第50話 「大泉の決意」
『あらためてわたくし、神野みこは次の衆議院選挙に立候補することを表明いたします。国会のみなさんはぜひ20歳立候補法案の審議をしてください、国民の声が聞こえていますか? おごったような言い方に聞こえるかもしれませんが、今や多くの国民が私の考えを支持してくれてると考えます』
テレビ画面に映った神野みこは、自信満々の表情で宣言していた。それを苦虫をかみ殺したようなとはこれだといわんばかりの表情で、麻野が見つめる。
「何が、みんなのおかげで帰ってきただ、この魔女めが! 最初からこうなるように仕組んでたに決まってらあ」
落ち着きなく、指を机にリズムよく打ち付けながら、麻野は言う。
「義満様……やはり神野みこが倒れたというのは狂言だったと思われますか」
不機嫌そうな麻野の顔色をうかがいながら、対面に座る大澤が尋ねた。
「たりめぇだろうがよ、こんな都合よく、地震の後に目が覚めましたなんて事態があってたまるか」
「……ですが、その情報を麻野さんに伏せるなんてできますか? 天晴会のリーダーであるあなたに真実を隠すのは難しいと思いますが」
「だから、気づかれていたんだろうよ、俺が、天晴会を乗っ取ってたってことにな。まあおそらく龍太っていうガキだ、坂本龍馬……まったく厄介な奴が現世によみがえってきちまったもんだ」
「坂本龍馬ですか……」
「大泉は全く気付いていた気配がないんだがな、あいつが入ってきてから天晴会の様子はガラッと変わっちまった。誤算だよ、みこがあのとき坂本を見つけていなければな……」
「厄介ですね、神野みこは……世論は間違いなく20歳立候補にまったなしという状況になるでしょう。どうしますか、下手に反対すればせっかく戻った支持率に影響を与えそうですが……」
現在に小菅政権の支持率は麻野の入閣のおかげで55%を超えている。一時期は30パーセントを割りそうだっただけに、麻野の作戦はズバリ当たっていた。
「うむ、悩みどこだな。ただ、露骨に民自党が民政党に協力してる今の状況ならば、ここで神野みこを無視しても大きな影響は出ない気がするがな。民自党のほとんどの議員も俺を支持してるし、この際、民自党と民政党の合併を視野に入れてもいいだろう」
「だ、大丈夫ですか、さすがに反発が大きいのでは」
「……天晴会の金も組織も完全に俺が制圧してる、民自党で反目するのは大泉の一派位なもんだろう」
なんだかんだ言って、民自党の結束を強めてるのは、派閥と金の力によるところが多い、また天晴会の力で、民間企業、官僚にも顔が利くことが大きい。多くの議員はもちろん天晴会の存在を知らないが、麻野に近しい古参議員たちは、その存在を知っており、利用することによって選挙などにも勝っている。
なので麻野がもし民政党と手を組むと発表すれば、それに反対するものは少ないはずだというのが麻野の目論見である。
さて二人が話をしている間に、テレビの中のみこは何人かの記者から質問を受け、間もなく記者会見は終了しそうな気配であった。
『では皆様、ありがとうございました。――それでですね、この後主催者の一人であります大泉純議員からも発表があるそうですので、しばらく残っていただいてよろしいでしょうか』
みこがそういうと、記者たちはざわつきだした。ここにいる記者たちは、ほとんどが芸能部である、確かに政治部の記者たちには大泉から通達があったが多くの芸能部の記者はそれを知らなかった。一部の記者はなぜか何人かの政治部の記者がいたのが、それはみこが極めて政治的な存在だからだと思っていたが、大泉が現れてなるほどなと思った。
さて、大泉議員が発表したいとこととは何だろうか。
テレビ中継をしていた局は一旦、中継先からスタジオに戻すと、
『神野みこさんの感動の記者会見は終了しましたが、大泉議員からの発表はちょっとびっくりですねぇ、もともと今の記者会見は主催者のアゲハさんがやるということだったんですが』というキャスターの困惑したコメントが出された。どの局も似たような反応であったろう。
そしてとりわけざわつくのが、大澤と麻野である。
「大泉め、いまさら何を発表するだ?」
と再び落ち着きなく指で机をたたきながら、麻野は言う。
「マスコミもあまり知らされてない様子ですな、われわれも知らないということは……。注目度の高い記者会見のあとをうまく狙ってきた当たり、なにかあるんでしょう」
大澤には麻野のようないらだちはないが、漠然とした不安があった、何もないわけがないだろうと。
