神の顕現

「――飛んだ……?」

 世界を破壊する神が突如飛翔した。メゾンはそれが神だとは知らないが、無秩序に街を破壊していたはずのメシアが、翼も持たぬ第四形態でどうやって飛行できているのか理解できない。なにかとてつもないことが起きているということだけ認識できる。

「メゾン!? 僕は先に帰らせてもらうよ」

 タタが待ちきれないという風に戦線を離脱し帰途につく。メゾンも慌ててそれを追おうとした。その泳いだ目が、射竦められる。メシアの底なしの目が、メゾンを捉えて離さない。

「私が、標的か?」

 とっさに回避行動をとる。メシアの武器は恐らく手にもった杖であろうから、叩きつけられることを恐れて巨大化したメシアの足元に滑空するように逃げた。こういうときは機体を浮かせては逆に的になるだけ。呆けてはいたがメゾンも空の戦士である。敵の手中に一時入ろうとも、背後からの射撃でいかようにも挽回できると知っていた。

 しかし、メシアはメゾンに攻撃を仕掛けてはこなかった。

「私を見失ったか」

 目標を失って戸惑っているしているのだと思った。しかし、人型のメシアは飛行を止め大地に立った上で首だけを返しメゾンを目で追い続けている。攻撃の意思があるのなら、身体ごと向き直すだろう。

「対話――?」

 話し相手に逃げられてしまった。メシアの態度はそういっていた。

「メゾン、お前正気か? 暴走した奴のことに構っている暇はないだろう?」

 正気ではないのだろう。怒りのエネルギーに乗っ取られたかのように、無秩序な破壊行動をしていた相手に対話の意思を読み取るなど。ただ、メシアの目はなぜか寂しそうだった。

『我を目覚めさせたのは汝か』

 妙に反響する、メシアにあるまじき口調にメゾンは違和感を覚える。

「お前――誰だ」

『五百年のときを経てこの肉体に宿りし我を、目覚めへと導いたのは汝か』

 メゾンは確かに当時タエと名乗っていたメシアを神の生まれ変わりと見抜き匿った。しかし、それは世界を救う役割を期待してのことだった。その神が目覚めたのなら、なぜ破壊に走るのか。

「――違う! お前は五百年前の救世の神ではない」

『そなたもしや……我の本当の存在意義を知らぬのか』

 ここで、メシアはメゾンに向き直った。

『我は破壊の神なるぞ。傲慢なる人の子を排除するための――ッ』

 悠然たる物言いの〝神〟が、眉をひそめなにかに苦しんだ。

「人の子を排除? 何かの間違いだろう。私は同じ人間を瘴気の外に捨て、必要とあれば利用する、そんな特権階級が憎かっただけだ。それさえ滅ぼしてくれればよかったのだ」

 メゾンは言い募る。彼に向かって、メシアが向けたのは憐れみだった。

『ならば汝の願いは我の使命と同じだ。破壊すれば、階級などなくしてしまえる』

 破壊が使命という割に、なにやら悲しげだった。

「何が望みだ」

『――……?』

「世界の破滅を避けるために、私は何をすればいい」

 メゾンはすがるようにメシアを見上げ尋ねる。

『汝にできることはない――汝にはな』

 言うや、メシアは杖で空を打った。

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