きらびやかな和づくりとなっており、教科書で見たことのあるような屏風まで置いてあったりする。
ちなみに山西クリスタルは、完全に川上に心をつかまれていたが、いまだに民政党の大澤のもとへも出入りしていた。川上のスパイとして、大澤の動向をつかむためである、しかし川上と関係をもって以降は、大澤と肉体関係を結ぶことはなくなっていた。
大澤はそれを訝しんでいたが、それでも自分の女だという意識が強いのか、クリスタルを切り捨てることは少なくとも今のところはなかった。
「まさか、あの坂本龍馬がこんな稚児とはな」
目の前に現れた児童をみてあきれるように川上は言い放つ。
「なんじゃ、おまさんは容姿から入るタイプかや」
不満そうな顔を浮かべ、龍太は応じる。
川上は、スイートルームの奥にある明らかにそこだけ異質な空間となる畳張りの間に胡坐をかいて、たばこをくわえている。座っている座布団はいかにも高級そうなふかふか具合を見せていた。
一方の龍太と春川十色は、川上のいる空間とは別の洋間のソファーに腰を掛けた。せっかくの対談ではあるが、二人の間には物理的にも精神的にも随分距離があった。
距離のあるまま、川上は龍太に話しかける。
「坂本龍馬……現世に帰ってきてからはいろいろ勉強させてもらった。その行動力に尊敬すら覚えている、
そういいながら、紫煙を吐き出す。
それを見てやれやれといった感じで龍太は答えた。
「ふぅ、おまさんは部下に寝首をかかれるわけじゃな、人の気持ちをよう考えん。今日、わし相手に虚勢をはらんでもよかろう。そんな奥にふんぞり返ってないでこっちで話さんか」
「……ほう、あくまで立場は対等というわけか」
「当たり前ぜよ、暗殺された同士仲良くせんか」
龍太がそういって微笑むと、川上は腰をあげて龍太の方に歩きだした。
そして春川と龍太の目の前に腰をかける。
「これでいいか」
「さっきのままじゃやりづらくて仕方ないぜよ、おまさんは何を考えとるんじゃ?」
「警戒だ……君はいろいろと策士だと聞いている、最低限の備えはするさ」
「……失礼な奴じゃな、こんな少年の体で何ができると思うんだ?」
「それこそ、君が容姿で判断するなとたったいま言ったんだがな。まあいいだろう、そちらに敵対の意思がないことは伝わった、早速本題だが、今回のこの会合の目的はなんだ、のん気に茶会でも開こうというわけでもないのだろう」
川上は茶器なら売るほどあるがな、と付け加えながら笑う。
「お茶会をするのもわるくないな。平蜘蛛釜の話とか聞いてみたくはあるぜよ」
「懐かしい話をするのう、松永久秀……嫌いな奴ではなかったが、ほんに馬鹿な男よ」
「それもっと詳しく聞きたいぜよ、織田信長から武将の話を聞く機会なんてこんな興味深いことはなか」
その後しばらく二人は、旧知の仲のように、おたがいの生きた時代についてのクロストークを交わした。気が付けば本題に入らないまま小一時間が経っていた。あまりに雑談があらぬ方向に進むので、春川が思わず「そろそろ」と口をはさんだ。
「すまんすまん、本題ね。それにしてもおまさんは本当秀吉が嫌いなんじゃなあ」
「いや、俺は好きだよ。向こうが一方的に憎んでるんだ」
「はははっ、忘れてた、さて本題本題、おまさんは神野みこのことをもちろん知ってるな?」
「うん? この間たおれてしまったあの子だろう、話題に出すということは彼女も転生者、それも天晴会所属というところか」
「あぁ、察しの通り」
「……くも膜下出血だったか、意識不明らしいが大丈夫なのか」
神野みこが襲撃を受けたのは2010年7月の半ば、同年12月段階ではいまだマスコミは彼女を意識不明と報じていた。
「そのプレスリリースを、おまさんが信じてくれてるとは吉報じゃな。ならば義満側も疑ってはおるまい」
「違うのか……ふむ思うに何者かに襲われたというところか」
「それもまた少し違う、民政党側に襲われたのは事実だが、そこから先はすべて狂言ぜよ。みこはぴんぴんしている」
「狂言……なぜそんなことをする必要があるんだ、そしてなぜおれにそれを話す」
川上は困惑した表情を見せる。みこの意識不明報道に何らかの背景があるとも考えずにそのまま受け取っていた。
確かに明らかに転生者らしい彼女が、若年で倒れたというのは不自然である。
「それを説明するためには、まず民政党について整理する必要があるぜよ。あいつらもまた転生者だということはおまさんも承知しているな」
「……もちろん、そして大体の正体の検討までつけている。君がさっき名前を出した義満……いやにっくき
「……秀吉も絡んでるとは思ってなかったが、そうなのかや、だがまあ、おまさんの言う通り民政党の裏には間違いなく違う転生者、義満が中心にいると思っていいぜよ」
「それが、みこを襲わせたと? まあそこは理解できる、だが狂言をして病気にする必要がどこにある、あんだけ政治的主張をしてる彼女だ、素直に政敵に襲われたとする方が、いろいろ都合がよかろう?」
「その通りぜよ、民政党のせいだとする方がいい。でもそうしなかったなぜだと思う」
そういわれて川上は少し考え込んだ。
ほんの少しの間のあとに川上は口を開いた。
「……なるほど、身内に敵がいるのか。それで、外部の転生者で民政党につながりのなさそうな俺に助けを求めてきたとそういうわけか」
「さすが信長殿、まこと聡明であられる、今のところ疑いでしかないが確かに天晴会の内部には裏切者……いや裏切っているわけではないか、擬態している奴がいる。そいつにばれないようにみこには一時的には死んでもらうしかなかった」
「天晴会、つまりは民自党にサル側がいるんだな。大澤に近しい人間……、うーんそれっぽいやつはとっくに民政党にいる気がするが」
「想像つかんとおもうぜよ、そいつの名前は『麻野』だ」
「——!? 麻野、前首相……そうか、でも言われてみれば、首相の時は確かに経済的な手腕を発揮はしたが、最終的には民政党のアシストをしたに過ぎない。うむ、その話が本当なら天晴会はとっくに終わってるな」
「だから、ここに来たんぜよ」
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