まもなく、テレビ画面はキャスターが映るスタジオから再び、中継先の記者会見場へと移った。すると奥の扉が開いて、すっと大泉が入ってきた。
一斉にフラッシュがたかれる。
しかし入ってきたのは大泉だけではなかった、大泉の後ろにはなんと、あの大阪府知事であり、戦国時代に織田信長であった男、川上徹哉もついていたのだった。
「川上っ!? なぜ」
これには思わず、冷静であった大澤も声をあげる。
「大泉め、まさか!?」
二人が一緒に入ってきたというだけで、麻野には大体の予想がついた。
大泉と川上は隣同士で記者たちの前に座った。異様な光景であったといえる、この二人が連座するところなど見たことがない、ましてや記者たちは芸能記者がほとんどだ。
しかしそれでも、今から始まろうとしてることが大きな政治マターであろうということは芸能記者、そして多くの視聴者にも容易に想像がついた。
「いやあ、皆さん驚いたでしょう、このような場で、しかも私が大泉さんと一緒に現れるもんだから」
最初に口火を開いたのは川上だった、いつものようなおどけた感じである。
対して、姿勢を正したまま、大泉は口を開いた。
「まずは、被災に遭われた方に深くお悔やみを申し上げます。そして今回のイベントに参加していただいた被災地の方々、スタッフ、ご支援いただいた方すべてに感謝を申し上げたいと思います」
そういいながら大泉は頭を下げた、そしてそのまま発言を続ける。
「さて、震災対応において、我々民事党は民政党に対して、惜しみない協力体制を取ることになりました。復興支援の予算や、復興のための特別法の制定これに関しては、与野党問わず、全会一致で法案が通っています。これは、当然のことですし、あるべき姿だといえます。ところが、なぜか麻野副総理をはじめとして、その周辺の民自党議員たちは、復興とは関係のない法律、あるいは予算にまで無条件で賛成をしています。——例えば先日決まった国籍法の改正ですね。麻野副総理は我々民自党議員に、民政党に全面協力するように指示を出し、もはや、民自党議員ではなく、民政党議員になってしまったといっても過言じゃないような動きを見せています」
大泉から発せられた突然の麻野批判ではあるが、その辺の情報は政治系のマスコミ記者の中では常識に近いものであった。
最近の麻野の動きに不満を漏らす民自党議員は多い、しかしこの場に多くいる芸能
記者にその辺の事情は分からず、記者会見場内は大きくざわついた。
思わず一人に記者が手をあげる。
「ええ、麻野副総理の行動は世論の支持も高く、内閣の副総理になっている以上、内閣の行動に議員たちを従わせるのは当然なんじゃないかと私は思うのですが、いかがですか」
「あくまで麻野副総理が今内閣にいるのは、震災時協力であって、それ以外の法案や予算に賛成するのは筋が違いますよ。民自党の政策や理念に投票してくれた人たちに対する裏切りです。そもそも、麻野さんは内閣入りする際に、ごく一部の話し合いだけできめて、われわれ他の民自党議員にはなんの話もありませんでした。そして今完全に民自党と民政党は同化しています。いくら、緊急時とはいえこれでは、正しい国会運営なんてできないと私は考えます」
大泉としては珍しくかなりきつい口調で、持論を展開した。そして質問した記者はうなずいた後、さらに決定的な質問をする。
「で、川上さんと一緒にこの記者会見を開いたということは、つまり大泉さんは……」
言いかけたところで、それをさえぎって、川上が口を開く。
「私がここにいる時点でお察しの通り、大泉さんとそしていわゆる大泉派の民自党議員の方々が、我々日本革新同盟に合流することになりました」
そういって川上は隣の大泉の顔を見る、すると大泉はうなずいて言った。
「私は民自党を離党します。いまの民自党には私が知っている義も忠も正義もない。もはや民自党は民政党に乗っ取られました、私はそれを外から改革しなければいけない、それが私の使命です。そして志のある人たちが、私についてきてくれました、私は決して麻野を許さない」
力強い目と言葉で、大泉は記者たちに、そして画面の先の麻野に言い放った。
マスコミは一斉に大泉にフラッシュを浴びせる。マスコミには、大泉の麻野の許さない発言の意図がわかってなかったが。
「大泉め……」
予想できたことではあったが、想像しなかった大泉の行動に、麻野はぎりっと歯ぎしりをしながらテレビ画面をにらみつけていた。
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